6年前の2008年5月29日~6月6日に家内が友人と計画した
「ロマンチック街道とスイスアルプス・パリ 9日間」というツアーに便乗して行きました。
当時の写真と資料を探し出して、それぞれの町での記憶をたどってまとめてみます。
今回はスイスのインターラーケンから出発してユングフラウ鉄道でユングフラウヨッホに
行きました。
右の表はEXCELで作った
行程表の6/1と6/2の分を
Snipping Toolで
切り取って画像にして
貼りつけました。
観光の後はジュネーブに行きます。
当時は事前に調べて行かなかっ
たので、どこを移動している
のかよく分かっていません
でした。
今回 インターネットで調べて
ようやく行程がつかめました。
ユングフラウ鉄道の出発駅
クライネ・シャイデック駅は
2061mで、
終着のユングフラウ ヨッホ駅
は3454mです。
旅行の時に貰った資料があった
のでスキャナーで取り込んで
ペイントで加工しました。
①8:30がWengen付近
で
②9:14~9:30が
乗換時点です。
③10:22~11:30の
間が頂上での観光でした。
④12:20~13:30が
クライネ・シャイデックでランチです。
⑤14:12にグリンデルワルト着
上の拡大図の元の画像が以下のもので、インターラーケンからユングフラウまでの全体が見れます。
北の方からの絵なので地図で見た湖の名前が左右反対に思えて混乱しました。
アルプスの印象はTVアニメの「アルプスの少女ハイジ」と2012-10-18のブログに書いた「イモトアヤコのッターホルン登頂記」
と最初のマッターホルン登頂を映画にした1959年のディズニー作品
「山の上の第三の男」が記憶にあるくらいです。
旅行の写真の中で一番たくさん撮ってあったのが登山鉄道からのアルプスの村や山の風景写真でした。
それらの写真とインターネットから取り込んが画像をフォトアルバムにまとめました。
ユングフラウ鉄道の車窓から-1
ユングフラウ鉄道の車窓から-2
ユングフラウ鉄道の車窓から-3
ユングフラウヨッホ観光
「牧師」という意味のメンヒ、
険しい北壁で知られるアイガー
の三大名峰です。
ユングフラウ鉄道の建設は明治29年
(1896)に、スイスの鉄道王、
アドルフ・グイエールによって始まった。
グイエールは「トンネルの急こう配を
登るには、車体が重く煙の出る蒸気機関車
ではだめ」と考え、電車を通すため、
ふもとのラウターブルンネンに発電所を
建設した。
完成までに16年もかかった。 そうです。(インターネットの中から)
右の画像は私が登山鉄道に乗った時に撮った写真をPhotoscapeで編集しました。乗った電車の車体に日の丸と「大津」の文字がありました。大津市は
インターラーケン市と姉妹都市だそうです。
ユングフラウ鉄道の駅は 出発地点の
クライネ・シャイデック駅
アイガー・メンヒのアルプスの名峰を貫く
トンネルの手前のアイガーグレッチャー駅、
トンネル内のアイガーヴァント駅、
アイスメーア駅、終着駅である
ユングフラウヨッホ駅で
アイガーヴァント駅はその名のとおりまさにアイガー北壁に面した駅で、数分間の停車時間の間に下車してガラス越しに北壁とグリンデルワルトなどの景色を見ることができます。アイスメーア駅も同じような構造で、
展望台からは間近にせまるアイガー氷河が見れます。
終着駅であるユングフラウヨッ
ホ駅は標高3,454mで駅の至る
所に 掲示してある
「TOP OF EUROPE」
の名のとおり、ヨーロッパで
最も標高の高い場所にある
駅です。
エレベーターで標高約3573
mの スフィンクス展望台に
上ると、西にユングフラウ、
東にメンヒ、南にアレッチ氷河が一望する。
また、プラトーテラスの雪原に一歩出れば、ユングフラウやメンヒの山頂が間近に迫まる。
当日は悪天候で建物の外に出るとものすごい吹雪だったようで、がんばって写真を撮ってありました。
それと氷の彫刻などが展示されている様子や 建物の刑事のポスターを撮ってあったのをPhotoscapeで編集しました。
下の画像は「TOP OF EUROPE」でインターネット検索をして取り込んだ分です。
私が撮ってあった写真を
Photoscapeで編集しました。
建物に Grindelwald の文字が
見えます。
バス発着の場所だと思います。
アルプスの山を背景に撮った
写真は昼食の後の散策の時かと
思います。