まさかっ
昨年の3.11以来、想定外という言葉をよく見聞きする。
今からお話することは同じ想定外でも、そんな危機管理とはほど遠い、「まさか」って笑って済まされる程度の話です。
僕が20歳の頃ですから36年も昔のことです。僕は6月のある日、横浜港を出港するロシア船に乗って日本を出発し、約3ヶ月間、一人でリュックを背負って、西ヨーロッパを鉄道旅行しました。
トーマス・クックという旅行会社が発行した英語で書かれたオレンジ色の表紙の時刻表と、片言の英語だけがたよりの予約無しのぶっつけ本番の一人旅でした。利用したのは、船とシベリア鉄道とアエロフロートを使ったソ連経由パリ行きの4泊5日の片道ツアー。当時それはヨーロッパに行くための他のツアーに較べて代金が安く、一度は乗ってみたいと思っていたシベリア鉄道に乗れることも魅力でした。パリからは、ユーレールパスという3ヶ月間鉄道乗り放題のチケットを手に入れていました。まだその旅行のことは、お話したことがありませんが、これからは何かの機会にその時の旅行で経験したことも、このブログでお話したいと思っています。ただし、36年も前のお話ですから、現在のヨーロッパと事情が大きく違っていることはお断りしておきます。
列車でローマから夕方近いフィレンツェに着き、駅の旅行案内所で、場所と予算や風呂付きとか朝食付きとかの希望を片言の英語で伝え、紹介してもらったホテルは、駅にほど近い、狭い通りに面した古い小さなホテルでした。2階の部屋は、一人にはもったいない程の広さだったと思います。部屋でリュックを降ろし、まだ夕食の時間まで間があるので、シャワーを借りて、洗濯をすることにしました。
夏の小さなリュック一つの旅なので、着替えも必要最低限しか持って来ていません。下着やハンカチ、靴下は、替えがひと組みずつしかなく、ほぼ毎日洗濯する必要がありました。ちなみに寝間着も持参せず、旅行中は毎晩素っ裸で寝ていました。夕方、部屋の洗面台で洗濯をし、手で絞って部屋に干しておくと、湿度の低い、乾燥したヨーロッパでは翌朝にはほとんど乾いていました。
シャワーを浴びて自分の部屋に戻った僕は、着ていた物を全部脱いで、誰もいないことを幸いに素っ裸になり、その日着ていたものを部屋の洗面台で洗濯しました。もちろん、その前に窓の側に立ち、狭い通りを挟んだ向かえのビルの様子を確認しました。日の長いイタリアの夜は、まだ明るく、向かえのビルの同じ階は、何かの事務所らしく、ブラインドが降ろされていました。
数枚の洗濯物を干し終えた僕は、窓から数メートル離れたベッドに腰掛け、安心して裸のまま案内所でもらったフィレンツェ地図を広げて、これから何処へ行くか検討していました。
その時、驚愕の思ってもいなかった事態が起きました。
そもそもその狭い通りをバスが通るという認識もありませんでしたが、なんと2階建てバスがやってきて、信号待ちかなにかで、我が部屋の窓ギリギリの近さで停車したのです。
「あっ。2階建てバスはロンドンだけではなかったのね」
しかも我が部屋の開け放した部屋の窓とバスの窓が重なった席には、うら若き娘が座っていて、窓に向かって足をひろげて素っ裸のままベットに腰掛けていた僕とバッチリ目が合ってしまいました。今更隠しようもなく、そのまま僕は、裸の全身をさらけだし固まっていました。でもその若い女性の反応が良かった。
あわてて顔を覆うことも、叫ぶこともなく、余裕の仕草で僕の目を見たまま、目をそらさずにニッコリ笑ったのです。
バスが走り出す前に、僕も見ず知らずの若い女性に全てをさらけだした姿勢のままウインクでお返しをしました。
旅行の数年後には、僕はパリに住むことになりましたが、アパートの部屋の向かえはホテルの部屋で、とこどき素っ裸で室内をうろつく女性の姿が見えたし、屋根で裸で日光浴をしている恋人達の姿も見ました。裸に関する感覚が一般的な日本人とは違うのかもしれませんね。日本人にも家の中では素っ裸で暮らすという人の話を聞いたことがありますし、素っ裸で寝る健康法も一時ありましたね。僕はというと、荷物を少なくすることと洗濯のために一時裸で過ごしただけで、そのような嗜好は当時も今もありません。
以来、「まさかっ」という事例が起きたとき、「フィレンツェにも2階建てバス」という言葉が僕の頭に浮かんできます。
(2012.1.19)
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