■償いの雪が降る/アレン・エスケンス 2019.12.30
『償いの雪が降る』 を、読みました。
主人公のジョー・タルバートは好青年で、今時こんな爽やかな青年がいるだろうかと思いながら読みました。
主人公の性格が良いと安心して読み続けることが出来ますね。
ジョーの隣人のライラには、ちょっと切ない過去があったりして、若さ故のほろ苦さも感じました。
どのページも飽きずに読める、面白いミステリーでした。
世間には、こういう感覚を虫の知らせと呼ぶ人もいる。......
あの日を振り返って、こう考えることはときどきある。もし本当に運命が耳打ちしていたら----もしあの訪問が多くの変化を引き起こすと知っていたら----僕はもっと安全な道を選んでいただろうか? それとも、やっぱり同じ道を行き、カール・アイヴァソンにたどり着いたのだろうか?
ときどき顔を出す迷惑な母親の存在。
母さんはずっと気分の揺れの激しい人だった。たったいま笑いながら踊るようにリビングを通っていったかと思うと、つぎの瞬間はキッチンで皿を投げ歩いている。僕の理解では躁鬱だ。もちろん、正式に診断が下されたことはない。本人が専門家の助けを断固、拒んだから。そして母は、両耳に指を突っ込んで人生を送ってきた。まるで、言葉で語られない限り、真実が存在しないかのように、そのひどい状況に加え、どんどん量を増していく安ウオッカ----内なる叫びは鎮めるが、表の狂気を増幅させる自己治療の一形式----と来れば、僕の残してきた母親がどんな人かだいたいわかるだろう。
彼(じいちゃん)の死後、母はなけなしの自制心を手放し、ただ気分の波に乗って漂うばかりとなった。あの人は、以前よりよく泣き、よくどなるようになり、世界に押しつぶされそうになると、毒を吐いた。また、何がなんでも自分の人生の暗い面を見つけ出し、それを一種の新たな常態として取り込もうとしているかに見えた。
誰にでもあるひとつやふたつの青春の思い出。
フィリスは僕が初めてつきあった女の子だ。彼女は、頭から四方八方に広がるイソギンチャクの触手みたいな茶色の縮れ毛の持ち主だった。ファースト・キスをお互いで経験するまで、僕は彼女の外見をへんてこだと思っていた。その後、僕の目には彼女の髪が大胆で前衛的に見えるようになった。僕たちは高校一年生だった。ふたりは、幼い恋人たちがたどる踏みならされた道をたどり、どこまで進めるか手さぐりしながら、物陰に隠れてこっそりキスしたり、学食のテーブルの下で手を握り合ったりと、僕にはすばらしく刺激的に思えるいろいろなことをした。ところがある日、彼女は、どうしても母に紹介してほしいと言い出した。
さて、物語は......。
「カールが、殺すことと殺害することのあいだにはちがいがあると言っていたんですが。それはどういう意味なんでしょう?」
「そいつは俺の語るべき話じゃないんだ。カールの物語だからな。決めるのはあいつだよ。」
「この分だと、ヴェトナムで何があったか話してもらえるかもしれんぞ。」
ヴェトナムで受けた心の傷は、余りにも深かった。だが、ヴァージル・グレイという掛け替えのない戦友も得た。
「自分の人生のあの部分、ヴェトナムで自分のしたことを葬り去れるんじゃないか。わたしはそう思ったんだよ。だが結局のところ、そこまで深い穴はどこにもなかった。」彼は僕を見上げた。「どんなにがんばっても、逃れられないものというのはあるんだな」
「誰かに話すべきだったよ。それはわかっている。ずっとわかっていたんだ。たぶんわたしは、洗いざらい吐き出す機会を待っていたんだろうな。いつか忘れられるかもしれないと思ったんだが、そうならなかった。無理だったよ。さっきも言ったとおり、わたしはいまだに怖い夢を見るんだ」
「ジョー」ついにカールは言った。 「臨終の供述という言葉を知っているかな?」
そして、結末は。
『 償いの雪が降る/アレン・エスケンス/務台夏子訳/創元推理文庫 』
『償いの雪が降る』 を、読みました。
主人公のジョー・タルバートは好青年で、今時こんな爽やかな青年がいるだろうかと思いながら読みました。
主人公の性格が良いと安心して読み続けることが出来ますね。
ジョーの隣人のライラには、ちょっと切ない過去があったりして、若さ故のほろ苦さも感じました。
どのページも飽きずに読める、面白いミステリーでした。
世間には、こういう感覚を虫の知らせと呼ぶ人もいる。......
あの日を振り返って、こう考えることはときどきある。もし本当に運命が耳打ちしていたら----もしあの訪問が多くの変化を引き起こすと知っていたら----僕はもっと安全な道を選んでいただろうか? それとも、やっぱり同じ道を行き、カール・アイヴァソンにたどり着いたのだろうか?
ときどき顔を出す迷惑な母親の存在。
母さんはずっと気分の揺れの激しい人だった。たったいま笑いながら踊るようにリビングを通っていったかと思うと、つぎの瞬間はキッチンで皿を投げ歩いている。僕の理解では躁鬱だ。もちろん、正式に診断が下されたことはない。本人が専門家の助けを断固、拒んだから。そして母は、両耳に指を突っ込んで人生を送ってきた。まるで、言葉で語られない限り、真実が存在しないかのように、そのひどい状況に加え、どんどん量を増していく安ウオッカ----内なる叫びは鎮めるが、表の狂気を増幅させる自己治療の一形式----と来れば、僕の残してきた母親がどんな人かだいたいわかるだろう。
彼(じいちゃん)の死後、母はなけなしの自制心を手放し、ただ気分の波に乗って漂うばかりとなった。あの人は、以前よりよく泣き、よくどなるようになり、世界に押しつぶされそうになると、毒を吐いた。また、何がなんでも自分の人生の暗い面を見つけ出し、それを一種の新たな常態として取り込もうとしているかに見えた。
誰にでもあるひとつやふたつの青春の思い出。
フィリスは僕が初めてつきあった女の子だ。彼女は、頭から四方八方に広がるイソギンチャクの触手みたいな茶色の縮れ毛の持ち主だった。ファースト・キスをお互いで経験するまで、僕は彼女の外見をへんてこだと思っていた。その後、僕の目には彼女の髪が大胆で前衛的に見えるようになった。僕たちは高校一年生だった。ふたりは、幼い恋人たちがたどる踏みならされた道をたどり、どこまで進めるか手さぐりしながら、物陰に隠れてこっそりキスしたり、学食のテーブルの下で手を握り合ったりと、僕にはすばらしく刺激的に思えるいろいろなことをした。ところがある日、彼女は、どうしても母に紹介してほしいと言い出した。
さて、物語は......。
「カールが、殺すことと殺害することのあいだにはちがいがあると言っていたんですが。それはどういう意味なんでしょう?」
「そいつは俺の語るべき話じゃないんだ。カールの物語だからな。決めるのはあいつだよ。」
「この分だと、ヴェトナムで何があったか話してもらえるかもしれんぞ。」
ヴェトナムで受けた心の傷は、余りにも深かった。だが、ヴァージル・グレイという掛け替えのない戦友も得た。
「自分の人生のあの部分、ヴェトナムで自分のしたことを葬り去れるんじゃないか。わたしはそう思ったんだよ。だが結局のところ、そこまで深い穴はどこにもなかった。」彼は僕を見上げた。「どんなにがんばっても、逃れられないものというのはあるんだな」
「誰かに話すべきだったよ。それはわかっている。ずっとわかっていたんだ。たぶんわたしは、洗いざらい吐き出す機会を待っていたんだろうな。いつか忘れられるかもしれないと思ったんだが、そうならなかった。無理だったよ。さっきも言ったとおり、わたしはいまだに怖い夢を見るんだ」
「ジョー」ついにカールは言った。 「臨終の供述という言葉を知っているかな?」
そして、結末は。
『 償いの雪が降る/アレン・エスケンス/務台夏子訳/創元推理文庫 』