夕映えに

陽が落ちるまで輝きたい、くさぐさの記録(日々の出来事、読書、スポーツ、友だち)

 脳梗塞の叔母( 97歳)を見舞う

2011-02-04 15:55:03 | Weblog

     昨日は従兄の訃報、葬儀関連は東京で7日と8日との事、彼の実家の方
  で 行ってくれるため、お供えなど託けることとなりました。

   今日は1週間ほど前に救急車で日赤病院へ運ばれた叔母を見舞いに親戚
   のTさんと伊勢市の日赤へと行きました。
                   

   わたしの母の妹で唯一残っている叔母です。母の兄弟は当時としては少な
   く、男2人、女2人で、弟二人は結核とガンでそれぞれ20歳、51歳で亡くなっ
   ています。母は明治30年生まれで89歳でかなり長生きでしたが、妹の
叔母
   は97歳です。

   この叔母も若い頃は肺浸潤、今も5年ほど前に心臓のペースメーカー
  入れています。さほど丈夫なほうではなかったようですが、
寿命は分からない
  です。、息子3人とお嫁さんとが病院の付き添 いです。

   母、叔母共に背も高く(細身でしたが)大柄でしたが、97歳では小さくなり
 
顔も小さくわたしの母に似ていました。わたしも100歳近くになればこん
   な顔になるのかとふっと思いました。

     叔母は頭の方はしっかりしていて、話も分かるようでホットしました。
   「言いたいことが、いっぱいあるけれど・・・」と言葉に出したり、
手で書く
   真似をして、手を振り書けないとしぐさ
をしていました。 思ったことが話せ
   ない、文字も書けないのが辛そうで涙が出ました。とても賢い人でした。
   
   
叔父の務めの関係で戦前は蒙古に行き、終戦の年の12月に三人の子
   と引揚げ、一人は途中で亡くなったのでした。戦後こちらで生まれた子ども
   も山(西穂高)で滑落死、一人娘を2年前にガンで亡くし哀しみもいっぱい
   背負って生きてきました。

   「十分生きてきた。」と言葉に出していました。100まで生きられるかな
   との思いで帰りました。