アルプス入門としての表銀座コース(最近この名称そのものを聞くことは少なくなったが)の入口である燕岳は槍ヶ岳を眺める場所としては最高の場所であろう。新雪の槍ヶ岳を今一度見たくて、11月7日と8日仲間3人と燕岳に登ってきた。燕岳に最初に登ったのは1969年8月、この時は燕山荘に泊り、翌日は槍ヶ岳まで行った。生憎の悪天候であったが、槍の穂先に登った。その六年後職場の山仲間と2泊3日で燕から槍まで縦走した。この時見た新雪の槍のモルゲンロートがずっと目に焼き付いていた。仲間の3人はいずれも燕山荘に泊った経験がなく(一人は北アルプス初見参)、おじさんがリーダーとなった。
7日日曜日は安曇野周辺は大勢の人がビニール袋を手にごみを拾うクリーン大作戦がくり広げられていた。中房温泉への道はなかなかの難路(曲がりくねって対向車が見えないし、すりかすりも容易ではない)で周辺の紅葉真っ盛りもどこか楽しめない。登山口周辺の駐車場も一杯だったが、幸い一台分の空きがあった。考えて見れば土日と燕岳を登る登山者の車が置いてあるので混雑は当たり前だった。そして下山をする登山者に何回も出会うことになった。とにかく若い人が多いのにびっくりした。普段登る奥美濃の山などとは年齢層が全く違う。
以下写真で紹介する
登山口 9:18 ここには日帰り温泉がある 下山後ここで入浴した
第二ベンチ10:27 第一ベンチ9:55との間はわずか
針葉樹の中を歩く
雪を抱いた常念岳(奥)が見えてきた10:55 唐松とのコントラスト
常念岳 12:08
合戦小屋に到着 12:14 まだ営業している ここで昼食
槍の穂先が見えた!! 12:54
燕山荘あと少し 13:34 ベンチ付近から日陰は圧雪された雪が出てくる 上からはチェーンを使う人が多い
小屋じまいした大天井小屋の従業員に出会う
出発から5時間弱で燕山荘に到着。すぐに窓口に行く。あらかじめ用意したコロナ関連の届け書を提出。事前に予約した段階からコロナ関連の注意が何回か届いていた。部屋に案内後ただちに燕岳に向かう。今回朝夕の槍ヶ岳を撮るためフルサイズで最軽量のカメラを持参した。出来れば望遠レンズも欲しかったが、800gという重さを考え、あきらめた。
燕山荘を眺める
小屋のすぐ先にあるイルカ岩 その左に槍ヶ岳
大天井岳と槍 14:58
燕岳と剱岳 15:02
燕岳 16:48
槍ヶ岳 16:49
槍ヶ岳と三日月 17:00
以下は燕山荘の模様。燕岳往復から帰り、山荘の喫茶室でビールで乾杯、焼酎の湯割りも少しいただく。
夕食のメニュー 17:30
今日の泊まり客 随分少ないそうだ この小屋も20日で閉まる(年末年始は営業)
管内図 本当にでかい
今年は小屋を開いてから100年目だそうだ この小屋に50年ほど前に泊った
トイレ事情 昔と比べると隔世の感がある きれいだ!!
幸いなことに我々の寝るところは個室だった 各人の間にはプラスチックの仕切りがある シュラフカバーを使うことを求められている
小屋からいただいた100周年記念品
5時半朝食、食べ終わるとすぐに外に出る。何度だかは分からないが、晴天であるのでかなり冷え込んでいるはずだ。
ご来光 6:13 雲海が出ているが、雲がなく平板
槍と穂高 残念ながらモルゲンロート(「朝日が出る前に山がバラ色に染まる」とコトバンクにあるがおじさんが見たのはむしろオレンジ色あるいは赤色であった)は見ることができなかった
1975年に見たモルゲンロート この頃はペンタックスで写真を撮っていたが、フィルムに現像すると失望することが多かった
7時少し前に山荘を出発。安全のため軽アイゼンでベンチまで歩く。雪のないところ、土と雪のミックスいろいろある。
有明山 8:59
下山後登山口そばの温泉で汗を流す。二日間にわたって顔を見た青年と風呂が一緒だった。彼は昨年から山を始め、昨年表銀座コースを歩いたという25歳の好青年。今回の山行中美形の若い女性を多く見た。ある人は彼氏と時には単独であるいはグループで、すっかりおじさんたちも気が若くなってしまった。余裕がなかった中房温泉に至る道、紅葉の写真を撮りに来ているカメラマンも見た。当初の予報とは大きく変わって快晴下での二日間を堪能することができた。
コースタイム 11月7日登山口9:18→第一ベンチ9:55→第二ベンチ10:27→合戦小屋12:14~12:42→燕山荘14:00 その後燕岳往復
11月8日燕山荘6:55→登山口9:51
地形図 おなじみのコースなので省略
7日日曜日は安曇野周辺は大勢の人がビニール袋を手にごみを拾うクリーン大作戦がくり広げられていた。中房温泉への道はなかなかの難路(曲がりくねって対向車が見えないし、すりかすりも容易ではない)で周辺の紅葉真っ盛りもどこか楽しめない。登山口周辺の駐車場も一杯だったが、幸い一台分の空きがあった。考えて見れば土日と燕岳を登る登山者の車が置いてあるので混雑は当たり前だった。そして下山をする登山者に何回も出会うことになった。とにかく若い人が多いのにびっくりした。普段登る奥美濃の山などとは年齢層が全く違う。
以下写真で紹介する
登山口 9:18 ここには日帰り温泉がある 下山後ここで入浴した
第二ベンチ10:27 第一ベンチ9:55との間はわずか
針葉樹の中を歩く
雪を抱いた常念岳(奥)が見えてきた10:55 唐松とのコントラスト
常念岳 12:08
合戦小屋に到着 12:14 まだ営業している ここで昼食
槍の穂先が見えた!! 12:54
燕山荘あと少し 13:34 ベンチ付近から日陰は圧雪された雪が出てくる 上からはチェーンを使う人が多い
小屋じまいした大天井小屋の従業員に出会う
出発から5時間弱で燕山荘に到着。すぐに窓口に行く。あらかじめ用意したコロナ関連の届け書を提出。事前に予約した段階からコロナ関連の注意が何回か届いていた。部屋に案内後ただちに燕岳に向かう。今回朝夕の槍ヶ岳を撮るためフルサイズで最軽量のカメラを持参した。出来れば望遠レンズも欲しかったが、800gという重さを考え、あきらめた。
燕山荘を眺める
小屋のすぐ先にあるイルカ岩 その左に槍ヶ岳
大天井岳と槍 14:58
燕岳と剱岳 15:02
燕岳 16:48
槍ヶ岳 16:49
槍ヶ岳と三日月 17:00
以下は燕山荘の模様。燕岳往復から帰り、山荘の喫茶室でビールで乾杯、焼酎の湯割りも少しいただく。
夕食のメニュー 17:30
今日の泊まり客 随分少ないそうだ この小屋も20日で閉まる(年末年始は営業)
管内図 本当にでかい
今年は小屋を開いてから100年目だそうだ この小屋に50年ほど前に泊った
トイレ事情 昔と比べると隔世の感がある きれいだ!!
幸いなことに我々の寝るところは個室だった 各人の間にはプラスチックの仕切りがある シュラフカバーを使うことを求められている
小屋からいただいた100周年記念品
5時半朝食、食べ終わるとすぐに外に出る。何度だかは分からないが、晴天であるのでかなり冷え込んでいるはずだ。
ご来光 6:13 雲海が出ているが、雲がなく平板
槍と穂高 残念ながらモルゲンロート(「朝日が出る前に山がバラ色に染まる」とコトバンクにあるがおじさんが見たのはむしろオレンジ色あるいは赤色であった)は見ることができなかった
1975年に見たモルゲンロート この頃はペンタックスで写真を撮っていたが、フィルムに現像すると失望することが多かった
7時少し前に山荘を出発。安全のため軽アイゼンでベンチまで歩く。雪のないところ、土と雪のミックスいろいろある。
有明山 8:59
下山後登山口そばの温泉で汗を流す。二日間にわたって顔を見た青年と風呂が一緒だった。彼は昨年から山を始め、昨年表銀座コースを歩いたという25歳の好青年。今回の山行中美形の若い女性を多く見た。ある人は彼氏と時には単独であるいはグループで、すっかりおじさんたちも気が若くなってしまった。余裕がなかった中房温泉に至る道、紅葉の写真を撮りに来ているカメラマンも見た。当初の予報とは大きく変わって快晴下での二日間を堪能することができた。
コースタイム 11月7日登山口9:18→第一ベンチ9:55→第二ベンチ10:27→合戦小屋12:14~12:42→燕山荘14:00 その後燕岳往復
11月8日燕山荘6:55→登山口9:51
地形図 おなじみのコースなので省略