九州への旅から帰宅。
元旦、太宰府天満宮は2時間近くも並んでやっとお参りした。結婚前に来て以来だった。
人の流れが遅々としてなかなか進まない。参詣の列に「最後尾」の立て札をもった人がいたのには驚いた。
梅が枝餅を買う人の行列かと錯覚してしまった。
九州からの帰り山口に寄り、「萩往還」の表示を見て内田康夫の「汚れちまった道」を今読んでいるので興味をそそられた。
3年ほど前にも山口へは来ているのだけれどそのときはそんなに関心がなかったので気づかずにいたのだが、この作品と一対を
なす「萩殺人事件」を読んだばかりなので、ここが「萩往還」かと作品を思い浮かべたりした。
小倉城は初めてで行きたかったのと、天満宮が目的の旅だったのだ。
しかし、北九州は寒かった。新日鉄に勤めていた先輩が「こちらは寒いよ」と言っていたのを思い出す。
多分前に天満宮に行った折、博多だったか小倉だったかの駅前で会った記憶がある。
いろいろ思い出して懐かしいたびとなった。
元旦、太宰府天満宮は2時間近くも並んでやっとお参りした。結婚前に来て以来だった。
人の流れが遅々としてなかなか進まない。参詣の列に「最後尾」の立て札をもった人がいたのには驚いた。
梅が枝餅を買う人の行列かと錯覚してしまった。
九州からの帰り山口に寄り、「萩往還」の表示を見て内田康夫の「汚れちまった道」を今読んでいるので興味をそそられた。
3年ほど前にも山口へは来ているのだけれどそのときはそんなに関心がなかったので気づかずにいたのだが、この作品と一対を
なす「萩殺人事件」を読んだばかりなので、ここが「萩往還」かと作品を思い浮かべたりした。
小倉城は初めてで行きたかったのと、天満宮が目的の旅だったのだ。
しかし、北九州は寒かった。新日鉄に勤めていた先輩が「こちらは寒いよ」と言っていたのを思い出す。
多分前に天満宮に行った折、博多だったか小倉だったかの駅前で会った記憶がある。
いろいろ思い出して懐かしいたびとなった。