カザフの銅の故郷を訪れて ジルキバエワ・シャラフアット
2023年7月19日から27日までの間、カザフスタン共和国ウルタウ州文化遺産保護センター所長コプバエフ・バヒットジャンさんのご招待で中央アジアの銅の巨大産地ウルタウ地域に行きました。
2023年7月19日から27日までの間、カザフスタン共和国ウルタウ州文化遺産保護センター所長コプバエフ・バヒットジャンさんのご招待で中央アジアの銅の巨大産地ウルタウ地域に行きました。
皆様に歴史の趣き深い中央カザフスタンのパワースポットについて少しお話ししたいです。

以前には国の最大地区だったウルタウは2022年6月8日にカラガンダ州から分立して、独自の州となりました。
ウルタウの州都は工業都市としてしられるジェズカズガンという都市です。国の旧首都アルマティからジェズカズガンまで飛行機で約1時間30分かかります。首都アスタナから行くと、直行便で50分のフライトです。

ウルタウ州はカザフスタン最大の銅鉱床であり、金、銀、石炭、石英、マルガン、鉛などの鉱物資源が豊富に存在しています。都市名「ジェズカズガン」とは「黄銅の国」という意味で、ウルタウ州の他の町村名も鉱物があって呼ばれた名です。例えば、Жезді(黄銅の町)、Қорғасын(鉛)、Кенқазған(鉱石を掘った地)等々。
カザフスタン国内で銅鉱石を初めて産出したのは3000年前の時代でした。18世紀から19世紀にかけて中央アジアを旅したロシアとヨーロッパの東洋学者たちフィリップ・ヨハン・フォン・シュトラーレンベルク、カール・ミラー、イバン・アンドレエブ、ニコライ・ポタニン等がウルタウ地域の自然地理について記録を残しました。
また在ロシア英国初代大使アンソニー・ジェンキンソン(1529~1610)は1558-1559年頃、中央アジアを訪問した時に、中央カザフスタンについても書かきました。ソ連科学アカデミー正会員カニシュ・サトパエフ(1899-1964)はウルタウ地域で15年間地質調査を行い、地下資源が濃集して存在する場所を見つけました。ウルタウ州のカルサクパイ町にサトパエフの記念博物館があります。

中央カザフスタンで最も古い銅の文化が存在しました。ウルタウ地域に発見された、青銅器時代の銅の塊、鏃、青銅ナイフと古代の溶鉱炉などがその証拠になります。
カザフの考古学者たちはウルタウの古代の銅鉱石の産地に近い古墳から石造の手鍬、鶴嘴、鎚などを発見しました。

同地域から発掘された鉱物の標本がジェズカズガン歴史考古博物館とジエズディ町に位置するマケン・トレゲルディン名称鉱業製鉄歴史博物館に展示されています。またブランティ川岸遺跡から発見された仏の石、縁回りが銀の糸で刺繍された長靴と100年前の揺り籠など約5千件という膨大な所蔵品が所蔵されています。
「ウルタウ」国立歴史文化自然保護区博物館が1990年に設立されました。同博物館にウルタウ地域の古墳から発掘された古代兵装、サカと匈奴時代の装飾とカザフの伝統的な移動式住居の家具など貴重な文化財が保存されています。

ビジターセンターもあり、近くにエムシェクタウ(乳山)山が聳え立っています。ちなみに、このビジターセンターには便利な宿泊施設があって、窓からウルタウ山の景色が見えます。
ウルタウ(アクメシットとも呼ばれる)山の麓に湧いているエムブラクという泉の水は健康に良い効果があると言われます。地元の人々はウルタウ山をアウリエ・タウ(神聖な山)と崇拝して、神様に祈願して、儀式を行います。

「ウルタウ」国立歴史文化自然保護区博物館の館長クジェルバエフ・アリベックさんの話によると、ウルタウ山にトクタミシュ、エデゲなどカザフのハンたちの古墳があります。
またチンギス・ハンの長男ジョシ(ジョチ)ハンと全テユルク諸民族の祖先アラシャ・ハンのお墓と廟が残っています。つまり、ウルタウはカザフのハンたちの戴冠式が執り行われた神聖な地です。

ウルタウの山々は北東から南西へと230-240キロメートルに連なっていて、春と秋に半砂漠地帯は放牧場として使われます。
ウルタウは自然が豊かな地域なので、羊歯、木苺、スギナ、ゴマノハグサ、ノビエ、オダマキ、ノイバラ、樺の木、黒すぐり、柳、イブキなど970種の植物が自生して、その内、約100種が薬草とされます。蓬だけが30種以上も旺盛に繁殖しているので、ウルタウの羊の肉が美味しいと言われます。やっぱり、ウルタウの美味しいクムズ(発酵した馬乳酒)を飲むと、爽やかな気分になります。

私は、コプバエフ・バヒットジャンさんと考古学者イスカコフ・アイダルさんと一緒にウルタウ地域の古代遺跡バスカミルに行きました。

これはジェズカズガン市を北西へ83キロメートル所に、ジエズディ川の左岸に、タルデサイ村の近くに位置する、小高い丘に囲まれた町の遺跡です。バスカミル古墳で1994年に考古学上の発掘が行われ、衛兵のタワーと灌漑用水路の遺跡が発見されました。
また鉱坑もあって、カザフの歴史家たちはバスカミルは領主の城塞だったと推測しました。
マケン・トレゲルディン名称鉱業製鉄歴史博物館管理部長アブデべコワ・ショルパンさんは古代カザフの鉱業と製鉄について話してくれました。
マケン・トレゲルディン名称鉱業製鉄歴史博物館管理部長アブデべコワ・ショルパンさんは古代カザフの鉱業と製鉄について話してくれました。

ウルタウ地域には総数400に達する古代の町、住民地の旧跡が発見されたようです。石器時代、青銅器時代と金帳汗国の大形の古墳などを研究した結果、焙焼炉、溶鉱炉など銅鉱産業の旧跡が見つかれ、ユーラシア地域で銅採掘の最古の地と認められました。
さらに、2500年前にウルタウ地域では100万トンの銅が溶解されました。

ジェズカズガン市を北東へ50キロメートル所に行くと、ケンギル川の左岸に位置するチンギス・ハンの長男ジョシ・ハンの廟が見えます。近くにジョシ・ハン国の最初の首都オルダ・バザル町の遺跡があります。
煉瓦作りの住宅街からなる町はジョシ廟の北東に発掘されました。
カザフの歴史的物語ではチンギス・ハンは長男ジョシにイルティシュ川からウラル川までの領域を与えたそうです。ジョシ・ハン博物館と同じ建物内にホテルがあります。

写真の右から:著者、バヒットジャンさん、ベクザットさん
私はこの旅の時、アラシャ・ハン廟、アヤクカミル廟、ボルガン・アナ廟、クラン・アナ廟を訪問して、エデゲ山とペトログリフが群がったテレクティ・アウリエ、アルテン・ショキ、ジンギルタスという小山まで行きました。ウルタウの他のパワースポットについて次回お話しさせていただきます。
中央アジア、考古学、遊牧民の文化に関心のある方は是非、ウルタウにいらっしゃってください。
ジルキバエワ・シャラフアット
カザフスタン共和国