城台山日記

 城台山の麓で生まれ、毎日この山に登り、野菜・花づくり、読書、山登りをこよなく愛する年寄りの感動と失敗の生活日記です。

「世界インフレの謎」を読む 23.1.23

2023-01-22 18:59:49 | 面白い本はないか
 最近目を留めた経済関係の新聞記事あるいはNHK番組から

◯東電が来週にも家庭向け3割前後の値上げ申請(6月以降)
 電気料金は21年の9月以降値上げが続いている。原因は、①石炭、液化天然ガスなどの輸入価格の高騰、②新型コロナウィルスの感染拡大、③ウクライナ情勢、④円安、⑤新電力の値上げとされる。我家では昨年2月新電力に切り替えたばかりで、使用量はほとんど変わっていないが、大幅な値上げとなった。その傾向は今後も継続する見込みとのこと。また、ガス(田舎ではLPガス)も高くなっている。

◯12月の消費者物価指数は前年同月より4.0%上昇
 第二次オイルショック(1981年12月)以来41年ぶりの水準。2月は値上げラッシュが予想されている。滅多にスーパーに行かないおじさんなので実感はわかないが、家内に聞いたところ天ぷら油の値上げをまずあげた。

◯3年ぶりの年金引き上げ1.9%を行う 
 物価2.5%、名目賃金2.8%の上昇を見込んでいるが、マクロ経済スライドによりそれらを下回る引き上げになり、年金は実質引き下げということになる。

◯26年度の国債費は23年度と比べて4.5兆円増える
 0金利政策で国債の金利は低く抑えられていたが、長期金利が上がってきており、利払いが増える。私たちの虎の子の預金の金利は0に限りなく近く、かつての利息がたくさんあった時代を忘れてしまうくらいである。しかし、政府の借金は1029兆円(22年度末、このほかに地方の借金が200兆円)あり、金利が上がると国債費は跳ね上がる。教育費が5兆3000億円と比較しても大きな金額であることがわかる。


 政府は企業に対して賃上げを行うよう要請している。安倍政権の時にもあったので2回目?。しかし、企業のほとんどは中小企業(企業数で9割弱、従業者数で7割)で、そのほとんどが賃上げしたくてもできない状況だと言われる。その訳は、赤字企業が6割に達していることからもわかるように賃金を上げるための原資がないからである。これまで物価がほとんど上がらない状態が長く続いてきたために、賃上げしなくてもさほど実質の賃金が下がることがなく、ある意味バランスが取れていたわけである。ところが、物価が上がる一方で賃金が上がらなければ、国民の生活はますます苦しくばかりである。

 ここからは、渡辺努「世界インフレの謎」を紹介しながら話を進めたい。2000年代後半から最近まで先進国ではインフレ率が低すぎる(日本はデフレ)状態であった。その理由は、①グローバリゼーション(企業はすこしでも安く生産できるところを求め、原価の上昇があっても値上げしない)、②少子高齢化(働き手の減少=将来の所得の減少=貯蓄を増やし、消費を減らす=インフレ率の下押し圧力)、③技術革新の頭打ちと生産性の伸びの停滞であった。このような状況はなぜ変わったのか。各種メディアではロシアがウクライナに侵攻し、そのためロシアからの燃料、ウクライナからの小麦などの食糧が滞ったからという説明がなされている。

 しかし、インフレは21年春から始まっていた。著者によるとインフレを引き起こしたのは、新型コロナウィルス感染の拡大(パンデミック)ではないかと。パンデミックがグロバリゼーションによって構築された世界の物流ネットワーク中の生産設備や物流拠点といった人が「密」となる場所を直撃し、ほうぼうでグローバルな供給網を寸断した。すなわち、供給網の寸断→品薄→価格高騰ということが起こった。しかし、パンデミックは収った22年には経済再開が進みインフレは収るであろうと経済学者たちは予想した。ところが、一過性のインフレと考えていたにもかかわらず、かえってインフレは猛威をふるい始めたのである。

 パンデミックは資本や労働に与えた影響よりもむしろ人々の行動変容をもたらし、これが供給を引き上げるのを妨げている。労働者は工場やオフィスに出ることを拒否し、早めのリタイアをする。消費者は人混みを避け、他者との物理的な接触を避ける。この結果、サービス消費(飲食、宿泊、理美容、フィットネスなど)を減らし、モノ消費に重点を置くようになる。この需要のシフトは急であるため、労働と資本の移動が追いつかない。これが世界で起きていることである。この状態は今年中には解消に向かうが、企業はグローバルな生産体制(賃金の安いところで生産する)を見直しし、それがコストアップになるかもしれないと言っている。

 パンデミックの「後遺症」が引き起こすインフレ 同書151ページ

 以上のことは日本を含め、世界各国で起こっていることだが、日本特有の問題がある。すなわち、90年代からのデフレ傾向の中で国民のインフレ予想が低く、言わば「値上げ嫌い」となっていることである。また、企業は価格を上げないように精一杯の努力を続けていることである。これでは賃金を上げる原資は生まれない。著者は、このあと二つの分かれ道のどちらかに日本は進むと予想する。一つはスタグフレーション、物価が上がると同時に景気が悪化する(欧米でも起きる可能性はあるが、賃金の上昇が日本より高い→消費が落ちない)、二つ目は慢性デフレからの脱却(この道が望ましいことは言うまでもない)、日本の消費者のインフレ予想が上がり、企業が価格を上げると同時に賃金が大幅に上がる。
 ※賃金上昇しても、それ以上に物価が上がれば、実質の賃金は増えるどころか減ってしまう。増やすためには労働生産性(日本はこれが低い)を増やすことが必要となる。

 「ガリガリ君」(赤城乳業のアイスバー)値上げ(2016年)のCM ニューヨーク・タイムズが「日本的」として取りあげた
  22年にも値上げしたが、社長の謝罪はなかった
 (日本で値上げがいかに大変かを象徴する出来事)

 長々と書いてしまった。連合は定期昇給も含めて5%の賃上げを要求しているようであるし、ユニクロなど大幅な賃上げをすると発表している企業もある。賃上げする企業が増えれば、賃上げしない企業から人の移動が起こり、日本全体としての生産性が上がる。こうなればデフレからの脱却ということになる。


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人口の話 23.1.15

2023-01-15 17:53:03 | 面白い本はないか
 今年4月こども家庭庁が発足する。これまで我が国は様々な少子化対策を行ってきたが、残念ながら出生率は現在1.3と上昇する気配はない。そこで新たな組織を作って総合的に少子化対策を行おうとしているが、果たしてその成果や如何。まずは日本の人口の推移を簡単におさらいしておこう。現在大河ドラマの主人公徳川家康の生きていた時代は1227万人(1603年徳川幕府成立)であった。この後、新田開発が盛んに行われたこともあり、1716年には3128万人に達した。しかし、その後新たな新田を開発することができなかった、天候不順による飢饉などもあり、人口は伸び悩み明治維新(1868年)のときに3330万人と150年の間、人口はほとんど増えなかった。明治になり、人口は急激に増え、2004年には12,784万人と最高を記録した。その後、まるで時代を遡るかのように人口は減少しつつある。

 日本の人口推移

 ここで、少しおじさんの生まれた1949年あたりに注目してみたい。第一次ベビーブーム(47年~49年)の最終年であり、その年生まれたのは269万6638人(出生率4.32)で、現在の3倍より多い。そして、おじさんたちの子どもともいうべき1971年~74年が第二次ベビーブーム。普通にいけば、第三次が2000年前後に起きていてもおかしくなかったのだが、出生率の低下(74年で2.04)や就職氷河時代とも称される若者の状況(結婚したくともできない)などがあり、起こらなかった。さらにおじさんの生まれる年の前年に優生保護法が成立した。この法律は、経済的理由による中絶を世界に先駆けて認めた法律であり、1950年から中絶件数が急増(出生総数の7割にのぼった)し、戦後のベビーブームを終わらせる原因となった。現在でも2割前後に達している。もし、この法律がなければ、現在の状況は大きく変わっていた可能性があるのである。今は一般的に死亡率(特に乳児死亡率)を下げることはできる(経済が発展した国では既に下げ止まっている)が出生率を上げることはかなり困難であると言われている。

 ここで世界に目を転じてみよう。現在1億人以上の人口をようする国は、14カ国となっている。2022年現在世界全体では79億5400万人で、おじさんが習った(中学校?)のは確か27億人だったから、3倍近くになったことになる。ではこの先どうなるのか。ここから平野克己著「人口革命ーアフリカ化する人類」によって話を進める。すでに大部分の国は人口増加率が減りつつあるが、アフリカに限り、人口増加率は2.5%(2019年予測、計算上28年前後で2倍になる)となっている。このまま増えると、2087年アフリカの人口は人類の半分に達するというのが表題の意味である。

 2027年頃インドが中国を抜くという予測
 ロシアの現在の苦境は人口が減り続けていることもある。かつては高い出生率を持っていたが、第一次大戦とロシア革命で総人口の14%、第二次大戦で20%を失った。ちなみに日本は第二次大戦で4%。
 アメリカはイングランドなど欧州から大量の移民を集め、19世紀初頭には人口増加率は3%を超え、イギリスに変わり覇権国となった
※出生率の謎
 出産が母体の危険を伴う著しい苦痛を伴うにもかかわらず、なぜ人類は頻繁な出産を繰り返してきたのか。説明の一つとして、近代まで児童労働は農業においても家事においても不可欠だったことである。今は育児に多くの時間を要するようになり、かつての収入項目から支出項目に移り、低下した。

 下記の世界人口増加率を見るとわかるように1700年あたりに人口は増えだしている。人口革命(人口増加率が1%を超えること)はブリテン島から始まった。イングランドでは、天災や疫病による突発的人口喪失が収って、死亡率の変動幅が小さくなり、それと同期して出生率が向上した。1720年頃イングランド全域で初婚年齢が低下した。人口増加を支えたのは食糧生産力の向上とその後のアメリカからの食糧の大量輸入の開始であった。

 世界の人口増加率推移

 世界の人口推移

 アフリカの人口がなぜ増え続けるかをみてみよう。(まず、アフリカ各国の人口捕捉力は極めて低いことに注意する必要がある。出生数についてデータがない国が3(全54カ国中)だが、死亡数となると30カ国となる。このため人口増加率の予測が極めて難しいことになる。)かつてアフリカで猖獗を極めたHIV/AIDSの治療が可能となったことにり死亡率が低下したが、出生率が他の国のように低下していないことである。その理由として、生産性は低いが耕地面積の継続的拡大が起こっていることである。この拡大を支えているのが、高い出生率であり、アフリカ人が何人の子どもを望んでいるかの質問に対し、41カ国中20カ国で6人以上というのが最も多くなっていることである。耕作地の増加は物理的に限界があることから、果たしてこのアフリカの人々の食糧を今後まかなうことができるかがアフリカ人さらには人類にとって大きな課題となる。

 最後に有名なマルサスの人口論とそれに基づくマルサスの主張を紹介しておこう。
  「人口は幾何級数的に増加するが食糧は算術級数的にしか増加しない」
  「貧困は一種の自然現象であって、社会制度の欠陥によるものではない、禁欲、早婚の禁止が必要である」
  前者については「緑の革命」(1960年代~70年代に行われた品種改良による穀物類の増産などによって解決された(もちろん今後はわからない)。後者は日本を始め世界で晩婚化が進んでいるので禁止する必要はないであろう。

 日本が戦後急速に経済成長できた理由が大幅な人口増加であったとするならば、現在の日本がなぜ低迷するのかはおのずと明らかである。もちろん日本人であるから、なんとかして欲しいという気持ちは人並み以上にあるのだが。   

 
  
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2022年読書振り返り 22.12.26

2022-12-27 18:46:13 | 面白い本はないか
 作家渡辺京二の訃報が伝えられた。名著「逝きし世の面影」の著者であり、また渡辺と同じ熊本出身の石牟礼道子のたぐいまれなる才能に気づき売り出した人物でもある。二人については、本ブログ「石牟礼道子と渡辺京二」(21.3.30)で紹介した。渡辺が書いた本はかなり読んだが、「評伝宮崎滔天」「北一輝」などはまだ読んでいないので、読んでいきたい。

 新聞紙上では各界の知識人が今年読んだ本で最も感銘を受けた本三冊を選んでいる。この中(中日新聞)で読んだ本は、わずか一冊でこのあと紹介する「プリズンサークル」(心理学の専門家が選んでいた)。今年も相変わらず、ノンフィクションの本が多く、あまり学術的ではなく、一般向けに書かれた本(例えば新書など)を読んできた。日本は課題先進国であり、そうした本を読んでいると時に落ち込む。なかなか年寄りの気分を明るくしてくれる本に出会うことが難しくなっている。気分を変えるため、徐々に小説を読むことが多くなりつつある。去年は柳美里、今年はリービ英雄、村上春樹などの小説や随筆などを読んだ。ただ読むのは比較的短いものに限られている。

 今年最後の本の紹介は坂上香著「プリズン・サークル」。プリズンは刑務所、サークルは円ということだが、これだけでは何のことかわからないだろう。

本の表紙だが、これで何となく意味がわかる 囲んでいるのは受刑者でなにやら話し合いをしている
確か薬物依存症からの回復を目指す団体(ダルク)などではお互いの依存歴を話し合うプログラムがあり、これもこのように円形に座っていた

 舞台は、島根県旭市にある「島根あさひ社会復帰促進センター」、最大収容者数2000人のれっきとした刑務所で犯罪傾向の進んでいない、初犯で刑期8年までの男性が収容されている。この刑務所は、全国に4箇所あるPFI(民間の資金や経験を活用し、公共施設の建設、維持管理、運営までを行う。公立図書館など多くの例がある。)の一つで、公務員である刑務官と民間企業の職員が働いている。ここの最大の特徴が、刑務所というのは「懲らしめて反省を促す」という点に重点を置いているのに対し、「更正の場」として矯正教育、職業訓練の実施、就労支援などを積極的に行っていることである。さらにここには「TCユニット」という更正に特化したプログラムが組み込まれている。参加者(40人)は応募と審査で決められ、彼らは生活や刑務作業を共にする。TCの授業は毎週12時間行われ、ここには民間の社会復帰支援員4名が配置され、参加者がそれぞれ抱える問題を自ら対話という方法によって解決しようと努力するのを支援する。彼らが抱える問題は様々であるが、共通するのは乳幼児期あるいはその後の虐待、ネグレクトがあるということである。また、彼らは罪の意識に自覚的でないことが多い。自分は虐待等の被害者であり、加害者という意識が薄いということである。こうした問題を支援員から出される課題を各自考え、それを発表する過程を通じて解決しようとする。

 著者は20代の受刑者5人を2年間にわたり観察したり、インタビューしたりして10年かけて(編集、部分的な試写をlり返す)映画化した(刑務所にカメラが入るということ自体が日本の場合難しい。認められても、顔出しはできないし、制約が多い。)。この映画では、語り合うこと(聞くこと/語ること)の可能性、沈黙を破ることの意味やその方法を考えるための映画となっている。日本の刑務所の最も顕著な特徴は「沈黙」だ。強要された沈黙、個性、主体性を奪われ、問題が包み隠されている。刑期を終えて出所しても、社会復帰することが難しい。日本の刑務所の閉鎖性や人権無視は国連や人権機関からその問題点をたびたび指摘されている。日本はリスク回避型で自由を剥奪し、懲らしめることに力点を置く。世界(北欧、ドイツ)では開放型刑務所というのもできており、社会から隔離することに非常に慎重で刑務所の環境をより社会に近づける努力を行い社会復帰に力点を置いている。

 日本の死刑制度も問題が多い。これについては本ブログ「映画ダンサー・イン・ザ・ダークの場面が今でも」(19.6.15)で書いた。さらに作家の平野啓一郎が書いた「死刑について」が非常に参考になる。彼自身が死刑やむを得ない派だったが、反対に転ずるようになった訳が書いてあり、講演会で話した内容のため短い。日本にしかない留置場での不審死、刑務所での暴行事件、出入国在留管理局の外国人収容者に対する職員による暴行や不審死などが起きている。原因として収容施設における過剰な規律や管理が蔓延していることがある。そして理由の一つとして国民が安全に対し過敏過ぎ、余裕を失っていることも影響していると思われる。

 またまた暗いことを沢山書いてしまった。来年は少しでも明るい、希望のあることを書いてみたいと思う次第である。
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読書の楽しみ 22.12.14 

2022-12-14 14:46:59 | 面白い本はないか
県図書館が図書整理をしていた(11月28日~12月12日)こともあって、地元の揖斐川図書館で数冊の本を借りてきた。一つは後半で取り上げるノンフィクション3冊、村上春樹と前半で取り上げる石井光太のフィクション(後者は小説と読んでい良いのかよく分らないが、事実と作者が創作した部分が入り交じっている)。おじさんと同年の村上春樹の本は、最近エッセイの類から読み始め、その後「アフターダーク」「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の旅」そして今回「ノルウェイの森」を読んだ。この中では2冊目が一番面白かった。2冊目と3冊目に共通するのは、高校時代の親しくしていた仲間との不可思議な別れや自死が起こり、その謎が明かされていくような展開とっている。白状するとノルウェイの森は、ノルウェイが舞台だとばかり思っていて、これがビートルズの同曲名であることを知ったばかりである。彼の小説は読みやすい(彼自身こんな小説なら誰でも書けると言われたそうだ)ので、もう少し読んでみたいと思っている。

 冬のバラ

 石井光太の本はフィクションでは「蛍の森」(ハンセン病と四国お遍路が絡む謎多き物語)、ノンフィクションではアジアの子どもの貧困による売春、そして菊田昇医師を書くきっかけとなった東日本大震災によって亡くなられた被災者たちを書いた「遺体」など。そして昨日と今日「赤ちゃんをわが子として育てる方法を求む」(2020年4月)を読んだ。この小説は、菊田昇産婦人科医師の生涯とその苦悩と闘いについて、細かいところは別として忠実に再現している。菊田昇事件として知られている(おじさんも新聞で読んで名前を知っていた)。その前に望まれない出生は現在でも多く、このための処置として産婦人科医による妊娠中絶手術が行われている。日本では1950年代に100万件以上の中絶が行われ、中絶大国として有名だったという歴史を知っておくことが必要であろう。菊田医師は中絶(法律上は7月までの胎児の中絶が認められ、以後は認められていなかった)を沢山手がけ、それによる収入が医院の主たる収入源ともなっていた。しかし、妊婦の中には8月以後の者もいたが、本人、親族の意向により中絶が行われていた。菊田医師は中絶したものの、生きて生まれてきた胎児の処置に苦悩するのである。もちろん、より深く苦悩する理由として、彼は遊郭経営の家に生まれ、兄弟同然に育った遊女(身売りされた)の死(妊娠し、経済的理由等で中絶婆に堕胎を頼んだ結果死亡した)があった。そこで菊田医師は妊婦に密かに出産させ、乳児の出生書を偽造するとともに、赤ん坊を希望する夫婦に実子として育てるようマッチングする。最初は密かに行われていたこのマッチングだが、経営する医院の不妊に悩む患者等だけでは斡旋が不可能になり、ついに地元の新聞に「急告!生まれたばかりの男の赤ちゃんをわが子そして育てる方を求む 菊田産婦人科」という広告を出した。

※優生保護法(1948年~96年)優生思想・優生政策上の見地から不良な子孫の出生を防止すること、母体保護という二つの目的を有し、強制不妊手術、人工妊娠中絶、受胎調整、優生結婚相談などを定めた法律。この法律には当初経済的理由による中絶は認められていなかったが、後に経済的理由も加えられ、中絶が増えた。現在この法によって強制不妊手術が行われたことについて訴訟が起されている。

 この新聞広告から新聞社の取材を受けた。菊田医師の願うことは、妊娠7月以上の中絶の禁止(その当時8月未満すなわち7月までは中絶が認められていた。これ以後の中絶は生きて生まれてくる可能性があることと母体への大きな負担となる)と生まれたばかりの赤ちゃんを養子縁組できる制度の確立であった。しかし、産婦人科医が殺人鬼とも言われかねない事態を招いた菊田医師に対する反発は産婦人科医の中で強く、ついには優生保護指定医の取り消し(中絶手術ができなくなる)、愛知県産婦人科医による告訴、そして罰金刑、医師免許の停止6か月という思い処分が下る。斡旋を行わないと約束させられ、ハワイへの養子縁組(アメリカでは認められている)に打開を求めた。やっとのことで妊娠7
月以後の中絶が禁止され、念願の特別養子縁組が1988年から認められた。菊田医師は1991年4月国連の非政府機関である国際生命尊重会議が設けた「世界生命賞」を受賞した。この賞は一回目がマザー・テレサに次ぐ者であった(実は彼女自身が日本を先進国であるのに多くの命が奪われていると非難していた。菊田医師はこの受賞を受けたとき、既に末期がんに冒され、その年の8月永眠した。
 
 妊娠中絶問題は、日本では大きな政治問題となることはない。しかし、海の向こうアメリカでは今や大変な問題となっている。中絶賛成と中絶反対はプロチョイス(女性の選ぶ権利)とプロライフ(胎児の生命の尊重)と言われ、今や政治的大問題となっている。その問題を激化させたのは、連邦最高裁判所が「中絶は憲法で認められた女性の権利」という判決を22年6月にそれを覆す判決をした(トランプ政権が保守派の最高裁判事を任命し、保守派が多くなった)ことによる。この判決の結果、オハイオ州では妊娠6週間過ぎの中絶(それ以前の中絶ほとんど不可能に近い)を禁止した。共和党はプロライフに賛成し、民主党はプロチョイスで真っ二つに分かれている。日本は今や世界と比べて中絶が多くないようだが、日本の社会は未婚のカップルによる出生に厳しく、あるいは戸籍に出生の記録が残ることについて未婚者とその親族が忌避する傾向にある。こうした傾向は中絶を生むか、あるいは妊娠を避けることにつながっていると思われる。そしてそれは少子化問題とつながってくるのである。

 話は変わって、社会に飛び交う様々な情報に私たちはどのように対処していけばよいのだろうか。各種メディアを遠ざけ、人からも離れてしまうような暮らしをすれば良いのだろうが、そんなことはたいがいの人には不可能である。このブログを書くのにグーグルを駆使しているが、そこに書かれていることが真実であるという保証はない(もちろん確かな記事を参考にしているが)。1923年9月1日関東大震災が起こった(関係ないことだがおじさんの母親は23年9月22日産まれで現在99歳)。この時、「朝鮮人が殺傷や略奪をしている」「井戸に毒薬を投げ入れた」とのデマが流れ、自警団によって多数の朝鮮人が虐殺された。そして2011年東日本大震災の直後に被災地で「外国人による犯罪が横行している」とのデマが流れ、多くの人がそれを信じた。情報が溢れる時代となっても、むしろそれ故にそれが正しい情報であるかどうか判断できなくなっている。特に誰でもSNS等を通じて情報を発信できる時代になり、人の関心を集めることが経済的価値を生む「アテンション・エコノミー」(この用語初めて聞いた)(例えばSNSでPVを沢山集め、それにより広告収入が個人に入る)の時代になると嘘であろうがなかろうが人が驚くような内容を発信するようになる。こうしてデマが生まれ、人はそのデマに踊らされ、場合によっては不幸な結果を招く。

 読売新聞大阪本社「情報パンデミックーあなたを惑わすものの正体」(22.11)はコロナをめぐるデマ等に焦点をあて、その実態とそれがなぜ起きたのかについて分析している。ネットニュースを見たり、ネットで買物をしているとお薦めの記事や商品が次々と現れる。ニュースではいつも見ていると同じような記事ばかりが並ぶようになる。こうしたことを続けているとそれとは見解を異にする内容の記事は現れなくなるのである(これはAIによるアルゴニズムによる)。これはSNSの特徴であるエコーチェンバー。フィルターバブル、確証バイアスンなどによるものであり、結局「人は見たいものを見て、信じたいものを信じる」ということになる。こうなると違った見解を持ったグループの間で有益な話し合いは不可能となる。

※コロナワクチンにまつわる誤情報 ①不妊になる、②遺伝子が組み替えられる、③卵巣にワクチン成分が大量に蓄積される、④死亡リスクが高くなる、⑤体から毒素が流れ出して周囲の人々に悪影響を及ぼす、⑥マイクロチップが含まれていて、行動の監視をされるおそれがある。調査によるとこうした情報を信じる人々が約1割強いるということだ。こうした誤情報を信じる者たちは時にはデモに参加し、また家族を巻き込んだり、家族間の関係悪化を招いたりしている。
※※エコーチェンバー・・・小部屋で音が反響するように、似た価値観を持った者同士、競合する意見に耳を貸さない
  フィルター・バブル・・見たい情報だけを通過させるフィルターによって(泡に包まれたように孤立した)それ以外の情報から遮断させるしくみ(AIが人の好みを分析し、それに合った情報のみを提供する
  確証バイアス・・・・・人にはそれぞれ価値観や主義主張、物事に対する意見や願望がある。知らず知らずのうちにそれに合致する情報を集め、相反する情報は排除してしまう

 京都大学の佐藤卓己教授は、人々がストレスと不安の解消を求め、コミュニケーションを重ねる中で尾ひれがついてしまう。今や大量の情報が溢れ、真偽がわからないものに囲まれている。不安な時、あやふやな情報に接すると早く答えが欲しくなるし、都合の良い話だけに接していたいという感情もある。だがそこで焦らずに正誤の判断を先延ばしにすることを心がけて欲しいと言っている。また同書では偏りを強化するSNS空間に閉じこもらない、自分からできるだけ異なる意見に触れ、拒絶せずに話を聞いてみる経験を積み重ねることが必要であると。
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「自己責任」という呪縛 22.11.14

2022-11-14 20:13:12 | 面白い本はないか
 アメリカの中間選挙が終わったが、2年ごとに選挙フィーバーが繰り広げられる国で起こっている真実に真剣に目を向けているアメリカ国民は多くないのであろうか。また先進国アメリカの中の後進国という矛盾を誰も不思議だと思わないのだろうか。

 最初に、デール・マハリッジ著「コロナ禍のアメリカを行く」(原書房、2021年11月発行)を紹介しよう。この著者は、ピュリツァー賞作家でコロンビア大学の教授であるが、労働者階級の出身でアイビーリーグの大学の先生が上流階級の出身が多い中で、極めて居心地が悪いと思っている先生である。彼が主に取り組んでいるテーマは貧困問題で、この本もコロナ禍にあるアメリカを西から東までの取材の旅である。この本のサブタイトルとも言うべき言葉は、廃墟と化したガソリンスタンドの建物の中にあったスプレーで書かれた「Fucked at Birth」という文字。著者はこの言葉を取材する相手に見せてその感想を聞いている。
※「fuck」はそのものずばりの意味、「fuck you」はくたばっちまえ、「fuked at Birth」は生まれたときからどん底


 著者が目にするのは至るところに存在するホームレスの群れ。例え雇用されていても、低すぎる賃金(アメリカでは最低賃金が15ドル/時間)と高すぎる家賃のために、容易にホームレスになる。アイダもその一人で配達員として働いているが、今の住居は小型のSUV。公営住宅入居待ちリストの最下位にいるので、当面住宅に入居することはできない。自家用車で寝ることも安全上あるいは規則上難しい。こうした人たちに安全な駐車場を提供するボランティア団体も存在する。コロナのせいで移動を禁止され、仕事場の近くに車を停めて寝られるようになった。ところが、一方でコロナにより、在宅勤務への切り替えが進み、オフィスビルに人がいなくなり、清掃員や警備員がいらなくなった。

 1980年代仕事を探す新たな浮浪者達にも楽観論が聞こえた。90年代~2000年代になると、彼らは自分たちの人生は良くならないだろうと感じるようになった。そこではびこるのが自己責任論、「私はこのアメリカという図式の中で失敗した。それは私自身の責任だ」「悪いのは私だ。私があまり賢くなかったから」。ニューヨークシティでは、貧困から目をそらすことは不可能に近い。物乞い、睡眠不足のまま地下鉄に乗ってその日二つ目か三つ目の仕事に出かける移民、居酒屋や市場で働く人々、リフトやウーバーの運転手。すぐ目の前に存在するのに、精神的な影響を受けないためには、意識的に目を閉じていなければならない。

 著者が1991年に「ニューヨークタイムズ」に寄稿した論説。国中のホームレス一掃計画で厚さ5cmにもなったファイル、もうファイルを作ることさえあきらめた。ホームレス一掃は今やニュースにさえならない。解決策は明らか、誰もが知っているのに何もしない。最低賃金を上げ、公営住宅を建て、精神療養施設を増やし、教育を施す。リベラル派も保守派も不寛容な社会を容認している。

 さて、これはアメリカの話であった。では日本は?日本の相対的貧困率はG7の中でアメリカに次いで高い。2018年の数字で貧困率は15.7%、6人に一人、約2000万人が貧困ライン以下(世帯年収でいうと127万円)。そして自己責任論がはびこっている。セーフティネットである生活保護制度も受給を希望しない国民が大勢いる。日本の場合は自己責任論もあるが、政府の世話になるというスティグマ(焼き印)を怖れているせいで、受給を希望しない。

 一冊目でここまで来てしまった。二冊目は菅谷洋司著「「偉大な後進国」アメリカ」(現代書館、20年5月)、ドラマ仕立てで読んでいて面白い。特に最後のドラマ、メラニアとビンドマン中佐の話、二人はともに東欧(前者はスーパーモデルでユーゴスラビア出身、後者はウクライナ出身)。2019年11月アメリカ下院情報特別委員会公聴会にビンドマン中佐は証言台に立つ。事件はウクライナ疑惑すなわち当時のトランプ大統領がバイデン候補の息子の汚職疑惑を現在テレビで毎日顔を見ないことはないゼレンスキー大統領に軍事援助を見返りに捜査するよう要求したというもの。ビンドマン中佐はトランプとゼレンスキーの電話会談の模様を聞いていた。中佐が述べた発言の最後、「父さん、私が議員たちを前に、今日、この議会の席に座り、このような話をできていることは、40年前にあなたがソ連を去り、家族のためにより良い生活を求めてアメリカへ来た決断が正しかったことを証明しています。心配しないでください。私は真実を話します。」そして議員たちに「(この機会を与えてくれた)皆様のご厚意に感謝します。私はあなたたちの質問に喜んでお答えします。」
 ※メラニア トランプ元大大統領夫人


 アフリカへハンティングに訪れる外国人の8割がアメリカ人。アメリカの若い女性がキリン狩りをして、その肉を食べたことをSNSで流したら、非難が殺到した。アメリカは血塗られた歴史を持つ、先住民の殺戮、バッファロー、さらにはベトナム戦争。国内では警察官に射殺される人の数は毎年千人近くになる。1999年に起きたコロンバイン・ハイスクール(コロラド州)は今や聖地化されようとしている。以下「陽気なエノラ母さんが運んだ爆風」から引用。彼女の名前は知らなくとも、陽気なエノラ母さんに出会った日本人は少なくとも十万人以上はいる。しかし、その記憶をとどめている人はもはや数少ない。間近で彼女を見上げた多くの人は、それからまもなく、記憶を持てない体になっていた。朝日を浴びながら座っていた階段に影だけ残して、消えてしまった人もいる。(引用終わり)エノラ・ゲイは広島に原子爆弾を投下したB29のパイロットの母親の名前。そしてオバマが訪れた広島。その訪問には重そうな黒い皮の鞄(「ニュークリア・フットボール」と呼ばれた、核攻撃命令を下す装置)を持った軍人が付き添っていた。

 

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