~ 恩師のご著書「講演集」より ~
講演集、 一
「魂の修行とは悪い癖の修正」
先の続き・・・
「実在の世界」にその方その方の持っている個性、
つまり魂の段階というのがあるのですね。
これは「光の量の区域」といって、光の量の多い、
魂の段階の高い方は高い世界の住人でいられる。
又光の量の少ない、
低い段階の方は見えない世界の低い世界におります。
しかし地獄にいて、
そこからこの世に生まれ出た人は一人もおりません。
全部、一応光の世界に戻った方が自分の持っている魂の欠点を
修正する為に、この世に生まれて来るのです。
ではなぜそのすばらしい光の世界からこの地上に
出なくてはいけないかと言いますと、光の世界は、
同じ光の量を持つ者同士が寄り集まるようになっているのです。
十すばらしい方は十すばらしい方ばっかりが集まっており、
三すばらしい方は、三すばらしい方ばかりが集まっている。
魂の次元に応じてそれぞれ個性を持った者が、この世に
同じ肉体を持って生まれ出て、魂の次元の高い方を見て、
次元の低い方は「あのように生きなくては」と学ばせてもらい、
又低い方の言動を見て「あのように生きてはいけない」
と学んでいくのです。
光の世界が幸せであったから、
私達は幸せになりたいという願いがあるのです。
故郷への望郷、ノスタルジアですね。
その為に人は皆幸せになりたいと思うのです。
あの世からこの世を見ますと、
それはそれは粗悪な危険極まりない修行の場所なのです。
一歩足を踏み外すと、断崖絶壁から転がり落ちる。
或いは深い泥沼に落ちるかも知れない。
この世は本当に危ない世界です。
私達も今は幸せな結構な生活だなと思っていても、
一歩踏み外したらとんでもない不幸に陥る場合があります。
男女の問題で幸せな家庭を破壊する方がよくあります。
泥沼ですね。全く危険なのがこの世界です。
こんな危ない世界に来て、
なぜ私達が苦労して魂の修行をせねばならないのかと言いますと、
それは「調和された神の意識の中に帰る為に」生まれては死に、
生まれては死にして修行を繰り返しているのです。
オギャーと生まれて、なぜ苦しい思いをしてお金儲けをせんならん、
商売せないかんと思っているのですけど、
それが本当の目的ではなかったのです。
自分の魂を広く豊かにするのが目的だったのです。
その目的の為に、持っている悪い癖、欠点を打破すること、
それが幸せに繋がっていきます。自分に悪い欠点があるから、
私達は不幸になるのです。
悪い癖、欠点の為に苦しみを大きくしていく、
だからその癖を少しでもなくしていくことですね。
そしてお互いに助け合って調和することを目的として、
私達は魂の修行をするのです。
~ 感謝・合掌 ~