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“謎の歓楽エリア”三重県「売春島」は今?

2024年07月17日 23時03分20秒 | 女と男のこと



“ナゾの歓楽エリア”三重県「売春島」はなぜ消えた?「近年訪れるのは女性や修学旅行生」 (msn.com) 





いまも伝説のように語られる「売春島」――。売春が公然の秘密とされる文化はなぜ生まれ、そしてどう消えていったのか。


 江戸時代を発端とする売春島の歴史を、風来堂編著『 ルポ 日本異界地図 』(清談社Publico)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 前編 を読む)


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かつて三重県に存在したナゾの歓楽エリア「売春島」とは――(写真:アフロ)
かつて三重県に存在したナゾの歓楽エリア「売春島」とは――(写真:アフロ)
© 文春オンライン
◆◆◆
ナゾの歓楽エリア「売春島」はなぜ消えた?
 いまも伝説のように語られる「売春島」がある。三重県志摩市の的矢湾に浮かぶ渡鹿野島だ。男性向けの週刊誌などでは、たびたび潜入ルポが掲載され、この島での売春は、いわば公然の秘密となっていた。


 渡鹿野島が売春島となったのは江戸時代ごろといわれる。江戸と大坂を結ぶ航路が盛んになると、多くの船が風待ちのために立ち寄った。すると、船乗りの男たち相手に野菜を売ったり、洗濯や針仕事を請け負ったりする女性たちが現れ、さらに夜の相手も務めるようになった。明治時代には彼女たちは陸に上がり、島の遊廓で働いた。遊廓は太平洋戦争後も続いた。


 売春防止法施行以降は島での売春業も一時廃れる。それが息を吹き返し始めたのは1960年代だ。4人の女性が島にやってきて、それぞれが娼婦を斡旋する置屋を開いた。置屋経営者のうちのひとりは、のちに島一番ともいわれた旅館の経営者にまでなった。


 しかし、次第にこの盛況ぶりにも陰りが見えてくる。1980年代後半から娼婦は日本人女性から賃金が安い東南アジアの女性たち中心へと変わっていった。2000年代には浄化活動が盛んになり、2016(平成28)年の伊勢志摩サミットの前年には島内に警察官が配備され、娼婦たちのほとんどが姿を消した。


 島では観光地を目指して浄化活動とともにビーチをつくったりしている。近年は女性客が増えたり、コロナ禍で修学旅行生を受け入れたりと、クリーンなイメージに生まれ変わりつつあるようだ。


(風来堂,加藤 桐子/Webオリジナル(外部転載))




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聖徳太子の凄まじい人気ぶり。年に一度しか会えない開帳日に…

2024年07月17日 22時05分58秒 | 歴史的なできごと
 
聖徳太子の凄まじい人気ぶり。年に一度しか会えない開帳日に…
 
聖徳太子といえば、かつて一万円札の肖像画にもなっていて、社会科の教科書にも登場する人物。そうした意味では歴史上の人物としては広く認知されており、事実、冠位十二階や十七条憲法を制定するなど政治的な活動も多かった。
画像:日本銀行公式ページ
 
 一方で宗教者としての側面も強く、それが現代にまでしっかりと通じている1日に立ち会ったので、その様子を伝えたい。 
 
驚くべき聖徳太子人気…
 
 聖徳太子は、大阪の四天王寺を建立したり法隆寺にゆかりが深かったりするなど仏教にとても熱心で、政治的なものだと思われがちな十七条憲法にも「篤く三宝を敬え」(第二条)とある。三宝とは仏・法・僧ののことで、ここにもはっきりと見てとれるの仏教的な意志。鎌倉時代に登場し、現代では日本最大の宗派となった浄土真宗の宗祖・親鸞は聖徳太子を「和国の教主(日本のお釈迦様)」であるとまで言うほど敬っていたのだ。 
 
善重寺
 
聖徳太子像拝観のために長蛇の列が
 
凄まじい人気っぷりである
 
 そんな親鸞が20年にもわたり暮らした常陸国(現在の茨城県)に、善重寺という浄土真宗のお寺がある。こちらには聖徳太子像が安置されているのだが、秘仏となっており普段は拝観することができない。しかし、聖徳太子の命日とされる2月22日にたった1時間だけご開帳されるのだ。令和2年2月22日のご開帳日、現地には多くの人が集まっていた。例年は100人ほどの集まりだが、今年は600枚用意した整理券もあっという間になくなり、寺の外まで長蛇の列。係の人によると、1000人はくだらないという。 
いよいよご開帳
 
 
聖徳太子像のご開帳
 
 
 午前11時。たった1時間の聖徳太子像ご開帳の時刻。お堂の前に並ぶ人々の目の前で太子堂の扉が開かれる。最初の数十人がお堂に招き入れられ、お経があげられる。そして、聖徳太子像の収められた厨子(ずし)がゆっくりと開かれた。
聖徳太子像
 
 中から現れた姿は右手に尺、左手に香炉を持ち、古代の成人男性特有の美豆良(みずら)と呼ばれる髪型。聖徳太子16歳の姿で、像高は約1.3mあり鎌倉時代の作だというのに、美しい彩色が作られた当時のまま残っている。  1年に1時間しかご開帳しないことによって、およそ800年もの長い月日が経ってもこれだけ美しい姿でいられるのだ。見る角度によって、優しくも厳しくも見えるその表情は、彫刻の妙技と眼球部分に水晶をはめ込む玉眼という技法の賜物。堂内の誰もが、その姿に息を飲んだ。
 
像の背景に数々の有名人が
  鎌倉時代の仏像の中でも一級品と称される同像だが、江戸時代までは荒寺に置かれていた。それを善重寺に移したのは水戸黄門としても知られる水戸光圀である。光圀の夢に、聖徳太子像が現れて、この寺に移してほしいと言った、といわれている。  幕末になると、世の動乱に善重寺も巻き込まれた。しかし、聖徳太子像だけは戦災を免れ、明治時代には太子堂が建てられた。その中心となったのが実は、渋沢栄一。新旧の一万円札に描かれる人物がここで不思議なつながりを見せているのである。 
 
住職の話
 今回のものすごい人出について住職は、「私たち浄土真宗の宗祖・親鸞聖人は聖徳太子を篤く信仰しましたので、こうして多くの方がこの日に来てくださるということは、とてもありがたいことです」と話してくれた。さらに「浄土真宗の人間として、聖徳太子の信仰が広まっていくといことは、真宗の僧侶冥利につきることです」と語った。 
 
あらためて聖徳太子の教えに触れて見るのも良いかもしれない
 再来年、2022年には聖徳太子が亡くなってから1400年の遠忌が控えている。これに向け、私たちにとっても聖徳太子の話題に触れる機会は増えるだろう。今、あらためて聖徳太子の教えに触れて見るのも良いかもしれない。


7/11/2020
 
 
 
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「すべてが怖い」石丸伸二氏 逆質問、元乃木坂・山崎を威圧…たった一日で露呈した「話の通じなさ」

2024年07月17日 20時04分23秒 | 政治のこと

「すべてが怖い」石丸伸二氏 逆質問、元乃木坂・山崎を威圧…たった一日で露呈した「話の通じなさ」(女性自身) - Yahoo!ニュース




「すべてが怖い」石丸伸二氏 逆質問、元乃木坂・山崎を威圧…たった一日で露呈した「話の通じなさ」
7/10(水) 11:00配信



どの選挙特番でも石丸さんはインタビュアーの言葉尻を捉え、質問を質問で返す態度が目立ちました。政治家を志すならば、選挙に関する質問には丁寧に答えてほしいところ。疲れもあったのでしょうが、相手を小馬鹿にするような態度は批判を集めています。こうした会話の仕方は、SNSで“石丸論法”とさえ呼ばれはじめています」(スポーツ紙記者)



女性自身
(写真:時事通信)


「NHKをはじめ、マスメディアが当初全く扱わなかった」


こう語ったのは、石丸伸二氏(41)。7月7日投開票の東京都知事選では、当選した小池百合子氏(71)との一騎打ちが予想されていた蓮舫氏(56)を抜き、2位に躍進する勢いを見せた。


投開票後は支持者の前で挨拶し、メディアのインタビューにも引っ張りだこに。報道陣から「今回及ばなかった要因を自身はどう感じている?」と質問されると、冒頭のように満面の笑みで返答。支持者たちから歓声が沸き上がると、質問した記者に「そういうところ!」と指摘していた。


今後については「まだ決めていません」としつつ、国政進出の可能性を問われると「選択肢としては当然考えます。例えば広島1区、岸田首相の選挙区ですね」とコメント。さらに「簡単に言うと、ぜひ引き続き、石丸伸二にご期待ください」と、自信たっぷりに語っていた。


この直後にはメディアの選挙特番にも多数出演したが、物議を醸したのは石丸氏の受け答え。インタビュアーへの態度が“高圧的”だとして、一夜にして批判が集中したのだった。


■「違うニュアンスで聞かれてます?」逆質問を繰り返す石丸氏


例えば、7日放送の『開票LIVE2024~カオス!東京で何が起きていたのか』(TBSラジオ)では、21時すぎにリモート出演した石丸氏。パーソナリティーを務めるメディア評論家の荻上チキ氏とライターの武田砂鉄氏とのやりとりは、始終噛み合わない様子だった。


まず荻上氏が「今回の都知事選挙、手応えを感じたと先ほど発信もされていましたが、特にどんな点、手応えを感じた選挙だったのでしょうか?」と問うと、石丸氏は「うん? どのくだりをされてらっしゃいます?」といきなり逆質問。


荻上氏が「先ほどぶら下がりの中で、今回の選挙、自分たちは頑張ったと、走りきったというような話をされてたと思うんですが。はい。特にどういったところに力を入れて、どんな手応えをお感じになりましたか」と補足すると、石丸氏は「手応えの話じゃないですよ、それ。自分たちができることを全部やったという意味です。はい。で、何かの反応では。反応ではなくて、自分たちの実感の話をしました」と回答。


改めて荻上氏が「では、どんな点に手応えを感じたんでしょうか」と聞くと、石丸氏は「手応えって言うんですかね。それ。なんだろう。自分たちでこれをやろうと決めて、それを実施した、実行したという。それを手応えって言うのかな。でも、手応えってもっと反応のことを言うかなっていう気はします。なんか違うニュアンスで聞かれてます?」と再び逆質問。「手応え」の意味にこだわり、選挙における具体的な事例については語らなかった。


次に質問をしたのは、武田氏。石丸氏が今年5月に上梓した著作『覚悟の論理』(ディスカバー・トゥエンティワン社)の内容を引き合いに、こう投げかけた。


「(同著を)ちょっと熟読させていただいたんですけれど、メンタルが強いですねという風に言われて、なんでメンタルが強いかって言われたかというと、その相手の問題はどうなっても私は知りませんよと割り切れるというところ、と書かれていてですね、ちょっとこう、政治をやられる方からすると、この相手の問題がどうなっても私は知りませんよっていう風に言われると、ちょっとぎょっとしちゃうなというところも感じたんですけれども。選挙戦でいろんな立場の人とお会いしてお話しすることがあったと思いますけれども、この本に書かれたことっていうのは、特に考えとしては変化はないですかね?」


すると石丸氏は「どういう点をぎょっとされたんですか? そんなにおかしなこと言ってるつもりがなかったんですけど。どこに違和感を覚えられました?」と、武田氏の質問全体を否定した。


武田氏が改めて意図を説明するも、 石丸氏は「失礼ですが、本当に熟読されました?」と疑いの目を向け、武田氏は「熟読しましたね」と即答。その上で石丸氏は、「そういう風な思いでは言っていません。ええ、はい。自分の責任の範囲を定義するという意味において、その話をしてます。で、政治において意見のやり取りをするってのは当たり前ですよね。それを否定はしてないはずで」と説明したのだった。


元乃木坂46の山崎怜奈は「すみません、不勉強で」と詫びて……
そんな石丸氏は『Mr.サンデー“七夕決戦”都知事選SP』(フジテレビ系)の中継でも、元乃木坂46のタレント・山崎怜奈(27)に手厳しい態度をとっていた。


まず山崎は「真摯に受け答えようとしている姿勢がすごく素晴らしいなと思いました」と称賛した上で、石丸氏が実現したい公約が、国政と都政どちらに比重をおいているのかを質問。


すると、石丸氏は苦笑しながら「大変申し訳ないですが、前提のくだりがまったく正しくないなというふうに感じましたよ。ゼロ公約と私が今回掲げた政策、どこに共通点があるというふうに。全然次元が違うと思うんですけども」とバッサリ。


山崎は自らの発言を補足しようとしていたが、石丸氏は遮るように「解決ができない問題を作ってしまってたのが、あの7つの公約の実態です」とコメント。


すると山崎は「小池さんとは分けさせてください。すみません、不勉強で」と詫び、改めて「国政の規模でしかできないことが、都政で実現したいって打ち出してる公約の中にもあったのかなっていう声も、私は受けたんですけど。そこの声に対しては、どうお考えですか?」と尋ねた。


しかし石丸氏は、「それ見方が違うんじゃないでしょうか。国政のレベルでやる、例えば国防とか外交はもちろん、都の範疇に入りません。ただ私があの中でうたったものは全て東京都として関与できる、裁量がある、その範囲に限定しています。当たり前の話ですけど」と否定的なコメントを返していた。


石丸氏にタジタジだった山崎だったが、同じスタジオにいた前明石市長の泉房穂氏は9日にXで、《何も間違ったことを言っていないのに、「正しくない」と断定され、さぞ驚かれたと思う。それでも臆せずに「教えていただけますか」とか、「すみません不勉強で」といった受け答え、立派で誠実な対応だったと私は思う。それにしても、石丸伸二氏の対応が不思議でならない・・・》と山崎をかばいながら、石丸氏への疑問を投げかけていた。


■露呈した“通じなさ”に広がる落胆の声「上に立つ器してないよ」


インタビュアーの質問をはぐらかし、威圧的な態度をとる石丸氏の論法には日に日に批判が高まっている。


「日本テレビ系のYouTube上での選挙特番でも、社会学者の古市憲寿さんが、石丸さんがかねて批判している“政治屋”と石丸さん自身の違いについて追求すると、『同じ質問を繰り返されています? さっき答えたばかりです。もう1回(定義を)言えってことですか?』と返答。古市さんは繰り返し質問の意図を説明していましたが、石丸さんが自らの考えを明確に答えることはありませんでした。


どの選挙特番でも石丸さんはインタビュアーの言葉尻を捉え、質問を質問で返す態度が目立ちました。政治家を志すならば、選挙に関する質問には丁寧に答えてほしいところ。疲れもあったのでしょうが、相手を小馬鹿にするような態度は批判を集めています。こうした会話の仕方は、SNSで“石丸論法”とさえ呼ばれはじめています」(スポーツ紙記者)


たった一日の各選挙特番で露呈した石丸氏の“通じなさ”は評価を下げているようで、SNSでは苦言を呈する声が広がっている。


《石丸さん言葉のキャッチボールができてなくて会話が成立しない一昔前のSiriみたいだな》

《20代前半だけど石丸さん嫌いになったよ。 選挙後のテレビ出演とか見ても上に立つ器してないよ。質問が悪いとか言ってる信者いるけどどんな質問であろうと不機嫌さを表に出してる時点で都知事に向いてるわけない》

《石丸さんの言いたいことってすごく共感するとこもあるんだけど、やっぱり相手に伝わるように話すっていうのは大事なことだと思う。全員に理解、共感を求めるのは難しいけど、誤解された形で会話終了するのはお互いに損だよね》
《石丸伸二氏の話の通じなさ、揚げ足とり、笑ってない目のすべてが怖い》





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人がいると霊気が消えるようです

2024年07月17日 19時05分38秒 | いろいろな出来事
境内に一人だと、霊気を感じますね。



6/28sun/2020
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牛模様の馬がいました

2024年07月17日 18時06分36秒 | いろいろな出来事

近所の牧場です。

面白い毛並みです🍀





 
6・28Sun/2020
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