雲のたまてばこ~ゆうすげびとに捧げる詩とひとりごと

窓の雨つぶのような、高原のヒグラシの声のような、青春の日々の大切な箱の中の詩を、ゆうすげびとに捧げます

晩夏

2013年09月20日 | ポエム

▲快晴の南阿蘇は、野も空も秋の気配(2013.9.16)

 

 若いふたりは、上り坂になった細い路地を登っていた。
 下から見上げると、その一番高いところは、坂に合わせて傾斜のついた塀と、塀の上からこぼれ落ちそうな緑の木々に挟まれた澄み切った空と交わっていた。
 女の子は、自分の側で下を向いて、一歩一歩確かめるように歩いている彼にこっそりと、その空を見ていた。
「どうして空って、あんなに青いのかしら」
 女の子は、思わずつぶやいた。
 そう言われて、彼は初めて空を見た。
 とっさに彼は、化学の時間に習った『空はなぜ青いか』ということを必死に思い出そうとした。そして教科書の図入りの一ページがそのままはっきりと頭に浮かんできそうになったけど、彼は頭の中の教科書の文字が読めないうちに、それをすっかり消してしまった。
 女の子が決してそのような回答を求めているようには思えなかった。
 彼は、こんな時に、どんな答えを出したら良いのか解っていた。が、不器用な彼には、とっさに彼女の気に入る様な答えを探し出すことが出来なかった。
 ほんのわずかな時間だったけど、今、声を出すと、それがとても大きく響いて、何もかも壊してしまいそうで、何も言えなくなってしまった。
 そして彼は、女の子のつぶやきが聞こえなかったかのように、何も答えずにいた。幸い彼は、女の子がつぶやいた時、ほんの一瞬、頭を上げて空を見ただけで、また自分の踏みしめるべき一歩先の地面ばかりを見つめていたから。
 女の子は女の子で、彼が自分の声に気がつかなかったらしいと思って、何やらほっとしていた。
 そうして彼女は、もう一度空と彼を見て、今度は美しい花でもないかしらと、塀の間から見える家々の庭ばかり気にして歩いた。
 ふたりは、黙ってしまった。
 夏を語るには思い出話になりそうだし、秋を語るには、まだまだ身の回りは夏そのものだった。
 そんな若いふたりを見送るように、何処かの庭の木にいたツクツクボウシが、夏の終わりの詩を唱い始めた。

(1975.2.22)

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