マルチ商法は合法ビジネスである。合法に人間関係を破壊し家庭を崩壊させる。先だって詐欺で摘発されたジャパンライフもその代表格の一つだ。アメリカ発のビジネスだが、広くアジアにも浸透し、お隣韓国でも社会問題化したことがある。
3・15・2021
本書は社名を伏せてはいるが、業界トップ企業によるマルチ商法に嵌(はま)った妻により家庭が崩壊する様を、恐ろしいほどリアルに描写している希有な書籍だ。評者もかつてマルチ商法の取材を度々行い、被害者からも加害者からも話を聞いている。身近な人間が嵌った姿も見てきたが、妻という最も身近な存在が壊れていく様を見せつけられると、胸が締め付けられるような思いになった。また、本書はマルチ商法がなぜ合法で、どこに問題があるかの概説書としても優れた内容になっている。
偽科学に惹かれていき、X社(本書での表示)製品を盲信していくようになり、アップ(上位会員)の教化を受け、ついには伴侶よりも家庭よりもX社を選ぶ。その恐ろしさは、書中でもたびたび指摘されているが、新興宗教のドグマに染まることと酷似している。
実際、評者もマルチ商法の幹部に聞いたことがある。
「信じることから始まる。このビジネスは人を信じさせて熱狂させることにつきる」これを洗脳という。また、彼らは「科学的に」と言うが、その根拠は正式な医療機関や学会が認めたものではない。科学リテラシーに弱い人たちを取り込む手口に過ぎない。漠然たる不安を分かりやすい話で取り込む手法は、コロナ禍の様々なデマやデマ商品でも証明されている。某マルチの空気清浄機がコロナウイルスを除去すると会員が宣伝し、あわてて本社が否定する騒ぎまであった。
マルチ商法の幹部たちは豪邸暮らし
書籍の第三章では、著者以外のマルチで人間関係を破壊された人々の姿が細密に綴られている。この部分の元はnoteに掲載され大反響を呼んだ。「マルチ商法ってまだあるんだ」といった一般の感覚がいかに間違っているか、いやというほど実例を突きつけられる。夫が母が恋人が……別人になっていく、その恐ろしい変容は、しかしまた我々の隣で起きる可能性があるのだ。
マルチ商法の幹部たちの多くは豪邸に暮らし優雅な日々を送っている。ある幹部はクルーザーに会員を乗せて東京湾クルーズをしていた。その陰には、借金で苦しみながらもマルチ商法を狂信しては周囲の人間を失っていく人々がいるのだ。
三年ぶりに娘に会い食事に向かった時のことが最終部に記されている。
「注文して少しすると、娘が下を向いた。娘は声を抑えて涙を流していた。(略)これ以上、僕と一緒にいさせるのは可哀そうだった」
マルチ商法で壊されてしまった父娘、どちらにも罪はない。あまりにも辛い景色が目に浮かぶ。合法だから、というエクスキューズで済まされていい商法ではないのだ。
ズュータン/会社員。妻がマルチ商法にハマり、娘を連れて家を出たことをきっかけに、マルチ商法の情報収集と情報発信を開始。同じような境遇にある人の語りを記録した記事はnoteで30万PVを超え大きな反響を呼んだ。
なつはらたけし/1959年、千葉県生まれ。ルポライター、漫画原作者。『クロサギ』『正直不動産』などの原案を手掛ける。