日本ユーラシア協会広島支部ニュース2023年9月29日
【2023年度ロシア語能力検定試験】
第82回ロシア語能力検定試験(1・2・3・4級)は10月28日(2級、4級)、29日(1級、3級)実施予定です。
【今秋以降のイベントの紹介】
[①広島留学生会館祭]毎年11月の第1日曜日に開催される留学生会館まつり。2023年11月5日に開催は、参加を検討中です。
[②2023年国際フェスタ]11月19日、広島国際会議場及びその前の平和大通りで開催されます。国際フェスタは、在住外国人を含む参加市民に国際交流・協力活動に親しみ、理解を深めてもらうとともに、広島市の都市像である国際平和文化都市の実現に資することを目的に行っており、今年で24回目の開催で、本年度は11月19日(日)に開催します。国際協力バザー(民芸品)とひろしま国際村~世界の屋台に参加予定です。
[③ペアセロベ]1984年、国際平和文化都市ひろしまで、国際交流を図ろうと始まった『ぺあせろべ』。今年度は2024年1月14日に開催されます。場所は旧広島市民球場跡地です。
【ヒロシマ・メッセンジャー募集】
2024ヒロシマ・メッセンジャー募集が次のとおり実施されます。
募集期間:2023年9月1日~10月31日 問い合わせ先 082-242-8879 (FAX082-242-7452)
対象姉妹友好都市①ホノルル ②ボルゴグラード(当面募集を行わない。) ③ハノーバー ④重慶 ⑤大邱(テグ)⑥モントリオール ※応募は専用応募用紙を入手して行ってください。
【ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクトジェクト】
カザフスタン・セミパラチンスク訪問報告はhttps://www.youtube.com/live/rJpQtY9YOu4?si=FLXiMp1r5491jOeYでご覧いただけます。
[カザフスタン訪問報告会]
日時:2023年12月9日(土) 13:30 ~17:00
会場:広島市平和資料館 メモリアルホール
特別講演:在日カザフスタン大使館 クルマンセイト・バトル
ハン公使


【広島-セミパラチンスク合唱交流の旅】
いつも大変お世話様でございます。本日、youtubeでの報告会を一部拝見しました。当方も予定通りでスケジュールをこなし、20日に帰国致しました。私はアルマティがその昔、アルマータと呼ばれている時代から何度も訪れていたので、セメイも30万都市なのでインフラ等々問題はなかろうかと思いましたが、そのあまりの格差に驚きを隠せませんでした。
しかしながら、弱冠33歳のセメイ市長は若々しく、私たちの表敬訪問にも快く答えて下さり、合唱交流の場にも姿を見せ、コメントまでいただき、大いに盛り上がりました。今回は連絡がもう一つ上手くなく、被爆者や、療養している病院も訪ねたかったのですが、次回は必ず、訪問できるようにと、暖かい言葉もいただきました。
また、防護服を着ての終日、核実験場の一日は公式のガイド氏の話も聞け、たいへん有意義な時間を過ごすことが出来ました。しかしながら、トイレも無く、悪路を12時間の行程は、厳しい物がありましたが、総じて、お客様の反応は良好で、思い切って実行してよかったと思います。合唱交流は、あちらの合唱団の関係者が聴衆となっていただき、市長もお見えになり、高田先生の持ち前の明るさと会の運営の巧みさで、大いに盛り上げていただきました。
ここでも、もう一つの、しかしながらあります。私は、東京から再三に渡ってピアノがあることを何度も確認をとり、万全な形で参りましたが、その質たるや、全く酷いもので、キーをたたいても音が出ないキーもあり、ピアニストの田中香月さんには殊の外、つらい思いをさせてしまいましたが、こちらも、明るく対応してくださって、ありがたかったです。そこで、また、宿題ができました。カザフスタン、特に、セメイ市のホールはもとより、ちゃんとしたピアノを寄贈する事業が一つ加わりました。これから、本格的な交流事業が始まる思いになりました。
その意味で日本ユーラシア協会はまだまだやることがたくさんあることを知りました。高田先生と現地でおもうところを話し合うことが出来ました。まずは、今回の動きをより発展的に大きなイベントにするため、広島を中心に、「リメンバー合唱団」を立ち上げ、反核と核兵器廃絶の歌をまとめた形で世界に打って出るという話になり、高田先生を中心により一層の交流拠点に広島-セミパラチンスクをおいて活動してゆきたいと思った次第です。
今回は共同通信の記者2名が主旨に賛同してくれて、同行取材してくれました事が、これから、様々な露出の中で、相乗効果を生んでゆくと思いました。これから、黒川様の広島支部ともしっかり連携してより有意義な合唱交流が出来ますよう頑張りたく存じます。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。
㈱ユーラストラベル 滝澤 泰斗 2023年9月27日
【初めて地球を一回りした日本人~石巻若宮丸物語:第16話 阿部和夫(今回、第16話で最終回となります。)次号以降、日ソ開戦と満州逃避行の記事を連載予定です。】
四人 故郷に帰る
文化三年(一八〇六)二月下旬に、仙台藩からの取り調べを終えた四人は故郷に戻りました。帰った四人を見て、乗組員は亡くなったと思い七回忌にあわせて「若宮丸遭難供養碑」まで建てていた米沢屋をはじめ、人々の驚きは強烈なものだったと思います。そこに生じた喜びもありましたが、帰還できなかった人達の家族の心情は如何ばかりか―――。恐らく複雑な心境ではなかったかと筆者は想像しています。帰還した四人のその後も様々でした。喜び勇んで故郷に戻ってみたものの、ほぼ一か月後の四月一日に太十郎(長崎で自殺未遂)が三十六歳で病没してしまいます。悲劇的だったのは儀兵衛です。彼はお婿さんで妻子も居ました。しかし、遭難死と判断した妻は再婚していたのです。彼は、半年後の九月三日に病で亡くなっています。享年四十五歳でした。津太夫と佐平は、帰国後も外交に関わる意義ある仕事をしています。文化三年から四年にかけて北方でロシアからの攻撃がありました。その時、実情調査のため若年寄堀田正敦が蝦夷地に派遣されますが、二人は呼び出されて松前まで同行しています。恐らくロシアの地を踏んだ二人の証言は貴重なものだったのでしょう。一方ロシアに残った人の内、善六がロシア使節団の一員として日本にやって来ます。文化十年(一八一三)八月のことです。日本に幽閉されていたゴロヴニンの釈放交渉に際してロシア側通訳として来日したのです。若宮丸の遭難からロシアでのことと、帰国後のことを後の世に伝えた津太夫は、文化十一年(一八一四)七月二十九に七十歳で亡くなり、最後の一人となった佐平は、文政十二年(一八二九)四月十二日に六十七歳で亡くなりました。※若宮丸乗組員十六名の内、帰国出来たのは四人だけであり、残り十二人はロシアの土となりました。(三人は仏教徒のまま、九人はロシア正教徒として死亡)彼等の生き方、行動から皆さんはどんなことを感じ取られたでしょうか。
【ウクライナ情勢】
ニューズウィーク2023年9月18日号でダニエル・デイビスはウクライナの死者をこの1年余で、70,000人、負傷者120,000人と報告している。これとは別に民間人を含めると死者は354,000人との数字も上がっている。欧米の議会人は死者数を30万~50万人との数字も上げている。ロシア・ウクライナ双方での停戦合意が求められている。旧ソ連の構成国であったロシアとグルジア(ジョージア)の間の紛争(戦争)とその停戦(2008年8月)について、その経過を考える。(詳細は次号。)

【金剛山歌劇団2023年アンサンブル公演】
[広島朝鮮初中高級学校チャリティーコンサート 風になって바람이 되어]
2023年11月6日(月)18:30開演 JMSアステールプラザ大ホール
入場料 一般3,500円 高校生2,000円 小・中学生1,000円
問い合わせ 082-510-1565
