ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。ひとりごと、今思うこと、泣き言、楽しか

美しさとはいかなるものか?

2013-12-06 | 雑念
大自然は美しいのか?

怖い
危険を連想させるもの
得体の知れない大きな存在
自分にはコントロールできない
近寄りがたい

そういう感覚を持っていたい。
それが人間本来の考え方じゃないかと思うのだ。

紅葉は綺麗じゃないか!
とおっしゃるかもしれない。
しかし綺麗な紅葉は遠くから見ての話であって、その森自体は厳しい冬の森に変わりつつあって人間が近寄るべきところではない。

アウトドア派ではない私が警鐘を鳴らしたいのは、
「大自然素晴らしい!」と無条件で煽る業界や一部のアウトドア系の人たちだ。

まぁそれでもアウトドア人口は増えていくとは思えないが、それでもアウトドアにハマる人も多くいる。

そんな安易なファッションアウトドアな人が、自然を単純に美しいものだ!と事故を起こしたりするのが我慢できない。

まぁ爺さん婆さんが自己責任で死んでしまうのは、酷な言い方で「自業自得」だと思う。

しかしそれが業界全体に及んでしまうのは「どうかな?」と。

だってアウトドア業界は必死の決死で客集めやブランド化に奔走しても、ひとつの事故で自粛されてしまう。

そんな金儲けの話はさて置いて、
人間として「自然に畏怖の念を持つ」という感覚を忘れてはいけないなぁと感じているのである。

もし次世代への自然体験を提供・指導する立場であれば意識して欲しい。

最近のガキは「怖いもんなし」だと思う。ネットで全ての情報は知り得る。親は怒ったりすることもなく、友達みたいな関係だという。

全員ではないよ!

でもね。
こわいもんなし!は問題だしょ?

ナマハゲも鬼も妖怪も先人たちの知恵だと思うのだが、「怖いもんアリ」で有り続けることが大切だと思う。

「怖い!と感じる」ということは、
「考える」「感じる」と同意だと思う。

なぜ赤ちゃんが毒物を口に入れるのか?

考えないからだ!

大人になって怖さが生まれる。
それも自然と生まれるものは少なくて、体験して怖い思いをするから生まれるのだ。

つまり自然体験では
「楽しさ」を自然の中で体験することにウエイトが置かれるのだが、同時に「怖さ」を考える必要もあるのだ!

だから夜の森の中で「ソロ」をするんでしょ?(「ソロ」は体験プログラム。夜の森で一人ぼっちで一定時間過ごす。)

だから大自然はただ美しいのではない!人間を寄せ付けない恐怖が「美しさ」を感じさせるのだ。

バカみたいに何を見ても

かぁわぁイィ~イィ~

というボキャブラリーの少ない奴には本当の「可愛さ」は分かっていないのだ。

ちなみに僕自身の可愛いものは、

長年使っている愛着のあるものの事だ!