ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。ひとりごと、今思うこと、泣き言、楽しか

オシャレな街フランスの群衆。

2015-01-18 | 雑念
フランスでのテロに対するデモ

表現の自由は大切である
その後に「しかし」は付かない

これが風刺画の作者の言い分だ。

僕ならばこうである。

表現の自由は大切である。
表現とはカッコいいものである。

カッコ良くないといけないと思うのだ。
今回の風刺画は表現の自由としてご自由に掲載下さい。でも新聞を購入する側として、そんな表現しかできない新聞を手に取るのが「下衆」である。

消費者が下衆になればカッコ悪い表現が増える。

それがオシャレの最前線フランスで生き残っているというのが解せない。オシャレの反動なのか。

日本のテレビも同じである。
視聴者がひな壇芸人を視聴するからひな壇芸人番組が増える。

ニュースも毎日殺人や虐待や爪楊枝少年の続報を待ち望むから、番組もそんな構成になる。

人が思った通りの世界になっている。

テロは卑怯で犯罪だ。
それには断固反対なのだが、
その前に多くの人々が住む世界での一定の配慮は必要だと思う。

あえて「表現の自由」だと言い訳して、他の宗教を批判する行為は表現者の地位を下げる行為に思えてしまう。

カッコ悪いのだ。

もし新聞紙上でテロを批判したいのならば、真正面からコラムを書いて全世界に問えばいい。

漫画という表現の傘で守られて、人が落とし穴にハマるのを物陰から覗き見て楽しむような行為は表現者の取るべき行動ではない。

表現の自由を主張するならば、その責任をも持ち合わせるべきだと思う。だからフランスのデモの対象はテロリストだけじゃなく、表現の自由に対する勘違いしている新聞社の両者に向けるべきだと思う。

オシャレな街は、オシャレに敏感であってほしい。