◆松田裕之著『モールス電信士のアメリカ史-IT時代を拓いた技術者たち』紹介(1/2)
・片倉日龍雄
本書(日本経済評論社・2011.4・P264)の著者、松田裕之氏については、すでに本ブログ(音響通信~目で見る通信から耳で聞く通信へ:2017.11)に紹介されている方であり、現在、神戸学院大学経営学部教授で、多数の著書を出版されている(経歴等末尾参照)。
私は、本ブログ管理者の増田氏とは熊本電気通信学園の同期生で、電信技術の初期訓練を一緒に受けた。訓練では電信技術史などの授業もあったはずだが、ほとんど記憶に残っていない。同氏から本書を紹介され一読したが、今までほとんど無知であったモールス電信発達史が前史、裏話を含めて実に詳細に述べられており、大変興味をそそられた。
本書の内容は、アメリカにおける電信の発明とその技術発達史、ビッグ・ビジネスとしての発展、電信が社会生活や文明に与えた影響、電信技能者(モールス電信士)の育成と活動、労働問題等を、内外の文献を広範詳細に渉猟され、その歴史・ヒストリアが生きいきとした語り口でわかりやすく叙述されている。
下記は、本著書の全体像を著者が簡記された部分である。ご参考に紹介しておく。
まず最初に、電信というテクノロジーがどのような時代背景のもとで生まれたのかを技術的に紹介しながら、それが既存の社会にもたらした変化にふれたい。ついで電信という新種の職業に求められた知識や技能の習得をとおして、19世紀後半から20世紀初めに生きた若い世代がいかなる機会にめぐりあえたのか、どのような労働と生活のスタイルに身を置いたのかを明らかにする。それとともに、南北戦争という国家の非常事態に電信が活用されるなかで、電信士となった若者たちが味わった過酷な経験も紹介しておこう。最後に電信事業が産業史上初のビッグ・ビジネスとなり、近代的な事業管理体制を敷く過程で、電信士が自己の誇りと権利を守るために繰り広げた闘争とその顛末を描いていく。
(中略)これから描き出すテクノロジーと仕事をめぐる物語は、まぎれもなく昨日(きのう)の世界に属する。が、それはまた、我々の今日と明日に連綿と続く世界でもある。過去ヘの遡行が、じつは現在および未来にむけて大いなる可能性の扉を開くことにつながる。ー そんな期待を抱きながら、IT革命の先駆けとなった人びとに後世からささやかなファンレターを送ってみよう。
本書には、上記のようにアメリカにおける電信事業全般にわたる内容が盛り込まれているが、その全体紹介は私の力の及ぶところではないので、私が特に興味を持ったモールス電信発達史の部分だけを取り上げ紹介したい。
1、モールス電信はIT社会の先駆け
冒頭の序章は、「電信士とは何者だ?」との標題で、モールス電信なるものの定義を示される。それは、「短符(・)と長符(-)の配列でアルファベットや数字を表した符号をパルスへと変換、これを鉄や銅の電線に流して瞬時に目的地へと伝送する情報通信テクノロジーである」とされる。音響器を使って短符と長符をトンとツーの音で聞き分けるようにしたのが、本ブログのタイトルである「モールス音響通信」である。
19世紀後半、電信網はアメリカ全土を覆い、大陸間海底ケーブル敷設によって地球規模での情報通信網が実現した。電気で運ばれるモールス符号によって、情報や文書は距離の制約なく瞬時に伝達することが技術的に可能になったが、これを実用システムとして活用・運用するためには、情報や文書の文字をモールス符号に符号化(コーディング)して送信し、復号化(デコーディング)して受信する技能者の存在が必須条件として要請される。本書のメインテーマである「モールス電信士」の誕生である。
また、著者は序章において、モールス電信方式が、「言語指令を短符・長符という2種の符号配列に変換する原理は、スイッチで電流を瞬間的に断続したパルスの単位にオン=1、オフ=0の符号をあて、その配列によってオリジナル情報を変換表記するコンピュータにも受け継がれている」と述べられ、更に、第1章冒頭では、福沢諭吉『西洋事情』の記事「海陸縦横に線を張ること恰も蜘蛛の網の如し(・・この)発明を以て世界を狭くせり」を引用して、現在のインターネット=分散型情報通信網の原型は電信網であることを指摘されている。
これは卓見である。コンピュータのデジタル符号の原型はモールス符号であり、インターネットの分散型情報通信網の原型は電信網であった。今を去る1世紀以上前にすでにIT社会の原型はできあがっていたのである。(2/2)へつづく。
◆寄稿者紹介
・昭和10年生れ 佐賀県
・熊本電気通信学園普通電信科 昭和26年卒
◆松田裕之氏の紹介(主に神戸学院大学教員一覧による)
大阪府豊中市1958年生まれ。1980年関西大学商学部卒業。1985年関西大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。1992年同修了、博士(商学)。1986年松商学園短期大学助教授。1999年甲子園大学現代経営学部助教授、のち准教授。2010年神戸学院大学経営学部教授
主な著書
『ATT労務管理史論―「近代化」の事例分析』 ミネルヴァ書房1991年
『AT&Tを創った人びと―企業労務のイノベーション』 日本経済評論社1996年
『電話時代を拓いた女たち―交換手(オペレーター)のアメリカ史』 日本経済評論社1998年
『労働者文化の胎動―メーデー発祥の地シカゴ-精肉都市の光と陰―』 清風堂書店出版部1999年
『明治電信電話ものがたり-情報通信社会の≪原風景≫-』 日本経済評論社2001年
『ドレスを着た電信士マ・カイリー』 朱鳥社2009年
『通信技手の歩いた近代』 日本経済評論社2004年
『モールス電信士のアメリカ史―IT時代を拓いた技術者たち』
主な研究分野
日米労務管理史、企業社史、労働史、情報通信文明史(モールス電信士、電話交換手、政商、開港地)
先日依頼のあった電信競技会、あまりにも古い話で、記録もなく、四苦八苦。あとしばらく時間を下さい。
貴兄の全国電信競技会の思いで、楽しみに待っています。