■ メインテーマは殺人/アンソニー・ホロヴィッツ 2019.12.2
『メインテーマは殺人』 を、楽しく読みました。
犯人は、誰かを常に気にしながらの読書でした。
ITVの「名探偵ポワロ」「刑事フォイル」などテレビドラマの脚本の話やホロヴィッツの作品が物語のなかの随所にふんだんに出て来ます。
ホーソーンが、ホロヴィッツに自分の本を書くように依頼する部分に、ぼくたちがなぜ、ミステリを好んで読むのか。その一端が触れられている気がしました。
「どうしてまた、きみの話なんか読みたがる人間がいると思うんだ?」
「おれは刑事だからな。世の中の人間は、刑事の話を読みたがるもんじゃないか」
「だが、正式な刑事じゃない。きみは首になったんだろう。そもそも、いったいどうして首にされた?」
「その話はしたくないんでね」
「なるほど、だが、きみの話を書くことになったら、それについても話してもらうことになる。きみがどこに住んでいるか、結婚はしているのか、朝は何を食べたか、休日は何をしているのか、そんなことも。人々が殺人事件の話を読みたがるのは、こういうことに興味があるからだよ」
「あんたはそう思っているのか?」
「ああ、そうだ!」
ホーソーンは頭を振った。「おれはそうは思わんね。主題となるのは殺人だ。重要なのはそこなんだよ」
本を書く交渉は、なかなか進まない。
わたしはここで、席を立って帰ることもできた。何もかも、なかったことにして----後に起きたことを思えば、そのほうがよかったのかもしれない。だが、わたしはたったいま、殺人事件の現場を見てきたばかりだったのだ。まるで、ダイアナ・クーパーを以前から知っていたかのような錯覚さえおぼえ----暴力的な死によって変わりはてた夫人の、あの写真を見てしまったからかもしれない----夫人のために何かをしなくてはと、どうしてかそんな気持ちに駆りたてられていた。
この事件のことを、もっと知りたい。
「おれたちが話を聞く相手は、だれだって何らかの形で夫人の殺害とかかわってるんだよ。殺人事件ってのは、そういうものなんだ。人は、ベッドで勝手に死ぬこともある。がんで死ぬことも、年老いて死ぬこともな。だが、誰かのナイフでめったやたらに刻まれたり、首を絞められたりしたときには、そこには何らかの人間模様がありつながりがある----そこを、おれたちは解き明かそうとしているんだ」ホーソーンは頭を振った。「やれやれ、どうしたもんか! ひょっとしたら、あんたはこの仕事に向いてないのかもしれないな、トニー。つくづく、ほかの作家と手を組んでりゃよかったと思うよ」
わたしは、なぜ折れてしまったのか。
いつだって、ここから何かが始まると思っていたのに、いつだって何も起きないまま、わたしはじわじわと年をとり、貯えは減っていったのです。何ヶ月もの空白が何年にもなったころ、わたしは自分の中で何かが折れたのがわかりました。......
そうなると、すべては悪いほうへ転がるばかりでね。エージェントからは契約を解除されました。わたしは酒に溺れる毎日でしたよ。汚い部屋で目をさまし、ポケットに金はなく、自分にはもう何も残っていないのだと思い知らされる日々。やがて、わたしは観念しました。......夢の終わりですよ。
青春のあの日、もし別の一歩を踏み出していたなら......
そんな思いのするミステリでした。
『 メインテーマは殺人/アンソニー・ホロヴィッツ/山田欄訳/創元推理文庫 』
『メインテーマは殺人』 を、楽しく読みました。
犯人は、誰かを常に気にしながらの読書でした。
ITVの「名探偵ポワロ」「刑事フォイル」などテレビドラマの脚本の話やホロヴィッツの作品が物語のなかの随所にふんだんに出て来ます。
ホーソーンが、ホロヴィッツに自分の本を書くように依頼する部分に、ぼくたちがなぜ、ミステリを好んで読むのか。その一端が触れられている気がしました。
「どうしてまた、きみの話なんか読みたがる人間がいると思うんだ?」
「おれは刑事だからな。世の中の人間は、刑事の話を読みたがるもんじゃないか」
「だが、正式な刑事じゃない。きみは首になったんだろう。そもそも、いったいどうして首にされた?」
「その話はしたくないんでね」
「なるほど、だが、きみの話を書くことになったら、それについても話してもらうことになる。きみがどこに住んでいるか、結婚はしているのか、朝は何を食べたか、休日は何をしているのか、そんなことも。人々が殺人事件の話を読みたがるのは、こういうことに興味があるからだよ」
「あんたはそう思っているのか?」
「ああ、そうだ!」
ホーソーンは頭を振った。「おれはそうは思わんね。主題となるのは殺人だ。重要なのはそこなんだよ」
本を書く交渉は、なかなか進まない。
わたしはここで、席を立って帰ることもできた。何もかも、なかったことにして----後に起きたことを思えば、そのほうがよかったのかもしれない。だが、わたしはたったいま、殺人事件の現場を見てきたばかりだったのだ。まるで、ダイアナ・クーパーを以前から知っていたかのような錯覚さえおぼえ----暴力的な死によって変わりはてた夫人の、あの写真を見てしまったからかもしれない----夫人のために何かをしなくてはと、どうしてかそんな気持ちに駆りたてられていた。
この事件のことを、もっと知りたい。
「おれたちが話を聞く相手は、だれだって何らかの形で夫人の殺害とかかわってるんだよ。殺人事件ってのは、そういうものなんだ。人は、ベッドで勝手に死ぬこともある。がんで死ぬことも、年老いて死ぬこともな。だが、誰かのナイフでめったやたらに刻まれたり、首を絞められたりしたときには、そこには何らかの人間模様がありつながりがある----そこを、おれたちは解き明かそうとしているんだ」ホーソーンは頭を振った。「やれやれ、どうしたもんか! ひょっとしたら、あんたはこの仕事に向いてないのかもしれないな、トニー。つくづく、ほかの作家と手を組んでりゃよかったと思うよ」
わたしは、なぜ折れてしまったのか。
いつだって、ここから何かが始まると思っていたのに、いつだって何も起きないまま、わたしはじわじわと年をとり、貯えは減っていったのです。何ヶ月もの空白が何年にもなったころ、わたしは自分の中で何かが折れたのがわかりました。......
そうなると、すべては悪いほうへ転がるばかりでね。エージェントからは契約を解除されました。わたしは酒に溺れる毎日でしたよ。汚い部屋で目をさまし、ポケットに金はなく、自分にはもう何も残っていないのだと思い知らされる日々。やがて、わたしは観念しました。......夢の終わりですよ。
青春のあの日、もし別の一歩を踏み出していたなら......
そんな思いのするミステリでした。
『 メインテーマは殺人/アンソニー・ホロヴィッツ/山田欄訳/創元推理文庫 』