
愚鈍なまでに、良かれと、思いを伝えるのが技術者です。
沖縄に通い始めて3年が経過した頃、
精米会社の会長に、「あんたは馬鹿か、それとも鈍いのか。」と言われました。
何を言っているのか解りませんでした。
この方からは、いつも無理難題を言われていました。
衛生管理思想を採りいれた精米工場の提案をしてくれないか。
米糠はすぐに酸化するが、これを止め付加価値を付ける方法はないか。
泡盛の原料のタイ米倉庫を持っているが、このタイ米に付加価値はつけられないか。
精米工場の空地を、将来のために有効な土地活用をしたいが、何を始めたら良いか。
省エネ、省人をしたいが何から手をつけたら良いか。
炊飯工場を新しく造った。炊飯した米を直営店で売りたいが、うまい手はないか。
保税特別区があり、石油会社と共同で事業を始めたい。
沖縄の特徴を活かした事業はないか。
私はひたすら持てる力(情報、分析)で提案を繰り返しました。
会長は弊社の参入を断るために、無理を承知で難題をぶつけていたのでした。
それに気づかない鈍い男で、提案し続ける私が馬鹿に見え気の毒に
思われたのでしょう。会長は、提案書をすべて秘密文書扱いにし、
書棚にお蔵入りされていました。
その言葉があった後、会長は、沖縄の人脈を駆使して私をいろんな偉い人に
紹介してくれました。泡盛協会、飼料会社、製糖会社、製粉工場、泡盛酒造場など。
そして最後には、うちに来ないかと誘われました。
今では、沖縄に行った際は常に訪ねて良く話をする間柄になりました。
私は技術者です。売り込むのは真剣さです。一見の付き合いはしません。
会長から検討依頼された「無理難題」は、精米工場に限らず
日本中の食品会社が直面している次の世代へつなぐための課題です。
無償のサービスこそ、次の受注につながる唯一の手段です。
後に、私は営業職につきました。
この時の「無理難題」が大いに私を助けてくれました。
パンフレット営業はしませんでした。どこにも課題がありました。
どの課題にも、道標めいた話ができました。会長のおかげで
引き出しが増えたのです。
真剣に取り組んだ検討は、整理され頭に残っていました。
経営者や工場のスタッフと、幅広くまた深い話ができるようになりました。
知らないことは、堂々と質問できるようになりました。
対等な話し合いですから、相手の方も真剣に答えてくれます。
会長からいただいた言葉は、最高の褒め言葉だったのです。
2014年12月1日