城址に続く尾根筋に辛夷の白い花群が現れた。
戦国時代に城を守った急な斜面だからそれなりの覚悟がなければ登れないだろう。
しかし実際の戦いでは将兵は戦わずに城を明け渡してしまったということだ。
極めて賢明な選択だった思う
時代は変わって大戦末期、この岩山をくりぬいて戦闘機を量産する工場を造る壮大な計画が実行された。
岩盤に保護された地下工場なら空襲等ものともせず飛行機が生産出来て、戦況が逆転できると空想たのだろう
もう80年も古い昔話だ。
今も辛夷の花は毎年春を知らせてくれる
黄花のアマナ