
タイトルは、「笑う女」です。
出会った時の喜びを忘れてしまう。
これでは情けない。
磨き上げなければ。
誰も期待していないのに、萎縮したり緊張をする。
普段通りのプレーができない。
前に進もうか、ここらで一休みしようか迷っています。
若い時のできないかもしれないという不安。
身体が言うことをきかなくなってからの不安。
3年先の約束(保証)をためらっています。
できることを、できるときにすればよい。
できることは、年々少なくなってきたように感じています。
やれば、かかれば何となくできそうなんです。
時が重くのしかかってきます。
周りの気がかりにかまけてばかりで、本丸に行けないような戦闘状態です。
言ってみれば、日々生きることで精いっぱいです。
都会で会社員をしていた頃も同じでした。
ということは、年齢には関わらないことなのです。
できないことを棚に上げて、応援とか社会の仕組みだとかに不満を持つ毎日です。
ここにきて三年半が経ちました。
明日やろうとしたことを、誰かが担当だと決めていたことをやれるようになりました。
ごみを見て見ぬふりをして通り過ごしていました。
今は、今だけと拾えるようになりました。
積もり積もって片づけるのが怖いのかもしれません。
ごみに埋もれるのが不快なのです。
今の悩みは、さらにゴミの山を目指せないことなのです。
ここにきて、半年間毎日空き家のゴミを捨て、荒れた土地を開墾し、伸びた庭木の剪定をしました。
捨てられていたカフェを、これも半年間かけて再生しました。
今は、カフェの周りの空き家の草刈をしています。
二週間も経つと、同じ場所の草刈です。
見かねて空き家の梅の木を剪定しました。
剪定までは勢いでできました。
伐った草や枝の片づけができないのです。
戦線を拡大したのかな。
草刈も片づけも仕事と思っていました。
仕事だから苦労するのは当たり前でした。
仕事ではなくなってからができなくなりました。
炊事、洗濯と掃除で精いっぱいです。
この地をよくしたい。
素晴らしい暮らしや営みを知らせたい。
この感情を維持したり、湧き立たせるものは何でしょう。
放置された畑や山の道を整備したい。とにかく風を通したい。
できないことを数えるのをやめにしなければならない。
残されたできることを評価しよう。
進まないけど、少しずつ陽の光が届くようになっています。
この辺りの方は、一雨ごとに伸びる草との競争だと言われます。
生きている限り、やめられない。
きっと、こんなことが与えられた仕事なんでしょう。
人にやらせてなんぼ、ではないのです。
自ら汗をかくしかないのです。
業の種 こさえて腐り 浮気した
2019年7月28日
<<投稿後>>
モチベーションの維持が、目下の課題です。
弱気になると、人を貶めようとします。
自らが偉くなることはないのです。
それでもそうする自分を恥じる。
(筆者)