恩師のご著書「真理を求める愚か者の独り言」より
第六章 人類滅亡を救う奇跡と癒しの秘密
心の教えを正しく行うと証がついて回る
個我の力ではない癒しのパワー
先の続き・・・
なぜ、そのようなものを受けるのか。
人の病気を治させていただきたいですが、
相手の病気をもたったら大変です。
これは嫌いです。
怖いです。
これも自己保存の心です。
病気には何とも言えない恐ろしいものまでいろいろとあります。
そんな病気を自分が受けたらたいへんです。
そういうわけで、一時はとても悩みました。
そこで、その当時はまだ正法に御縁はありませんから、
どこに神様がいらっしゃるかもわかりませんが、
もし神様がいらしゃったらということで祈りました。
「今いただいた力で少しでも多くの方を救わせていただきたいです。
しかし、相手の業をもらうのは嫌でございます。
だから、治させていただいて、相手の病気を受けない方法があるなら、
是非教えてください」と、あつかましい祈りですが、
毎晩一時間、二時間、三時間と
真剣に祈りました。
或る時は朝まで祈りました。
百日も過ぎた頃に、「汝の癒しを他にゆだねよ」という言葉が、
自分の心の中から湧き上がってまいりました。
この短い言葉ですべての謎が解けたのでした。
病気治しをする人で相手の病気をもらっているのは、
「自分が治してやった」という「自分が 自分が」の
「我」の中に相手の業を
受けてしまうのだということがわかったのです。
すべての謎が解けて以来、癒しの成果を
自分以外の方の力に帰しました。
その結果、あまりにも多くの方が救われてくれましたが、
そのかわりに私自身の肉体のほうはなんともないという
有難い結果が出ております。
それは、人々の業が神様のほうへ行ってしまい、
その光の中で消されるからです。
「偉大なる光の王に導かれ 我が身は動き口は語らん」当時の歌です。
私以外の力であるということは、神様の力であり、目に見えない世界の
ご協力をいただいているお陰ということを誰よりも
よく理解しているつもりです。
その代わり、自慢することができません。
自分の力でないとわかっていますから、
どんな奇跡を現わしていただいても、
自慢することはできません。
これは神様のお陰であって、私には関係のないことです。
神に感謝しましょう。