
長谷川博美 城郭イラスト動画
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はじめに
◆長谷川
一度浅井長政と結婚した信長の妹「お市」は
柴田勝家と再婚し最期は勝家と共に自害しま
す。また一度秀吉方に降った山路将監正国が
再び柴田勝家方の陣営に復帰して勝家に忠誠
を誓って賤ケ岳に惜しくも戦死します。敗戦
確実となった北国柴田勝家は余呉狐塚で武人
らしく最期の決戦を秀吉と展開し戦死を覚悟
しますが柴田勝家の小姓毛受兄弟が必死に主
君勝家を諫めて勝家を北庄城に逃がす為の進
言を柴田勝家に強烈に訴え勝家の馬印を毛受
は貰って柴田勝家の本隊本陣が余呉林谷山砦
にあるごとく自ら影武者の役をかって林谷山
の砦に暫く秀吉を引き付けて壮烈無比の戦死
を遂げますが、自らの生命があと数時間で消
へ去る運命と知りながらも柴田勝家に最期の
忠烈尽して林谷山砦の土塁の中に籠城し最期
を遂げる壮烈な「もののふ」武士の姿を想像
すると親父殿と慕われた柴田勝家の本質さえ
見えるように思われます。若き毛受兄弟達の
若き肉体も敵弾を身体に受け首を羽柴方の冷
たい槍の穂先が自らの首を貫通した想像を絶
する激痛や恐怖心を押してでも激しい忠烈を
天下に残して武人としての最期を遂げた人々
であった事です。令和3年12月18日の林谷山
砦見学の土塁は延々400mも続く毛受兄弟最
期の奮戦を察する歴史の生々しい現場状況
を現代令和の時代へと伝える貴重な遺跡です。
12月18日土曜日
★講師キャツチコピー!
行くぞ!本格柴田方陣城群!
驚愕の城郭トレール!
林谷山/中谷山陣城群見学会
『余呉城郭研究会』主催
ウッデイパル余呉、受付代行
☎予約0749-86-4145
柴田方=天正11年賤ケ岳合戦陣城群
武将=毛受庄助/柴田勝家/徳山秀現
不破勝光/金森長近/原彦次郎
内要①毛受兄弟墓見学
②林谷山砦「全長400m土塁」
③中谷山南砦
④中谷山北砦
追加見学予定
⑤橡谷山砦
⑥柏谷山砦
⑦大谷山砦
⑧林谷口砦など
講師推薦数値★★★★★★最高最強!
★講師キャツチコピー!
行くぞ!本格柴田方陣城群!
驚愕の城郭トレール!
林谷山/中谷山陣城群見学会
『余呉城郭研究会』主催
ウッデイパル余呉、受付代行
☎予約0749-86-4145
柴田方=天正11年賤ケ岳合戦陣城群
武将=毛受庄助/柴田勝家/徳山秀現
不破勝光/金森長近/原彦次郎
内要①毛受兄弟墓見学
②林谷山砦「全長400m土塁」
③中谷山南砦
④中谷山北砦
追加見学予定
⑤橡谷山砦
⑥柏谷山砦
⑦大谷山砦
⑧林谷口砦など
講師推薦数値★★★★★★最高最強!

◆相談者
自動車学校に何十時間通って免許取得
しても実際の公道で踏切で一旦停止を
怠れば自動車免許取得した意味がない。
◆対談者
その通りです。実際に何十時間城郭講演
や城旅に参加しても何万冊もの城郭図書
を読破したとしても現実の堀切や土塁を
見て合戦の遺構と認識でき無ければ意味
がない事ですよ。要するに実践実行です。
◆一般様
そのような意味で余呉城郭研究会様とは
実際の文室山の堀切を認識された人々だ!

◆相談者
城の旅行に行ったけど解説者が居ても
不実にも解説して下さいらない!私と
しては城に行くだけでは気が済まない!
を強く感じる。本物の生涯学習や本当
の歴史城郭勉強会が無く進歩進捗しない!
どうせ、素人集団だと専門家の人が最初
から舐めてかかって城の基礎のイロハを
決して教えてくれない。自由に城を散策
して下さいと言われても誠意は感じない。
ああ!無駄な城の旅だと落胆しますのよ!
城行くだけは虚しく城をチヤンと見たい!
◆一般者
そりやそうですわ!現代は城旅が流行
しているだけで城郭遺跡や布陣遺構は
マジで本気で城見ようとする人は皆無!
素人さんに城郭遺構を解説する事など
はタブーな事です。人は薬の効能書き
めんどうくさくて読まないのが常です。
城址旅行をして客に城址構造の奥義を
伝授すれば観光客や集客が必ず散ると
言う定説つまり余計な解説は顧客離れ!
選挙と一緒で投票を獲得する事人数を
確保する員数確保の原理が働いている!
なにも参加人数が多ければ上質上等な
城址見学とは限らない。城に絨毯引いて
城跡を談笑しながら通過してしまう旅行
は「城旅行」だが高尚な『城見学』に値
しないと思っているのは私1人だけかな?
員数で無く良質の城郭遺構の見学を希望!
◆対談者
本格的に城址構造の基礎を学ばなくて
は何時たっても所詮「あすなろ城郭」
賤ケ岳合戦の古戦場の砦跡を歩いても
貴方はただハイキングしている観光客
様なんのすよ!城址を通過している人
である事をチヤンと認識する事が大切。
何時の世もブームとは中身を伴わない!
◆一般者
滋賀県長浜市の余呉観光館やウッデイパル余呉
に『賤ケ岳合戦』御城印が販売されている事を
知り驚いた。長谷川博美氏のイラストである事
が解った。この人が一体何をしている人か不明!

◆対談者
それは城郭ビイスタ論を打ち出された日本の
戦前戦後を通し最高峰の城郭縄張理論研究家!
城郭構造基礎デザインを分析研究した研究家!
城郭ビイスタ論 上文字クリック
▼太閤秀吉の城 肥前名護屋城

▼織田信長 近江安土城

◆若者様
ずけえーなー!こんな事を初めて知ったよ!
それにしても破格の視点を持っ城郭研究家!

◆質問者
余呉賎ヶ岳古戦場御城印の効果や目的とは何ですか?



▼余呉観光館設置の御城印

◆長谷川
私の担当させて頂いた『賤ケ岳合戦の砦御状印』
大変好評だと聞き及んでおり深く感謝致します。
◆対談者
私はこの御城印がなす深い深意を読み取ります。
①賤ケ岳合戦の主戦場が木ノ本賤ケ岳が中心で
なく『余呉之庄の戦い』である現実と言う事。
②余呉の砦遺跡は重要な天正11年の賎ケ岳合戦
の遺跡であり、砦跡は戦国野外ミュージアム
つまり屋外展示型の現実のリアル本物の自然
屋外型の博物館とも言って過言ではないです!
③一つ一つの砦「陣城」を丁寧に確実に見学す
る見学者や各地の熱心なリピター学徒様を過
疎の町の産業なき人口6000人から2000人へと
衰退の道をたどった余呉の観光の目玉となる
べき余呉の大自然とともに復興させ戦国村へ
と城郭ピクニックの聖地「メッカ」となす事。
◆旅行ピクニック派様
こんな素晴らしい古城を我々ピクニックの人
は御城印の様に確実に明確に認識出来ない!
◆対談者
そこに「観光ピクニック」と「城郭遺跡」見学
の人々の間の断層や分かれ目があると思います!
道路で言えば踏切や横断歩道で停止する慎重さ!
◆長谷川
古城跡を認識するには考古学的知識や城郭基礎
知識「犬走」「土塁」「堀切」「曲輪」などの
基礎認識が前提として不可欠です。それら基礎
をマスターして始じめて古戦場が体感可能です。
私は幼少期から古戦場の砦を計測して廻る事を
ライフワークとしましたがこの行為は一般観光
や一般社会から見れば著しく異様で異質な世界
であり学術的にみれば戦国城塞布陣遺構の現実
を実地に現地で知る数少ない研究家と言えます
が私が学術的新発見の城郭遺跡を見学しようと
計画しても現代社会は観光ナイズされた100名
城や観光マップに掲載された砦跡を見たい人々
が大多数を占めているで新発見城郭は注目され
ないのです。そう40年前内中尾山城図を完成さ
せ世間に発表しましたが当時の人々は私を批判
しました。今では玄蕃尾城として有名城郭です
が、どうしても城郭遺跡認識には社会的に認め
られにくい奥の細道的な傾向が長く続きます。
新しい学説学門は保守派には常に拒否される。
▼賤ケ岳山頂の城郭切岸と犬走「賤ケ岳城の切岸」

◆質問者
未知の巨大城郭や布陣遺構は余呉に残ってます?
▼巨大空堀と遺跡の現実 令和3年12月5日の調査写真。

▼上記 巨大布陣遺構下書き 砦全長東西約50m南北100m

◆長谷川
残っております。しかし布陣遺構の見学
の基礎や城郭遺構の基礎を教えられては
いない人々にとり現地の砦跡に残る空堀
を見ても、一体空堀が何なのか解らない。
この巨大な空堀を余呉に見に行きましょう
と宣言しても誰もついて来ない!来ない!
途方もない巨大な陣跡なのに見学者様とは
全く帯曲輪や犬走の基礎を知っていないと
ただの自然地形にしか見えないのでしょう。

◆質問者
田畑名誉顧問の余呉城郭研究会の役割とは
何ですか?
◆長谷川
田畑氏は博識ながら決して弁舌鮮やかな人
ではなく地道な裏方に徹しておられる人と
高く評価出来ます。賤ケ岳城郭フオーラム
12年ほど継続して参りましたが城址見学を
する時の基盤はやはり現地城郭遺跡の正確
な位置確認や縄張図作成が無ければ正統な
史跡や城郭遺跡見学とは言えませんからね!
現地調査踏査真の協力者は物言わぬ田畑氏。