愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
1.「神の王国の良いたより」、聖書教育
2.花々、風景写真
3.俳句、他

椿「おとめ椿」と大晦日に咲いているブロッコリーの花

2015-12-31 19:01:12 | 四季折々の花々

 今年も四季折々の花々を楽しんでくださいました方々に

    心から感謝致します。

 2016年も皆様方の日々の喜び、平安、

    義が豊かでありますように

       お祈り致します。

 ご近所に椿の垣根があるのですが、

 その生垣の「おとめ椿」が陽を浴びて美しい姿を見せています。

 まさに名前にぴったりの花です。

 淡いピンク色がとても優しく、気品を放っています。

 今日は椿「おとめ椿」と大晦日に咲いているブロッコリーの花を紹介致します。

                       ご近所の生垣の「おとめ椿」

              暖冬でご近所の庭に咲ている「ブロッコリーの花」

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あなたは、イエスがパリサイ人に「神殿より偉大なものがここにいる」と教えた意味をご存知ですか?

2015-12-31 18:41:12 | 神の言葉・聖書

 イエス・キリストは人々に「すべて、労苦し、荷を負っている人よ、わたしのところに来なさい。そうすれば、わたしがあなた方を爽やかにしてあげましょう」と招かれました(マタイ11:28)。現在も世界中の239の国や地域で、このイエスの招きにこたえ応じる人々がエホバの証人のクリスチャン会衆に交わっています。次いでマタイの福音書には、春の季節にイエスの弟子たちが、神の王国の良いたよりの伝道の旅の途中で空腹になり、穀物畑を通った時に穀物の穂をむしって食べました。その日は丁度安息日でしたので、パリサイ人たち(偽りの宗教指導者たち)が、イエスの弟子たちが安息日のおきてを破った、と非難しました。その時、イエスは聖書に記録されているダビデ王とその部下たちが空腹時に神殿でパンを食べたことから、イエスの弟子たちの行った事柄は神エホバに許されていることを諭されました。その時イエスは、パリサイ人たちに「神殿より偉大なものがここのいるのです」と教えられました。次のようにマタイの福音書に記されています。

 「その季節(春)のこと、イエスは安息日に穀物畑の中を通られた。その弟子たちは飢えを覚え、穀物の穂をむしって食べ始めた。これを見てパリサイ人たちは彼(イエス)に言った、「ご覧んなさい、あなたの弟子たちは安息日にしてはいけないことをしています」。イエスは彼らに言われた、「あなた方は、ダビデおよび共にいた人たちが飢えた時に、ダビデが何をしたかを読まなかったのですか。すなわち、彼(ダビデ)が神の家の中(神殿)に入り、みんなで供え物のパンを食べたことを。それは、彼(ダビデ)も、また共にいた者たちも食べることを許されず、ただ祭司たちだけに許されたものだったのです。またあなた方は、安息日に神殿にいる祭司たちが安息日を神聖でないもののように扱っても罪にならないことを、律法の中で読んだことがないのですか。ところが、あなた方に言いますが、神殿より偉大なものがここにいるのです。しかし、「わたし(神エホバ)は憐れみを望み、犠牲を望まない」ということの意味を理解していたならあなた方は罪科のない者(イエスの弟子たち)を罪に定めたりはしなかったでしょう。人の子(イエス)は安息日の主なのです」」(マタイ12:1~8)。

 上記の聖句に示されている通り、イエスとその弟子たちが安息日の日に、春の穀物畑を通った時、弟子たちが空腹を覚え、穀物の穂をむしって食べたことに、パリサイ人たちは「あなたの弟子たちは安息日してはいけないこと」、つまり労働をしたと非難しました。パリサイ人たちは、人間独自の考えに基づき、自分たちの規則を設け人々に重荷を載せていました。その自分たち独自の規則に基づき、イエスの弟子たちを裁いたのです。しかし、イエスは上記の聖句に記されている通り、聖書に記録されているダビデ王とその部下たちが、お腹を空かした時、神殿に入り、祭司にしか許されていないパンを食べても、罪にならなかったことの事例をパリサイ人たちに丁寧に教えられました。加えてイエスはパリサイ人たちに、「神殿より偉大なものがここにいる」と説明されました。イエスはみ父エホバ神からすべての権威を委ねられていました(マタイ28:18)。そのイエスがそこの場にいて、弟子たちの行為はみ父エホバの許されている行為であることを証しされました。さらにイエス・キリストは後に神の王国の王として、み父エホバ神に任命されるその方がそこにおられたのです。最後にイエスは「人の子(イエス)は安息日の主なのです」と教えておられます。これは、どういう意味でしょうか。イエスは、大患難の後の千年にわたるご自身の義の宿る平和な神の王国支配のことを教えられたのです(ペテロ第二3:10~13.啓示7:14;22:1,2)。

 パリサイ人たちは、「憐れみを望む」神エホバのご意志全く無視し自分たちの考えに固執し、人々にエホバのご意志を行うことを忘れ去っていました。私たちはマタイの福音書から多くの教訓を学ぶことができます。

 人類はこれまで6,000年間、暴力や戦争やテロや不公正な扱いに明け暮れる悪魔サタンの支配下で苦しい奴隷状態にありました(ヨハネ第一5:19)。それとは逆に、イエス・キリストの大いなる安息の支配・神の王国政府の支配は、すべてのそうした悲しみ、苦しみや圧政から安息(真の平和と命)を得る時となるのです(啓示21:3,4)。

 今日紹介のマタイ12章1節~8節の聖句に関連し、レビ記24章5節~9節、サムエル第一21章1節~6節、民数記28章の9節、ホセア6章6節も合わせてお読みくだされば、イエスの説明の意味がよく分かると思います。

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       大晦日 庭の一隅 スミレ咲く 今日の一句

                   師走の道端に咲いている「タンポポ」

 

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12月の俳句(その3)

2015-12-31 11:40:37 | 俳句

 早くも大晦日を迎えました。

 今年のこちらは暖冬で、とても過ごし易い月でした。

 皆様方のお住いの地方は如何でしょうか。

 今年1年間、私の俳句をお読み頂きました方々に心から感謝致します。

 2016年も引き続き、皆様方の日々が喜びと平安と義に満たされますようにお祈り致します。

 今日は12月下旬に詠んだ俳句を紹介させて頂きます。

      パトカーの サイレン響く 師走かな

      注射針 少し痛みし 師走かな

      年の瀬の 定期検診 祈りつつ

      日没の 山の位置見る 冬至かな

      冬至にも 雀変わらぬ 日課かな

           配達婦 休日もなし 師走かな

           看護師ら 談笑退勤 冬日和

           湾内で くつろぎのどか 冬カモメ

           病窓の 湾上のどか 冬カモメ

           遠路より 友見舞い来る 冬日和

      紫の 大根もあり 道の駅

      赤カブを 抱え出荷の 農婦かな

      年の瀬や 賑わいており 道の駅

      静まりし 拘置所の庭 大晦日

      大晦日 アイスクリーム店 子ら並ぶ

           家族連れ スーパー賑わう 大晦日

           ピンク色 垣根の椿 映えており

           伊予かんの 香り豊かや 朝の卓

           暖冬や 野イチゴの花 咲ており

           振り向けば 笑みの挨拶 大晦日

      例年の 場所に色付く カラスウリ

      卓上の 水仙の香の 清かなり

                     ご近所の垣根の椿「乙女椿」

                  暖冬で道端に咲いている「野イチゴの花」

                     香り豊かで美味しい「伊予かん」

                  毎年同じ梅の木で色付く「カラスウリ」

                     爽やかな香りを放つ「日本水仙」

 

 

 

 

 

 

 

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