日本ユーラシア協会広島支部のブログ

本支部は、日本ユーラシア地域(旧ソ連邦)諸国民の相互の理解と親善をはかり、世界平和に寄与することを目的とする。

12.8不戦の誓いヒロシマ集会アピール

2014-12-09 07:31:56 | 日記
12.8不戦の誓いヒロシマ集会アピール
1941年12月8日、すでにアジア諸国への侵略戦争を続けていた日本は、ハワイの真珠湾を奇襲し世界を巻き込んだ太平洋戦争に突入しました。この一連の侵略戦争は、中国をはじめアジアの国々で数千万人、日本人300万人あまりの未曾有の犠牲者を出し、広島・長崎への原爆投下をもたらし、日本の無条件降伏をもって終了しました。
 私たちは、この「12月8日」を、「8月6日」と並んで、ヒロシマが、日本が忘れてはならない日として不戦を誓ってきました。
 しかし、尊い犠牲の上に実現した戦後平和体制と民主主義が、その根底から覆されようとしています。その象徴が「戦後レジームからの脱却」という名のもと進められている一連の 「戦争をする国」への暴走です。昨年末の、国民の知る権利を奪い、政府に都合の悪い情報を秘密のベールで覆う「特定秘密保護法」の強行成立、戦争遂行機構である「国家安全保障会議設置法」の改正に続き、4月1日には、「武器輸出三原則」に代わり、軍需産業育成と武器輸出大国に道を開く「防衛装備移転三原則」の閣議決定、そして7月1日には平和憲法が禁じ、歴代内閣が「憲法違反」としてきた「集団的自衛権」行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定が強行されました。
 安倍内閣は一方で、先月、沖縄県民が示した辺野古への新基地建設NO! オスプレイ配備NO!という民意を無視し、在日米軍基地の固定化と日米軍事同盟強化を推し進めようとしています。また岩国基地は空母搭載機部隊の移駐などにより、極東地域最大規模の航空機部隊の基地にされようとしています。
 戦後70年、被爆70周年を目前に、日本は、「法」と「装備」を併せ持つ文字通り「戦争をする国」へと大きく変貌しようとしています。さらに、安倍首相は衆院解散前日「憲法改正は自民党にとって結党の原点だ。結党以来、憲法改正を主張しているし、憲法改正草案も発表し、党として21世紀にふさわしい、あるべき憲法の姿を示している。この憲法改正のための橋となる国民投票法が成立した。いよいよ、その橋を渡り、どういう条項を改正すべきか、という段階に至っている」と述べ、総選挙で安定多数という「信任」を得た後、実質的な改憲状態から明文改憲へと踏み出そうとしています。
私たちは改めて、一戦争の歴史・教訓に学び、そしていま再び「戦争をする国」へと暴走する事態を直視し、戦争につながる一切を拒絶する取り組みを強めなければなりません。本日ここに集う私たちは、「ヒロシマの心」として共有し、広範な人々とともに平和と民主主義を守るための活動を一層強化することを心に刻み、12.8不戦の日の誓いとします。
     2014年12月8日
12.8不戦の誓いヒロシマ集会
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ミュ-ジカル 見上げてごらん夜の星を 公演案内

2014-12-05 01:59:50 | 日記
ミュ-ジカル 見上げてごらん夜の星を
ASP イッツフォーリーズ公演
広島市民劇場
大手町事務所082-247-5433
安佐南事務所082-877-4423
後援 広島市 広島市教育委員会
・安佐南区民文化センター
2015年2月10日火曜日18:30
2月11日水曜日 13:00
・アステールプラザ
2月12日木曜日 18:30
2月13日金曜日 13:00

スタッフ
原作・作詞…永六輔
音楽…いずみたく
演出…北澤秀人
潤色…大谷美智浩
編曲…吉田さとる
振付…三枝宏次
美術…トクマスヒロミ
照明…森下泰(ライトシップ)
音響…返町吉保(キャンビット)
衣裳…恵美秀彦
歌唱指導…山□正義
稽古ピアノ…久田菜美
演出助手…本藤起久子
舞台監督…岩戸堅一(アートシーン)
宣伝写真撮影…日高仁
協カ…文学座
プロデューサー・・・土屋友紀子

解説
昭和30年代後半、高度経済成藁期の真っ只中、日本では多くの働き手を求められ、中学を出たばかりの若者は“金の卵"と呼ばれ、学校よりも働くことが当たり前であった。そんな金の卵のひとり坂本は、自分の将来のために昼間は働き、夜は定時制高校に通っていた。
坂本は昼問の高校で同じ教室の机を使っている女生徒・ユミコと机を介して文通を始める。坂本とその仲間たちにとって、まだ会ったこともないユミコはアイドルであった。ある日、坂本は自分の机の中に女性物の財布を見つけるのだが…。
永六輔がいずみたくと初めて創ったオリジナルミュージカル「見上げてこらん夜の星を」。そのミュージカルから日本のスタンダードナンバーとなった同名の名曲が生まれました。和製ミュージカルの原点とも言えるこの作品を、いずみたくが立ち上げた劇団、ミュージカルカンパニーイッツフォーリーズが、いずみたく没20年を記念して2012年1月にリバイバル上演、多くの皆様に好評を頂きました。
そして2013年秋より、全国公演がスタート致しました。夢と希望を持って、愛する人と共に生きること、それがきっと日本の未来に繋がる…若き日の永六輔といずみたくが描いた青春群像劇にどうぞこ期待下さい。

いずみたく
1930年1月20日、東京・日暮里生まれ。舞台芸術学院卒。舞台の世界に憧れ、俳優の勉強をしていたが、突然音楽家を志す。歌声運動に参加していたところを三木トリロー事務所に誘われ、所属。そこで永六輔、野坂昭如らとコマーシャルソングを創り始める。仕事が軌道に乗り独立、野坂昭如と音楽事務所を設立する。ピンキーとキラーズ、佐良直美、岸洋了、{紀さおりなど多くの歌手を育成し、数々のヒットソングを制作。1960年の「見上げてごらん夜の星を」のミュージカル制作をきっかけに再び舞台の世界へ。日本のオリジナルミュージカルを創るために1977年に、いずみたくフォーリーズを旗揚げ。以降100本以上のミュージカルを制作。世界の平和と、日本の文化の向上を訴えて参議院議員となる。1992年5月11日死去。生涯の作曲数は15000曲以上。
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チャリティー・コンサート~ワレーリー君とエイブゲニアさんを励ます音楽の夕べ~

2014-12-03 23:19:55 | 日記
チャリティー・コンサート
~ワレーリー君とエイブゲニアさんを励ます音楽の夕べ~  
【日程】
●2014年12月30日(火)
【会場】日本福音ルーテル広島教会
●広島市中区鶴見町2-12 ルーテル平和大通りビル3F
【開演時間】
●15時~17時30分
【入場料】
●大人2000円・小中学生500円・幼児無料
【プログラム】
◇ワレーリー君の闘病生活を撮影した映像
☆広島合唱団
(指揮/高田龍治 ピアノ/田中香月)
●ロシア民謡メドレー
♪ ステンカラージン
♪ 果てもなき荒野原
♪ 百万本のバラ
☆共に生きる街合唱団
♪アメイジンググレイス (Solo/寺本美和子)
☆加藤和也&田中香月
(サックス&ピアノのセッションで・・・)


☆COCOECOCO 
エリザベト音大出身の5人の女性アーティストグループ
※ウクライナ出身のクラリネット奏者も加わる


☆国鉄広島ナッパーズ
・・・他
《特別出演》
 ★レオニード・グルチン (チェロ)
 ★ユリヤ・レヴ (ピアノ)
 ★奥野純子 (ソプラノ)
 ★アレクセイ・トカレフ (トランペット、バリトン) 
♪J.クラーク 「デンマーク王子の行進曲」(ピッコロ・トランペットとピアノ)
♪山田耕筰 「ペチカ」(ソプラノ、ピアノ)
♪S.ラフマニノフ「歌うなかれ、美しい人よ」(ソプラノ、チェロ、ピアノ)
♪M.タリヴェルディエフ「前奏曲」(チェロとピアノ)
♪P.チャイコフスキー バレエ「白鳥の湖」より「ナポリの踊り」
♪S.ラフマニノフ 「春の雪解け」(トランペットとピアノ)
♪V. ミハイリュク「チェレムシナ」(ソプラノ、チェロ、ピアノ)
♪ロシア民謡「スチェニカ・ラージン」(バリトン、ピアノ)
♪平井康三郎 「ゆりかご」(トランペット、チェロとピアノ)
♪V.バスネル 「祖国は何から始まるか」(トランペット、チェロとピアノ)
♪カッチニーのアヴェマリア (ソプラノ、トランペット、ピアノ)
♪(P.マイボロダ 「愛しいわが母」(バリトン、チェロ、ピアノ)
 ★ロシア歌唱集団「パリャーノチカ」
♪「さらば、岩山よ」《Прощайте, скалистые горы》
♪「一服しよう」《Давай закурим》
♪「鶴」《Журавли》
《賛助出演》
☆COCOECOCO
☆吾亦紅
・・・他
★演出者やプロゴラム明細等に、また修正はあり。
★入場券について、後日ご案内致します。




ワレーリー君について
年齢は26歳
ウクライナのドニエプロペトロフスク市出身
体育大学卒業後、同市の最強バスケットボールチームの選手として活躍
2009年、膝を負傷し、手術。2年後も片方の膝を手術、選手を断念する。
2011年、恋人エイブゲニアさんと出会う。その半年後、癌の宣告を受ける。
2012年6月、痛みのため歩行困難。ウクライナの医療では治療不可の難病。
2012年7月、病名は「非ホジキンリンパ腫・バーキットリンパ腫」と診断される。
2012年8月、ワレーリー君とエイブゲニアさんは治療可能な海外の病院を探し出す中、
広島の日赤病院を紹介され来日。二人の広島滞在と治療が始まる。
転移も広がり末期状態であったが、日赤の医師達によって奇跡的に命を救うことが出来た。
その後、数回の手術を経るも肝臓に異変。臓器の移植に伴う合併症は死に至る危険があり、現在まで免疫抑制剤を服用している。
家族の財産すべてをその治療に充てながらも、エイブゲニアさんはウクライナ国内の「偉い人達」に何度も費用援助を求めるが反応はなし。
あきらめず、ソーシャルネットワークの中で寄付を募り、世界中の協力者からこれまで援助を得てきた。
しかし長引く治療に寄付金などの蓄えもあと2~3ヶ月分しかない。治療はまだあと3年は要するという。
二人の滞在費と薬代で一ヶ月1950$が必要。
二人の明日を今日より少し希望の持てる日にしたい。手を取り合いましょう。

(参考までに)
ウクライナ出身の友人に力を貸してください!
Друзьям из Украины нужна помощь! (Русский перевод ниже) Valera(ワレーリー)とIevgeniia(エイブゲニヤ)が、深刻な病(リンパ筋の癌)の治療のため広島へやってきたのは、2012年のことです。 病気を患っているのはワレーリーですが、エイブゲニヤは常に、隣で彼を支えてきました。二人が乗り越えてきた試練は、計り知れません。治療のための資金集めが困難になったときもありましたが、なんとか事態が上向きになってきたように見えました。しかし再び、二人は周りの力を借りることが必要になってしまいました。 26歳のワレーリーはウクライナのドニエプロペトロフスク市出身です。子供時代は、健康に何の問題もありませんでした。彼の人生は、平穏で活動に満ちたものでした。幼稚園から始まり、小学校、スポーツ活動、体育大学へと進みました。その後、ドニエプロペトロフスク市の最強バスケットボールチームの一員の選手になりました。 2009年、ワレーリーは膝を負傷し、手術を受けました。それだけでなく、2011年には、もう片方の膝を手術することになったのです。長びくリハビリ治療のため、スポーツをあきらめざるを得なくなりました。ワレーリーは、それでも気落ちすることなく、愛するスポーツから遠ざかりはしても、暮らしは続いていきました。 新たな生活、新たな仕事、そして新たな友人関係。。 2011年の大晦日、ワレーリーは素晴らしい女性、エイブゲニヤに出会いました。今となれば、まさにこの時を選んで、天がこの若い二人を巡り合せたのだと思わずにいられません。なぜなら、その六か月後には、癌の宣告が待っていたのですから。エイブゲニヤと出会った時すでに、ワレーリーの肘の痛みは始まっていました。二人はすぐにお互いを深く愛し合うようになりましたが、残念なことに、ワレーリーの病の進行も、とどまってはくれませんでした。 二人が出会ってちょうど2ヵ月後、ワレーリーの肘は曲げることができなくなっていました。病院通い、投薬、そして絶え間ない不安。ありとあらゆる診断がくだされました。腱の断裂、骨髄炎、あるいは骨の結核と診断されたことさえありました。 2012年の4月下旬、ワレーリーの脇の下に最初のリンパ節が現れ始めましたが、ウクライナの医師達には、それが非常に深刻なものだと判断できなかったのです。その後、脇の下には二つ目のリンパ節ができ、肘の痛みは耐え難いものになっていました(当時すでに、レントゲン写真で骨が破壊され始めているのが確認できました)。痛み止めの量は増し続け、病院に頻繁に通いましたが、生憎、何の効果も表れませんでした。 2012年の6月下旬、ワレーリーは痛みのため、歩くことさえ困難になりました。腕は3倍に腫れ、そうなってようやく、入院となりました。なぜか外科の病棟だったのですが。 2週間後、二人は、あやうく腕の切断を勧められるところでした。4ヵ月で初めてのリンパ節生体組織診断の末、ようやく、癌であることが告げられたのです。まさに、最終宣告でした。 2012年7月上旬、化学療法の第一クルーが始まりました。ワレーリーの病名は『非ホジキンリンパ腫・バーキットリンパ腫』と診断され、ウクライナでは、この5年間以上、これほどの激しい進行を持つ症例はありませんでした。ウクライナの医師達は、希望の一筋も、約束することはできませんでした。 化学療法が効果を表し、1週間のうちにワレーリーの容体は快方へ向かい、退院することができました。しかし、自宅療養中、ワレーリーは40度の高熱を出し、腹痛を訴えました。かかりつけの病院の先生は救急車を呼ぶよう指示しましたが、救急隊員も、ワレーリーに一体何が起こっているのか、まるで分かりませんでした。 このような辛い体験を経て、ワレーリーとエイブゲニヤは、海外の病院を探すよりほかなくなりました。 知り合いのつてのおかげで、二人は日本へ滞在することとなりました(他の国に比べ、日本は治療費が 少し低く、治療レベルは高かったからです)。友人達と家族親戚の助けを得て、二人は広島へやってきました。 あれから二人の滞在は、既に2年になります。 ワレーリーの治療は、2012年8月、広島日赤病院で始まりました。 最初のポジトロン断層法(PET-CT)で、癌の数値が4+になっていたのに日本の医師達は奇跡を起こしたのです!既に末期に入っており、転移も身体中へ広がっていたにもかかわらず、医師達はワレーリーを救うことができました! 手術までの最初の数ヶ月、ワレーリーは腕と肩、そして膝に3回の放射線治療を、そして7回の化学療法を受けてから2012年2月8日に、骨髄移植が行われました。 同じ年の5月25日、ワレーリーには退院許可が下りましたが、その一週間後には移植の際の拒絶反応があらわれました。 手術後、ワレーリーの体重は25キロも減り、肝臓には強い拒絶反応が出て、現在、皮膚免疫力現象と目に問題(白内障の恐れ)が出始めました。手術から既に1年半がたちますが、この症状は留まるところを知らないかのようです。 臓器の移植に伴う合併症は死に至るものもあることを考えると、ワレーリーのケースは比較的安定しているとも言えるため、最終的には落ち着くだろうという判断がなされました。医師、そして夫婦とも、それを強く信じています! 様々な薬の他、ワレーリーが服用しているのは免疫抑制剤です(最も重要な薬です)。免疫抑制剤は彼の骨髄にも、そして骨髄移植ドナーになってくれた彼の母親の骨髄にも圧倒的な悪影響を与えていますが、服用は徐々に減らされ、最終的には、自らの骨髄と移植された母の骨髄が正常に機能するようになるはずです! この治療の長い道のりは、 家族の財産全て、そして二人の困難に心を寄せる人達、彼らの寄付なしには歩めなかったでしょう。! エイブゲニヤは、ウクライナ国内の偉い人々にも何度となく助けを求めましたが、その試みはうまくいきませんでした。それでも、彼女はあきらめませんでした。ワレーリーの命を救うために、戦い続けたのです! 手術代、リハビリ治療、そして治療中の滞在費をまかなうため、彼女は眠れぬ日々を送りながらソーシャルネットワークの中で、 寄付を募りました。 世界中の人々の優しさと理解のおかげで、二人は、それらに必要な費用を支払うことができました。 手術後、リハビリに必要な期間、日本に滞在する期間がどのくらいになるのか、判断するのは困難でした。寄付が一時止まってしまったです。 今再び、二人が差し迫って必要としているのは、滞在費と薬代です。医師の最新の診断では、今の頻度で、薬の服用と通院を続けることは、 あと少なくとも3年かかるそうです。     ????????????????????????????????????????   一か月最低でも1,950$が必要です  (二人の滞在費は約1050$、薬代など900$)     ???????????????????????????????????????? 現段階で二人に残されている蓄えは、あと最長でも2~3ヵ月しかありません。 ほんの気持ちで、構いません。皆さんの優しさと思いやりが、必要なのです。二人の明日を、今日より少し希望の持てる日にするため、手を取り合いましょう! 寄付に、大小は存在しません。あるか、ないかの違いなのです。ひとつひとつの「いいね」やシェアが、一円が、あるいは優しい心からの言葉が、サポート、力となるのです! 心から皆さんのご協力をお願い申し上げます!
https://www.youtube.com/watch?v=lteEfZ8UjB8
募金のご協力をされる方はこちら
● 広島銀行本店   普通: 3901204 名義: シアリヤ イエブゲニヤ (Shalia Ievgeniia)
● ゆうちょ銀行 記号15130 番号54518761 ………………………………… 店名: 五―八(ゴイチハチ)、店番: 518、普通: 5451876 名義: シアリヤ イエブゲニヤ (Shalia Ievgeniia)

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かき船問題 抗議・申し入れについて

2014-12-03 23:08:12 | 日記
かき船問題 抗議・申し入れについて
皆様
先日、水の都ひろしま協議会は,
爆心地・原爆ドームのすぐそばにかき船「かなわ」を移設(新設)することを承認しました。
広島市民には知らせず、秘密裏にすすめて、だましうちのように決めてしまったのです。

かき船が来る予定の場所は、子どもたちが原爆瓦を掘り出し、反核平和を誓った場所です。
「鎮魂・継承・学習」の碑として、原爆犠牲ヒロシマの碑を建設した場所です。
ここは、原爆犠牲者を慰霊し、鎮魂する場所です。
世界遺産として、文化遺産としての完全性や神聖さを維持すべき場所です。

協議会は、世界遺産・原爆ドームのバッファゾーンであることも、平和公園の整備方針についても、一切ふれることもなく決定したのです。
このままですと、やがて工事が始まり、おそくとも被爆70年の8月6日には、爆心地・原爆ドームのそばにかき船が来てしまいます。

私たちは、かき船の営業に反対するつもりはありません。
しかし、酒食を提供する場としてのかき船は、ここではなく、もっと適当な場所にあるべきだと思います。

「原爆ドーム・平和公園そばにかき船(水上レストラン)を新設することに反対する会」(仮称)をつくることにしました。
まずは、広島市長・水の都ひろしま協議会・中国施設整備局長へ抗議と申し入れ文を渡しました。
添付しましたのでご覧下さい。
まずは、皆様のご意見・ご感想をお聞かせ下さい。
これからどうすれば良いか。皆様のご意見をお届け下さい。
よろしくお願いします。 澤野2014/11/30

以下、抗議・申し入れ文です。
広島市長 松井一實 様
水の都ひろしま推進協議会 会長 杉恵頼寧 様   
中国地方整備局長 尾藤勇 様
抗議・申し入れ文
 11月27日の水の都ひろしま推進協議会が、「かき船」事業者「株式会社かなわ」に対して、都市・地域再生等利用区域での事業展開を承認したことに強く抗議し、区域指定の要望と承認の速やかな撤回と区域指定の取りやめを申し入れます。
 2006年3月策定の広島市の「平和記念施設保存・整備方針」は、平和記念公園及びその周辺の区域には、世界遺産である原爆ドームの周囲に良好な環境を確保するためのバッファーゾーン(緩衝地帯)については、国際平和文化都市の象徴にふさわしい景観の形成に努めることを求めており、具体的に「原爆ドームを頂点とした平和記念公園の中央を貫く軸線上の見通しを大切にするとともに、原爆死没者慰霊碑を中心に、慰霊・鎮魂のための「聖域」としての静けさや雰囲気を確保する」ことや「被爆の実相をより確実に理解でき、平和について学び・考えることができるよう、必要な整備等を行う」ことを求めています。

 また、世界遺産条約とバッファゾーンに関する会議に際して、2006年11月29日に広島で採択されたイコモスの「原爆ドームに関する勧告」は、「バッファゾーンの問題が、特に法的・社会的・環境的・政治的観点から、世界遺産にとって重要な問題であり続けてきたことを認め、原爆ドームに近接しているために景観を損ない、原爆ドームの文化的な総合的性格と卓越した普遍的価値を減じる広島商工会議所の建物を移転するという決定を歓迎し、原爆ドーム周辺のバッファゾーン内に5つの高層建築が建設されたこと、とりわけ最近原爆ドームから至近距離に新しいマンションが建設されたという事実に対して、大いなる遺憾と失望の念を表明し、将来も同様の建築が続く可能性を憂慮し」、「世界遺産遺跡として登録された文化遺産の完全性や神聖さを失わずとも、それを損なう建 設行為」が問題となること、「景観と世界遺産の空間的な統合性を妨げることが、世界遺産としての文化的な価値の減少と希薄化を意味するということ」、そして「世界遺産の保護のために、建物の高さ、色、美的側面およびその他の補完的要素の観点から開発計画を制限する、拘束力ある規制を採択すること」を日本国内閣総理大臣、広島県知事、広島市長に呼びかけています。
① 今回の事態は、広島平和記念都市建設法の下に再興した被爆地・広島の都市としての基本的性格に関わる問題でありながら、市民に秘密裏に進められた暴挙といわざるを得ません。強く抗議します。
② 今回の決定は「平和記念施設保存・整備方針」に違反し、「原爆ドームに関する勧告」の趣旨に反するものです。かき船が「原爆犠牲者を慰霊し、鎮魂する場。核兵器廃絶と世界平和を祈念する場。被爆の惨禍を後世に伝える場。平和を学び・考え・語り合う場」(平和記念施設保存・整備方針)にふさわしいかどうかの検討が行われたのでしょうか。「世界遺産遺跡として登録された文化遺産の完全性や神聖さ」(原爆ドームに関する勧告)にふさわしいかどうかの検討が行われたのでしょうか。市は市民に説明する責任があります。市長が要望書を出すまでの全過程を明らかにするように求めます。
③ 今回の決定は、被爆者団体の多くが組織的な対応を済ませないうちに、あまりにも短い期間に一方的になされたものです。新聞等で事態を知った多くの被爆者が憤りを感じています。原爆ドーム周辺にかき船(水上レストラン)を新設することに慎重な対応を求める団体、個人があったにもかかわらず、「一部で反対がある」という認識にとどめ、広く移転先の可能性を求めていません。太田川河川事務所では4本の河川に10カ所以上の死水域があるとしています。「かなわ」の移転先を爆心地・原爆ドームそばの人工死水域にこだわる必要はありません。広島市長は都市・地域再生等利用区域指定の要望を白紙撤回するべきです。
④ これまでの協議会で「かなわ」移転問題がどのように討議されたのか。その内容を広く市民に公開することを求めます。協議会会長は今回の決定に対して、市民の声をどのように正しく反映させる努力されたのか。とりわけ平和都市広島の理念をどのように反映させようとしたのかを説明する必要があります。原爆ドームのバッファゾーンに関わる問題に対して、被爆者団体の代表を協議会委員に加えなかったのも問題です。
⑤ 中国地方整備局長は区域指定を取りやめるよう求めます。
 
 今回かき船の移転先とされる河原は、あの日多くの被爆者が犠牲となり、倒れた場所です。丁度その場所は、子どもたち・小中高校生が原爆瓦を発掘し続けてきた場所です。原爆瓦だけでなく、溶けたガラス瓶や瀬戸物、陶製の学生ボタン等を今も堀り出すことができます。1982年、この原爆瓦の発掘・保存運動をもとに、全国から寄せられた児童・生徒・市民の献金によって、「原爆犠牲ヒロシマの碑」は建立されました。この碑は、原爆犠牲者の鎮魂と被爆体験の継承と平和問題の学習を誓う「鎮魂・継承・学習」の碑です。建立以来、毎年8月5日にはヒロシマを受け継ぐ子どもたち・小中高校生によって碑前祭が行われています。その場所に、かき船(水上レストラン)を建設することがふさわしい行為でしょうか。忘年会や新年会で飲み食いし、8月6日のとうろう流しをビール片手に鑑賞することが許されるのでしょうか。今回の決定を撤回し、広く市民の合意の下で、何よりも被爆者の思いが重視されるような移転先を再検討するように強く求めます。 
2014年11月28日
原爆ドーム・平和公園そばにかき船(水上レストラン)を新設することに反対する会(仮称)
(連絡先)〒732-0052 広島市東区光町2-9-24
 原爆遺跡保存運動懇談会   ℡082(261)4423




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シンポジウム「放射線の健康影響問題を歴史学の観点から捉え直す」

2014-12-03 22:57:00 | 日記
シンポジウム「放射線の健康影響問題を歴史学の観点から捉え直す」
司会:柿原泰(東京海洋大学)
・趣旨説明 藤岡毅(同志社大学・嘱託講師)
・山内知也(神戸大学)
「小児甲状腺がん検査結果を指定被曝線量よりも重視する必要性について一チエルノブイリの経験と福島の状況から一」
・高橋博子(広島市立大学)
「米原子カ委員会生物医学部の放射線人体影響研究について」
・樋口敏広(京都大学)
「国際放射線防護体制の形威ー一般の人々の被ばくをめぐる『知の交渉』一」
・コメント
沢田昭二(名古屋大学名誉教授),中原聖乃(中京大学)
2014年12月13日(土)13:30-17:00※入場無料
広島大学東千田校舎S205講義室 広島電鉄「日赤病院前」下車
問い合わせ先:市川浩(広島大学大学院綜合科学研究科:082-424-6397).
主催 (略)
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