5月29日のブログに、シンガーソングライターのイルカさんの歌をひきながら、毎日、ぼんやり眺めているヤマザクラの木に、サクランボがびっしりなっていることに気がついたことを、自嘲気味に書いた。
見ているのに、気づかなかった。「見ようとしなければ 何も見えはしないのです」(「心のとびらをあけて」、byイルカ)。その通りだと思った。サクランボの実りに気がついてからは、サクラの木に、葉っぱの他、鈴なりに実るサクランボが見えるようになっていた。
反省し、注意深く、周りを見ていようと誓ったはずだった。
ところがである・・
やはり、見ているようで見ていない自分の不甲斐なさを、あらためて思いしることになった。
道端に、ニワトコという花木はそれなりある。春早い時期に小さい花が群生する花房をつけ、野山の花木が咲き誇り始める時期を教えてくれる木だ。その木も、辺りで一番早く花をつけた、若い木だった。
毎日、この木を眺めていた。無知のように道路に向けて伸びた若い枝が、いつの間にか、誰かの手によって切断されていた。花の頃はあったのだが、最近、切断されたようなのだ。その樹形の変化には気がついていたが、他に変化している部分はなかった。
いや、気がつかなかったのだ。枝に花房の軸が残されていたのだが、これに赤い実がたくさんついていたのだ。
こんな鮮やかな実に、どうして気がつかなかったのだろう。目の節穴ぶりに、あらためてあきれてしまう。
沿線のニワトコで、最も早く花をつけた別の木も注意を払いながら見てみた。たしかに実がついている。
葉っぱの緑と実の赤。色彩の違いはあるが、色温度はほぼ同じ。モノクロ写真にすれば、同じような灰色に見えるだろう。しかし、だとしても、目の前におきている変化には気がつけよ。あらためて自分を戒めなければならないようだ。
そこで、自分のぼんやりにまた気がついた。
路面に這うように広がるバラ類の花が次々に開花している。
花の形状からクサイチゴだと考えていた。
しかし、待てよ。これ、葉っぱが違うじゃないか。クサイチゴは、本当に草に見える葉っぱをつけるのだが、このクサイチゴは肉厚のテリハノノイバラのような、バラらしい葉っぱをつけている。とするとクサイチゴではない別のバラだ。
調べて見た。この花はノイバラだ。思い起こせば、以前にも調べたことがあった。すっかり失念し、すり込まれたようにクサイチゴと思い込んでいたのだ。そう、冬の間、ここには、野いちご類の房状の実ではなく、1粒だけの赤い実がなっていた。クサイチゴとは違うということに、気がついていなければならなかったのだ。
この花は、日射しのある道路に、いくらでも咲いていて、花を咲かせ、受粉し、また新しい花を咲かせながら道を飾っている。見ようとしなかったから、葉っぱの違いに気がついていなかったのだ。
しかし、早い時期に花をつけた野いちご類には、ベリーがなっていることには気がついていた。
最初に結実したのは、一番最初に花を咲かす、モミジイチゴのオレンジ色のベリーだったが、ニガイチゴも赤いベリーを膨らませている。
ホタルブクロが花をつけた。
こことは別のところでも花をつけていた。もしかしたら、とうの昔に開花していたかもしれない。ここでも、「みようとしなれければ」・・だ。
最初の写真はハナイカダ。葉っぱの中央に緑色の小さな花をつける、めずらしい花木だ。その実もだいぶ膨らんで立派になってきた。やがて、黒っぽい色に変わり、熟していくのだろう。
空には、たぶんうね雲(層積雲)が浮かび、太陽の前を横切った。その雲に続いてやってきたのがひつじ雲(高積雲、たぶん・・)だった。朝の空はめまぐるしく様子を変える。何らかの光学現象が見えないか、期待をしているのだが、残念ながら、今日の空ではおあずけだ。
見ているのに、気づかなかった。「見ようとしなければ 何も見えはしないのです」(「心のとびらをあけて」、byイルカ)。その通りだと思った。サクランボの実りに気がついてからは、サクラの木に、葉っぱの他、鈴なりに実るサクランボが見えるようになっていた。
反省し、注意深く、周りを見ていようと誓ったはずだった。
ところがである・・
やはり、見ているようで見ていない自分の不甲斐なさを、あらためて思いしることになった。
道端に、ニワトコという花木はそれなりある。春早い時期に小さい花が群生する花房をつけ、野山の花木が咲き誇り始める時期を教えてくれる木だ。その木も、辺りで一番早く花をつけた、若い木だった。
毎日、この木を眺めていた。無知のように道路に向けて伸びた若い枝が、いつの間にか、誰かの手によって切断されていた。花の頃はあったのだが、最近、切断されたようなのだ。その樹形の変化には気がついていたが、他に変化している部分はなかった。
いや、気がつかなかったのだ。枝に花房の軸が残されていたのだが、これに赤い実がたくさんついていたのだ。
こんな鮮やかな実に、どうして気がつかなかったのだろう。目の節穴ぶりに、あらためてあきれてしまう。
沿線のニワトコで、最も早く花をつけた別の木も注意を払いながら見てみた。たしかに実がついている。
葉っぱの緑と実の赤。色彩の違いはあるが、色温度はほぼ同じ。モノクロ写真にすれば、同じような灰色に見えるだろう。しかし、だとしても、目の前におきている変化には気がつけよ。あらためて自分を戒めなければならないようだ。
そこで、自分のぼんやりにまた気がついた。
路面に這うように広がるバラ類の花が次々に開花している。
花の形状からクサイチゴだと考えていた。
しかし、待てよ。これ、葉っぱが違うじゃないか。クサイチゴは、本当に草に見える葉っぱをつけるのだが、このクサイチゴは肉厚のテリハノノイバラのような、バラらしい葉っぱをつけている。とするとクサイチゴではない別のバラだ。
調べて見た。この花はノイバラだ。思い起こせば、以前にも調べたことがあった。すっかり失念し、すり込まれたようにクサイチゴと思い込んでいたのだ。そう、冬の間、ここには、野いちご類の房状の実ではなく、1粒だけの赤い実がなっていた。クサイチゴとは違うということに、気がついていなければならなかったのだ。
この花は、日射しのある道路に、いくらでも咲いていて、花を咲かせ、受粉し、また新しい花を咲かせながら道を飾っている。見ようとしなかったから、葉っぱの違いに気がついていなかったのだ。
しかし、早い時期に花をつけた野いちご類には、ベリーがなっていることには気がついていた。
最初に結実したのは、一番最初に花を咲かす、モミジイチゴのオレンジ色のベリーだったが、ニガイチゴも赤いベリーを膨らませている。
ホタルブクロが花をつけた。
こことは別のところでも花をつけていた。もしかしたら、とうの昔に開花していたかもしれない。ここでも、「みようとしなれければ」・・だ。
最初の写真はハナイカダ。葉っぱの中央に緑色の小さな花をつける、めずらしい花木だ。その実もだいぶ膨らんで立派になってきた。やがて、黒っぽい色に変わり、熟していくのだろう。
空には、たぶんうね雲(層積雲)が浮かび、太陽の前を横切った。その雲に続いてやってきたのがひつじ雲(高積雲、たぶん・・)だった。朝の空はめまぐるしく様子を変える。何らかの光学現象が見えないか、期待をしているのだが、残念ながら、今日の空ではおあずけだ。
それはそれで間違いはなく、バラ科のベリーがなる植物を総称して「キイチゴ属」といういうようですね。
ラズベリーやブラックベリー、いまの季節、道端や、我が家の庭周辺に実っているモミジイチゴなど、全てキイチゴ属に含まれるようです。
もっとも、研究者によって異なるというコメントもついていましたけれど。
実っていれば食べたくなるのも人情です。我が家のサクラ(ヤマザクラ類)にもサクランボが実っていたので、熟したと思われる赤黒い実を食べてみました。
渋くて食べられたもんじゃないが、感想です。
子どもの頃は、よく、近所の桑の大木に登りながら、好きなだけ桑の実を食べていた記憶があります。やじりや土器が出土する畑に植えられていた大木でした。
誰も怒らなかったので、取る人がいなかったのでしょうね。あれ、たぶん競争相手は野鳥と、近所の子ども達だけだったのでしょう。
ただ、採取総量は、鳥に負けていたと思いますが。
いままでずっと「キイチゴ」って呼んでました。。。
あれ、甘酸っぱくておいしいんですよね。
中学生のころ、この時期になると通学路にあの実が成っていて、つまみ食いした記憶があります。ホントはいけなかったんでしょうけど。