チャリティー・コンサート
~ワレーリー君とエイブゲニアさんを励ます音楽の夕べ~
【日程】
●2014年12月30日(火)
【会場】日本福音ルーテル広島教会
●広島市中区鶴見町2-12 ルーテル平和大通りビル3F
【開演時間】
●15時~17時30分
【入場料】
●大人2000円・小中学生500円・幼児無料
【プログラム】
◇ワレーリー君の闘病生活を撮影した映像
☆広島合唱団
(指揮/高田龍治 ピアノ/田中香月)
●ロシア民謡メドレー
♪ ステンカラージン
♪ 果てもなき荒野原
♪ 百万本のバラ
☆共に生きる街合唱団
♪アメイジンググレイス (Solo/寺本美和子)
☆加藤和也&田中香月
(サックス&ピアノのセッションで・・・)
♪
♪
☆COCOECOCO
エリザベト音大出身の5人の女性アーティストグループ
※ウクライナ出身のクラリネット奏者も加わる
♪
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☆国鉄広島ナッパーズ
・・・他
《特別出演》
★レオニード・グルチン (チェロ)
★ユリヤ・レヴ (ピアノ)
★奥野純子 (ソプラノ)
★アレクセイ・トカレフ (トランペット、バリトン)
♪J.クラーク 「デンマーク王子の行進曲」(ピッコロ・トランペットとピアノ)
♪山田耕筰 「ペチカ」(ソプラノ、ピアノ)
♪S.ラフマニノフ「歌うなかれ、美しい人よ」(ソプラノ、チェロ、ピアノ)
♪M.タリヴェルディエフ「前奏曲」(チェロとピアノ)
♪P.チャイコフスキー バレエ「白鳥の湖」より「ナポリの踊り」
♪S.ラフマニノフ 「春の雪解け」(トランペットとピアノ)
♪V. ミハイリュク「チェレムシナ」(ソプラノ、チェロ、ピアノ)
♪ロシア民謡「スチェニカ・ラージン」(バリトン、ピアノ)
♪平井康三郎 「ゆりかご」(トランペット、チェロとピアノ)
♪V.バスネル 「祖国は何から始まるか」(トランペット、チェロとピアノ)
♪カッチニーのアヴェマリア (ソプラノ、トランペット、ピアノ)
♪(P.マイボロダ 「愛しいわが母」(バリトン、チェロ、ピアノ)
★ロシア歌唱集団「パリャーノチカ」
♪「さらば、岩山よ」《Прощайте, скалистые горы》
♪「一服しよう」《Давай закурим》
♪「鶴」《Журавли》
《賛助出演》
☆COCOECOCO
☆吾亦紅
・・・他
★演出者やプロゴラム明細等に、また修正はあり。
★入場券について、後日ご案内致します。
ワレーリー君について
年齢は26歳
ウクライナのドニエプロペトロフスク市出身
体育大学卒業後、同市の最強バスケットボールチームの選手として活躍
2009年、膝を負傷し、手術。2年後も片方の膝を手術、選手を断念する。
2011年、恋人エイブゲニアさんと出会う。その半年後、癌の宣告を受ける。
2012年6月、痛みのため歩行困難。ウクライナの医療では治療不可の難病。
2012年7月、病名は「非ホジキンリンパ腫・バーキットリンパ腫」と診断される。
2012年8月、ワレーリー君とエイブゲニアさんは治療可能な海外の病院を探し出す中、
広島の日赤病院を紹介され来日。二人の広島滞在と治療が始まる。
転移も広がり末期状態であったが、日赤の医師達によって奇跡的に命を救うことが出来た。
その後、数回の手術を経るも肝臓に異変。臓器の移植に伴う合併症は死に至る危険があり、現在まで免疫抑制剤を服用している。
家族の財産すべてをその治療に充てながらも、エイブゲニアさんはウクライナ国内の「偉い人達」に何度も費用援助を求めるが反応はなし。
あきらめず、ソーシャルネットワークの中で寄付を募り、世界中の協力者からこれまで援助を得てきた。
しかし長引く治療に寄付金などの蓄えもあと2~3ヶ月分しかない。治療はまだあと3年は要するという。
二人の滞在費と薬代で一ヶ月1950$が必要。
二人の明日を今日より少し希望の持てる日にしたい。手を取り合いましょう。
(参考までに)
ウクライナ出身の友人に力を貸してください!
Друзьям из Украины нужна помощь! (Русский перевод ниже) Valera(ワレーリー)とIevgeniia(エイブゲニヤ)が、深刻な病(リンパ筋の癌)の治療のため広島へやってきたのは、2012年のことです。 病気を患っているのはワレーリーですが、エイブゲニヤは常に、隣で彼を支えてきました。二人が乗り越えてきた試練は、計り知れません。治療のための資金集めが困難になったときもありましたが、なんとか事態が上向きになってきたように見えました。しかし再び、二人は周りの力を借りることが必要になってしまいました。 26歳のワレーリーはウクライナのドニエプロペトロフスク市出身です。子供時代は、健康に何の問題もありませんでした。彼の人生は、平穏で活動に満ちたものでした。幼稚園から始まり、小学校、スポーツ活動、体育大学へと進みました。その後、ドニエプロペトロフスク市の最強バスケットボールチームの一員の選手になりました。 2009年、ワレーリーは膝を負傷し、手術を受けました。それだけでなく、2011年には、もう片方の膝を手術することになったのです。長びくリハビリ治療のため、スポーツをあきらめざるを得なくなりました。ワレーリーは、それでも気落ちすることなく、愛するスポーツから遠ざかりはしても、暮らしは続いていきました。 新たな生活、新たな仕事、そして新たな友人関係。。 2011年の大晦日、ワレーリーは素晴らしい女性、エイブゲニヤに出会いました。今となれば、まさにこの時を選んで、天がこの若い二人を巡り合せたのだと思わずにいられません。なぜなら、その六か月後には、癌の宣告が待っていたのですから。エイブゲニヤと出会った時すでに、ワレーリーの肘の痛みは始まっていました。二人はすぐにお互いを深く愛し合うようになりましたが、残念なことに、ワレーリーの病の進行も、とどまってはくれませんでした。 二人が出会ってちょうど2ヵ月後、ワレーリーの肘は曲げることができなくなっていました。病院通い、投薬、そして絶え間ない不安。ありとあらゆる診断がくだされました。腱の断裂、骨髄炎、あるいは骨の結核と診断されたことさえありました。 2012年の4月下旬、ワレーリーの脇の下に最初のリンパ節が現れ始めましたが、ウクライナの医師達には、それが非常に深刻なものだと判断できなかったのです。その後、脇の下には二つ目のリンパ節ができ、肘の痛みは耐え難いものになっていました(当時すでに、レントゲン写真で骨が破壊され始めているのが確認できました)。痛み止めの量は増し続け、病院に頻繁に通いましたが、生憎、何の効果も表れませんでした。 2012年の6月下旬、ワレーリーは痛みのため、歩くことさえ困難になりました。腕は3倍に腫れ、そうなってようやく、入院となりました。なぜか外科の病棟だったのですが。 2週間後、二人は、あやうく腕の切断を勧められるところでした。4ヵ月で初めてのリンパ節生体組織診断の末、ようやく、癌であることが告げられたのです。まさに、最終宣告でした。 2012年7月上旬、化学療法の第一クルーが始まりました。ワレーリーの病名は『非ホジキンリンパ腫・バーキットリンパ腫』と診断され、ウクライナでは、この5年間以上、これほどの激しい進行を持つ症例はありませんでした。ウクライナの医師達は、希望の一筋も、約束することはできませんでした。 化学療法が効果を表し、1週間のうちにワレーリーの容体は快方へ向かい、退院することができました。しかし、自宅療養中、ワレーリーは40度の高熱を出し、腹痛を訴えました。かかりつけの病院の先生は救急車を呼ぶよう指示しましたが、救急隊員も、ワレーリーに一体何が起こっているのか、まるで分かりませんでした。 このような辛い体験を経て、ワレーリーとエイブゲニヤは、海外の病院を探すよりほかなくなりました。 知り合いのつてのおかげで、二人は日本へ滞在することとなりました(他の国に比べ、日本は治療費が 少し低く、治療レベルは高かったからです)。友人達と家族親戚の助けを得て、二人は広島へやってきました。 あれから二人の滞在は、既に2年になります。 ワレーリーの治療は、2012年8月、広島日赤病院で始まりました。 最初のポジトロン断層法(PET-CT)で、癌の数値が4+になっていたのに日本の医師達は奇跡を起こしたのです!既に末期に入っており、転移も身体中へ広がっていたにもかかわらず、医師達はワレーリーを救うことができました! 手術までの最初の数ヶ月、ワレーリーは腕と肩、そして膝に3回の放射線治療を、そして7回の化学療法を受けてから2012年2月8日に、骨髄移植が行われました。 同じ年の5月25日、ワレーリーには退院許可が下りましたが、その一週間後には移植の際の拒絶反応があらわれました。 手術後、ワレーリーの体重は25キロも減り、肝臓には強い拒絶反応が出て、現在、皮膚免疫力現象と目に問題(白内障の恐れ)が出始めました。手術から既に1年半がたちますが、この症状は留まるところを知らないかのようです。 臓器の移植に伴う合併症は死に至るものもあることを考えると、ワレーリーのケースは比較的安定しているとも言えるため、最終的には落ち着くだろうという判断がなされました。医師、そして夫婦とも、それを強く信じています! 様々な薬の他、ワレーリーが服用しているのは免疫抑制剤です(最も重要な薬です)。免疫抑制剤は彼の骨髄にも、そして骨髄移植ドナーになってくれた彼の母親の骨髄にも圧倒的な悪影響を与えていますが、服用は徐々に減らされ、最終的には、自らの骨髄と移植された母の骨髄が正常に機能するようになるはずです! この治療の長い道のりは、 家族の財産全て、そして二人の困難に心を寄せる人達、彼らの寄付なしには歩めなかったでしょう。! エイブゲニヤは、ウクライナ国内の偉い人々にも何度となく助けを求めましたが、その試みはうまくいきませんでした。それでも、彼女はあきらめませんでした。ワレーリーの命を救うために、戦い続けたのです! 手術代、リハビリ治療、そして治療中の滞在費をまかなうため、彼女は眠れぬ日々を送りながらソーシャルネットワークの中で、 寄付を募りました。 世界中の人々の優しさと理解のおかげで、二人は、それらに必要な費用を支払うことができました。 手術後、リハビリに必要な期間、日本に滞在する期間がどのくらいになるのか、判断するのは困難でした。寄付が一時止まってしまったです。 今再び、二人が差し迫って必要としているのは、滞在費と薬代です。医師の最新の診断では、今の頻度で、薬の服用と通院を続けることは、 あと少なくとも3年かかるそうです。 ???????????????????????????????????????? 一か月最低でも1,950$が必要です (二人の滞在費は約1050$、薬代など900$) ???????????????????????????????????????? 現段階で二人に残されている蓄えは、あと最長でも2~3ヵ月しかありません。 ほんの気持ちで、構いません。皆さんの優しさと思いやりが、必要なのです。二人の明日を、今日より少し希望の持てる日にするため、手を取り合いましょう! 寄付に、大小は存在しません。あるか、ないかの違いなのです。ひとつひとつの「いいね」やシェアが、一円が、あるいは優しい心からの言葉が、サポート、力となるのです! 心から皆さんのご協力をお願い申し上げます!
https://www.youtube.com/watch?v=lteEfZ8UjB8
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