醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  36号   聖海 

2014-12-20 10:38:59 | 随筆・小説

  象潟や雨に西施がねぶの花   芭蕉

 象潟に咲く合歓の花に雨が降っているところは古代中国・春秋時代、越国の
美女、西施がまどろんでいるようだ。「ねぶ」という言葉が掛詞になっている。
「ねぶの花」という言葉に「眠っている」という意味を含ませている。
 この句は「西施」という言葉が何を意味しているかを知らなければ鑑賞する
ことができない。高校生の頃、私は「西施」を楊貴妃と並ぶ中国の絶世の美女
だと教わったような気がする。夏、磯でまどろんでいると雨が降ってきた。夏
の強い雨をものともしないですやすやと眠っている美女を想像したように思う。
そうずっーと思ってきた。
 今回、「奥の細道」を読み、私が想像していたようなものとは違ってた。今
まで三回ほど「奥の細道」を読んだことがある。にもかかわらず、記憶に残っ
ていなかったことがある。それはこの句の前に「象潟はうらむがごとし。寂し
さに悲しみをくはえて、地勢魂をなやますに似たり」。この文章がある。美女、
西施の美しさはうらむがごとく、寂しさに悲しみを加え、悩んでいる姿ではな
いかと感じた。
 西施は越の王から呉の王に献上された奴隷だった。この女奴隷の悲しみを表
現した句ではないか。
 呉越同舟という四語熟語がある。春秋時代は小さな都市国家がいくつも出現
した時代である。それらの小さな国々が興亡を繰り返し、最終的には戦国の七
雄といわれる七つの国にまとまっていく。その過程は戦乱につぐ戦乱であった。
最終的には中国南部の地域は呉の国に統一されていく。呉が大国になっていく
過程で敵国の越の国の人と同じ船に乗ることを呉越同舟という。また「臥薪嘗
胆」という四語熟語がある。日清戦争後、下関条約で遼東半島の割譲を清国に
承認させたが、三国干渉によって遼東半島を清に返還させられた。この時、欧
米諸国に復讐を誓ったスロ―ガンが「臥薪嘗胆」である。薪の上に臥して屈辱
を忘れない。三国干渉の屈辱を忘れてなるものか。同じように越の国が呉の国
への復讐を誓った言葉が「臥薪嘗胆」である。
 復讐の戦に燃える越の国の男たちよ。そんな戦などどうでもいいではないか。
戦の好きな男たちに対するやり切れない哀しみ、寂しさに満ちた儚い美しさが
篠つく夏の雨ではなく、霧雨に煙るような雨に打たれて眠る西施の姿を芭蕉は
胸に描いて詠んだ句ではないかと考えるようになった。
 臥薪嘗胆などという復讐を誓う男がいなければ、呉の王に女を贈り物として
届けられるようなことはなかった。戦の好きな男に対する深い絶望に裏打ちさ
れた女の哀しみを表現したのが「象潟や雨に西施がねぶの花」という句ではな
いか、こんな考えを持つようになった。
 

醸楽庵だより   35号   聖海

2014-12-19 10:16:37 | 随筆・小説
 
 芭蕉と其角  
  
 ご免下さい。先生はご在宅でしようか。
 其角さん、来てくれると思っていましたよ。ちょうど良いところです。
仙化さんと曽良さんが見えているんですよ。暖かくなってきたのはいい
んですがね、蛙(かわず)の鳴くのが、うるさいくらいですよ。それで仙
化さんが「蛙合(かわずあわせ)」でもしようと言っていたところなんで
すよ。
 ああ、そりゃいいですね。私も仲間にいれていただきましよう。
 もう、早速、仙化さんは一句ものにしてしまったんです。
 いたいけに
 蝦(かわず)つくばふ浮葉哉 と、蛙を詠みました。
 蛙が落ち葉の浮いた池に浮かんでいる。それが可愛らしいというんで
すね。
 私は「蛙飛び込む水のおと」、こりゃ俳諧になるな、と思っているん
ですが、上にどのような言葉がいいか思案しているところなんですよ。
 先生、「山吹や」では、いいがでしよう。
 蛙には山吹ですか。和歌の世界ですね。「かはづなくゐでの山吹ちり
にけり花のさかりにあはまし物を」古今集ですね。 私は「山吹」では、
俳諧にならないと思うんですよ。俳諧とは、私たちの日常の身近な言葉
で表現して、初めて俳諧になると私は考えているんです。ですから蛙が
鳴く。蛙の鳴き声では和歌の世界になってしまうように思うのです。
「山吹」でもだめ。「蛙が鳴く」・「蛙の鳴き声」でもだめだと思いま
す。皆さん、いかがでしよう。
 なるほど、なるほど。
 その前に一献いかがです。曽良は其角に酒を勧めた。
 これはこれは。澄み酒ですね。
 今日は上澄みの酒を持って来ました。
 曽良は、師匠の芭蕉に向かって言った。
 これはおいしい。茶碗に注がれた酒に口を付け、ニコニコしながら其
角は音をたてて飲んだ。だから先生は「蛙飛び込む水のおと」と詠んだ
わけですね。
 こう其角が言うと芭蕉は蛙が飛び込む水の音は、俳諧だと感じたから
なんですがね、言った。
 確かにそうですね。蛙を詠んだ新しい世界の誕生ですね。
 うーん、そうなるといいんですがね。私は「古池や」はどうかと思う
んですがね。
 上五に「古池や」という言葉を聞いた其角、曽良、仙化の三人は声を
そろえて言った。「蛙飛び込む水のおと」。素晴らしい。まさに俳諧だ。
 談林の俳諧から抜け出した新しい蕉風の誕生を告げる俳句になると口
々に言った。先生は蛙が水に飛び込んだ水の音を聞いて心に古池のイメ
ージが湧いたということですね。深川の芭蕉庵の周りには古池などあり
ませんものね。なにか、ドボンという水の音が聞こえたとき、蛙が水に
飛び込んだ音だと分かりました。ただ一つだけの音だったので、一匹か
なと思ったんです。すると自然と私の心に今では使われなくなった用水
ようの池が心に浮かびました。それは私が子供のときに見たものなのか、
それとも旅の途中で見たものなのか、はっきりしないんですが、そこに
侘びの世界を感じたものですからね、と芭蕉は言った。
「古池に蛙はとびこんだか」を参照。物語りました。

醸楽庵だより   34号   聖海

2014-12-18 11:09:20 | 随筆・小説
 
 孫崎享氏の2014.12.17のツイッターから

 総選挙協力功労賞:すしでご馳走します。17日首相動静、夜すし店しまだ、
時事・田崎論説委、朝日・曽我編集委員、毎日・山田編集委員、読売小田論説
主幹、日経石川常務、NHK島田解説委員、日テレ粕谷解説委員長。米国ではま
ずない現象。恥ずかしげもなく鮨食いに行く、安倍に飼われる隷属軍団。

 数年前に私は四十数年取っていた朝日新聞をやめた。新聞販売店の社長が、
翌月、また朝日新聞を取ってくれないかとプロモーションにきた。私は言った。
「朝日新聞を止めて、読売新聞をとるわけではないんです。どの新聞も取るの
をやめることにしたんです」。このように話した。一度、私は朝日新聞の消費
税増税を報道した記事について質問をしたことがあった。これは政府広報と変
わることがないのじゃないですかと、問うた。その回答が政府の言うことと同
じであった。翌日、私は新聞販売店に行き、政府広報を読むためにお金を出す
必要はないと新聞購読をやめた。「安倍に飼われる隷属軍団」の記者たちの書
く記事にお金を支払って読むつもりはない。「NHK島田解説委員」が司会する
NHK政治討論会を聞くためにお金を支払う必要があるのだろうか。島田解説委員
さん、いい歳をして鮨を金を払わず食べて、ジャーナリストだと胸をはれるの
ですか。朝日新聞の曽我編集委員さん、安倍総理に鮨をご馳走になり、政府を
批判する記事が書けるのですか。
 朝日新聞が読売、産経からバッシングを受けたとき、朝日を応援する人々が
朝日新聞が政府にすり寄っていかないよう、朝日を購読して応援しようという
話を聞いた。そんな人々の気持ちを逆なでするようなことをして曽我さん、恥
ずかしくないのですか。
 今回の選挙では大手メディアの政治記者たちのなりふり構わずの応援、それ
は投票率を下げる企みだった。それは成果を上げた。59%の投票率から52%に下
げ、自民党に貢献した。だから安倍首相は鮨をご馳走したのだろう。こうした
大手メディアの貢献にもかかわらず自民党は前回選挙での当選者数を超えるこ
とはできなかった。4議席減、総得票数も100票減った。
 「安倍に飼われる隷属軍団」たちよ。君たちが失墜する日が来ることを願う
のみだ。

醸楽庵だより   33号   聖海

2014-12-17 11:33:31 | 随筆・小説
  
  
 降る雪や明治は遠くなりにけり   中村草田男

 しんしんと降る雪の中を歩いて母校の小学校に向かう。雪に降り込められて
小学校の中は暗かった。この俳句は昭和十一年に発表されたものです。昭和11
年2月26日大雪が降った。この日、日本陸軍青年将校が首相官邸を襲い、クーデ
ターを起こす。この事件に触発されて草田男は光り輝いていた明治が遠くになっ
ていくと感じた。これから雪におおわれた冬の時代がやってくる。このような気
持ちを俳句に詠んだ。
 明治を代表する人物に乃木(のぎ)希(まれ)典(すけ)という日本陸軍の軍人がい
る。日露戦争を勝利に導いた軍人として日本国民から尊敬を集めた。
 乃木は旅(りょ)順(じゅん)要塞(ようさい)陥落後(かんらくご)ロシア軍将軍ス
テッセルと清国海軍の兵舎・水師営(すいしえい)で会見する。その時、乃木はス
テッセル将軍を捕虜としてではなく、軍人として遇した。ここに武士道がある。
全力を尽くして戦った敗軍の将を讃(たた)える。ここに礼の美しさがあると小学
生の頃、教えられた。この世には強い者と弱い者がいる。弱い者は強い者を崇め
るのは誰もがする。強い者が弱い者を崇め、讃えることは難しい。強い者が弱い
者を敬うことが礼儀本来のあり方なんだと父に教えられたような気がする。その
ような礼儀をわきまえた武士道の精神を体現しているのが乃木(のき)希(まれ)典
(すけ)将軍だと教えられた。この乃木将軍は明治天皇が亡くなると奥さん共々殉
死(じゅんし)した。乃木の殉死とともに明治は終わったといろいろな人が言って
いるのを聞いた。その後、乃木神社の神様としても奉られるようになる。乃木は
神様になった。
 この乃木希典の精神が現代の若者に継承されている。それは昭和五十年代、大
衆居酒屋チェーン店が普及していくとともに大学に入学した新入生を迎えるコン
パで「一気」「一気」というビールの飲み方が広がった。その結果、急性アルコ
ール中毒になる学生が救急車で運ばれる事態が増えた。中には死者まで出た。中
には東大生もいて社会問題にもなった。それ以来、大学では四月当初、酒の飲み
方を教える講座が設けられるようにもなった。
 このビールの一気飲みを普及させたのが乃木希典だった。陸軍将校を集め、ぶ
っ倒れるまでビールの一気飲みを強制したのが乃木陸軍司令官だった。鉄血政治
を掲げたプロシアの宰相ビスマルクの薫陶をうけたプロシア陸軍の精神を体現し
た乃木希典は二〇三高地攻撃戦では、猛爆撃される中、兵士たちに進軍を命じて、
多数の兵士を殺した。将軍は兵士や部下の命など木の葉のようなものだと考えて
いたのだ。その精神がビールの一気飲みに現れているように思うのだ。またビー
ルという飲み物は一気飲みが美味しいお酒のようにも感じる。
 ヨーロッパを侵略したノルマン人は勝利の宴にビールで乾杯した。ジョッキは
被征服民の骸骨だったという。その乾杯の言葉・スコールは骸骨を意味する。骸
骨をジョッキにして飲む酒がビールだった。

醸楽庵だより   31号   聖海

2014-12-16 10:05:19 | 随筆・小説
 
 芭蕉の人柄を尋ねる

 句郎 華女(はなこ)さん、芭蕉さんとはどんな人だったと思う。
 華女 そうね。印象としては清貧な人、ただひたすら俳諧道に殉
    じた聖人という感じかな。
 句郎 そうだよね。侘びとか、寂びという言葉から感じる世界は、
    清く、質素で美しいものね。そんな世界に生きた人という
    イメージがあるよね。
 華女 確かにそうだわ。「野ざらし紀行」の冒頭に出てくる句
   「野ざらしを心に風のしむ身哉」ですものね。ただひたすら
    俳諧道に生き死んだという印象があるわ。
 句郎 学校では教わらなかった句を読んでみると驚くような句が
    あるんだけれどもね。
 華女 そんな句があるの。
 句郎 芭蕉は俳諧の宗匠さんだったでしょ。尾形仂が「俳諧の本
    質は、人の和をもって始まり、それをもって終わる。すな
    わち、俳諧における座とは、文芸的な人間連帯である連衆
    心(れんじゅしん)を営んだ場である。孤独を自覚する者
    同士が、日常性とは別次元の関係でつながり、生きる楽し
    みを共にする。俳聖・芭蕉にとって座こそ、その詩情を誘
    発し、増幅し、普遍化する、いわばかれの詩の成立に不可
    欠の媒体であった」と説いている。その俳諧に「宮にめさ
    れしうき名はずかし 曾良」という句に芭蕉が「手枕にほ
    そき肱(かいな)をさしいれて」という句を付けている。清
    貧な世界とは違うなと感じない。
 華女 雅(みやび)というか、色町の風情と言った方がいいような
    世界ね。
 句郎 そうだよ。公家のいい男に口説かれたのが、嬉しくも恥ず
    かしいという曾良の句にその男と同衾した女が細い腕を手
    枕にしてやろうと男の首の下に刺し入れてやったという句
    を芭蕉が付けたわけだからね。
 華女 学校じゃ、教えられない句ね。
 句郎 とても教えられない。教えたら、その教師は首になるかも
    ね。
 華女 私もそう思うわ。こな句を読むと芭蕉さんに対するイメー
    ジが壊れちゃうな。知りたくなかったわ。
 句郎 またこんな俳諧もあるよ。「さまざまに品かはりたる恋を
    して」という凡兆の句に芭蕉が「浮世の果ては皆小町なり」
    と付けているんだ。
 華女 芭蕉さんは遊び人だったの。そんな感じがするな。「浮世
    の果ては皆小町なり」。この句にはいろいろな意味がある
    と思うわ。女遊びをしたプレーボーイはよく言うわ。女は
    みんな同じだって。こな意味もあれば、どんなにいい女だ
    って年とれば、小野小町がそうだったように男たちは振り
    向かなくなる。こんな意味もあるように思うな。こう思え
    ば人生の無常が表現されているとも言えるように思うけど。
 句郎 うーん。そうだね。でもこんな句を詠んだ芭蕉を知りたく
    なかったというのが、本音かな。
 華女 本当に知りたくなかった。なんか、芭蕉のイメージに傷を
    つけられたような感じがするわ。
 句郎 芭蕉は世俗に生きた人だったんだ。元禄という時代を生き
    た生身の人間だったんだと思うけど

醸楽庵だより   31号   聖海

2014-12-15 10:43:13 | 随筆・小説

 2年前の12月、第四六回衆議院選挙が実施された。この直後、私は次のような
文章を書いた。 
 2012年12月16日第四六回衆議院選挙が実施された。選挙結果を楽しみ
していた。翌17日選挙結果を見てショックを受けてしまった。自民党が大勝し
第46回衆議院選挙が実施された。ていたのだ。共産党は一議席を失った。この
事実にガッカリしている自分がいた。どうしてこんなことになってしまったのか。
しばらく考えこんでいた。
 自民党は297議席を獲得して政権を奪回したが、実質的には敗北していることに
気が付いた。比例得票数の集計結果、自民党が獲得した票は1662万票だった。自
民党が民主党に大敗し、政権を失った2009年の比例得票数1881万票にも達してい
ない。自民党は2009年よりも確実に支持を失っているのだ。それにもかかわらず
政権を奪回したのだ。ここに小選挙区制という選挙制度のマジックがある。
 2005年の衆議院選挙で自民党が獲得した票の2588万票と比べてみると1.000万
票近く票を減らしている。自民党は確実に民意を失ってきていることがわかる。
にもかかわらず自民党が政権を握った。おまけに共産党は一議席削られた。どう
してこのようなことが起きたのか。今回の衆院選の投票率は59.32%、戦後最低
の投票率だった。政権選択選挙として関心を集めて民主党が大勝した前回、’09
年は69.28%である。民主党への幻滅が投票率を10%押し下げた。
 今回の衆院選の当日有権者数は1億395万9866人、このうち6.166万9473人が投票
した。自民党の得票率は27.6%、09年選挙の26.7%とほぼ変わらない。それでも
自民党は297議席を獲得した。小選挙区制は民意を歪める。
 今回の選挙の結果を見て感じるのは国民が深く民主党に失望したことが政治そ
のものへの失望になってしまった。民主党のマニフェスト破り、嘘が国民の政治
への信頼を奪った。どの党が政権をとっても国民の願いを実現してくれることは
ないとしらけてしまった。その煽りを受けて共産党も一議席失ったのではないか
なと思ったが共産党支持者にはこのようなことはないはずなのになぁー。
 私は志位さんの話を聞いて納得していた。「議席倍増を目指します。得票数で
六五〇万票の獲得を目指します」この言葉を信じていた私は選挙の結果を見て驚
いてしまった。共産党は比例代表で369万票(6.13%)の得票であった。議席でも
得票数でも目標を大きく下回ってしまった。その理由は何であったのか。
 選挙期間中、志位さんはアメリカ言いなり、財界言いなりの政治を変えます。
このように発言していた。この言葉にはリアリティーがあった。私もそう思う。
がしかし、北海道、網走の方の小選挙区から立候補していた人もまた志位さんと
まったく同じ発言をしていた。この言葉を聞いたとき、その言葉にリアリティー
を感じなかった。自分の言葉で発言していない。そう、思った。こんなところに
共産党の得票が伸びなかった理由の一つがあるのではないかと感じた。立候補者
は党の政策を自分の言葉で表現しなければいけない。党の政策を地元の政治状況
に応じて宣伝しなければならない。それには党の政策を十二分に理解していなけ
ればならない。それが足りなかったのではないかなぁーと、思ったりしている。


 第47回衆院選の投票率は52.32%。戦後最低の投票率だった。自民党が獲得し
た議席数291議席、前回獲得した議席数に及ばない。とてもアベノミクスが 信任
されたと胸を張れるような選挙結果ではあるまい。

醸楽庵だより   30号   聖海

2014-12-14 13:05:40 | 随筆・小説

  西村賢太 「苦役列車」を読む     聖海

 芥川賞受賞会見で西村は次のようなことを語った。
 「自分よりだめな人がいるんだなと思ってもらえたら、まあおこがましいけど、
ちょっとでも救われた思いになってくれたらうれしいですね、書いた甲斐がある
というか。それで僕が社会にいる資格があるのかなと、首の皮一枚、細い糸一本
で社会とつながっていられるかな、と本当に思いますね」
 こう西村は述べ、底辺で働く人との連帯を求めた。一方、現在の日本社会は西
村が書くような小説を求めている。この求めに応じて西村は「苦役列車」を書い
た。西村は収入を得るため、生活のため、書きたいから書いたに違いない。西村
は現在の日本社会からの要請を自覚して書いたわけではないだろう。しかし結果
的に西村の小説は現在の日本社会からの要請にこたえたことになった。西村が書
いた小説「苦役列車」は芥川賞を受賞した。この芥川賞を受賞したということは、
社会の要請に西村が答えたと認められたということを意味している。西村は「書
いた甲斐が」あったのだ。
 高校進学率が九十パーセントを超える時代に中学卒の作家が芥川賞を受賞した。
社会的な事件である。NHKのニュースでも中学卒という言葉を添えて報じられ
た。自分よりだめな人がいることによって心を癒してくれる人がいたら、社会に
いる資格があるのかな、と西村ははっきりと小説を書いたことによって社会に貢
献できたら、と心のうちを披瀝している。
 年収二百万円以下の人々がおよそ一千万人、生活保護以下の収入で生活してい
る貧困者がいる。ワーキングプアと呼ばれる人々である。毎日、真面目に仕事を
しても貧しさから抜け出せない人々である。偶然居酒屋で隣に座った人がいう。
毎日、女房と二人、朝から晩まで働いても生活できない。だから店を閉めたんだ。
本当に売れなくなった。酒屋が良かったのは八十年代までだった。九十年代に入
るとビールの安売りが始まる。酒販売のディスカウント大型店が続々出店してく
る。小さな酒販店は淘汰されていく。酒販売の営業権が高く売れるうちに転業す
ればよかった。働き盛り、五十前後の男の愚痴を肴に酒を酌んだ。このような男
の心を癒す小説がほしい。真面目に働いても生活が苦しい人々を癒し、不満の爆
発を抑える小説がほしい。こうした社会的要請が徐々に醸されていく。この社会
的要請にこたえて登場してきたのが西村賢太の小説であった。毎日心を傷つけら
れて生きている人々を癒すのは笑いである。「苦役列車」は面白い。この小説は
最初、雑誌「新潮」に掲載された。テレビのコメンテーターとして出てくる元週
刊新潮の編集長であった中瀬ゆかりは西村の小説をすべて読んでいると言う。西
村の小説は面白いと真っ赤な口をほころばせ、満面の笑みを浮かべて話す。小説
家は学歴じゃありません、と隣に座っていた小説家岩井志麻子は発言し、「才能
です」という。きっと西村は小説家としての才能があるのだろう。
 作者は「苦役列者」を次ぎのように書き出し始める。
「曩時(のうじ)北町貫多の一日は、目が覚めるとまず廊下の突き当たりにある、
年百年中糞臭い共同後架へと立ってゆくことから始まるのだった。しかし、パン
パンに朝勃ちした硬い竿に指で無理矢理角度をつけ、腰を引いて便器に大量の尿
を放ったのちには、そのまま傍らの流し台で思い切りよく顔でも洗ってしまえば
よいものを、彼はそこを素通りして自室に戻ると、敷布団代わりのタオルケット
の上に再び身を倒して腹這いとなる」。
 「曩(のう)時(じ)」、この漢字熟語を私は読めなかった。初めて見る熟語だ。
この言葉を知らない。私が読んだハードカバーの本にはルビがふっていなかった。
調べるのも面倒だったのでそのまま読み進んだ。のっけから読めない漢字にパン
チをくらった。難しい漢字を知っているんだなとビックリした。「年百年中」、
この熟語も読めない。「年(ねん)がら年中(ねんじゅう)」と勝手に読み進んだ。
今でも正確には何と読むのか解らない。「後架」、この熟語は「こうか」。読
める。意味も知っていた。便所と書かず、「後架」と書く理由が解らない。私
だったら「便所」と書く。
 この文章を書くため「曩時」を調べた。「曩」は背嚢(はいのう)の曩の字に
似ているなと思い「曩(のう)時(じ)」と当たりをつけて広辞苑を開いた。広辞
苑には「曩時」を「さきの時」、「以前」と説明していた。私だったら「その
ころ北町貫多の一日は、…」と書きはじめるだろう。なぜこのような漢字を使
うのか、その理由を読者は想像する。中卒者の劣等意識がこのような漢字を書
かせるのかと余計な想像が働く。「年百年中」、簡明に読めるようになぜ書か
ないのか。「朝勃ち」。この言葉は広辞苑には載っていない。俗語として広く
知られている。このような俗語を使用するところにこの小説の特徴がある。
 文芸春秋三月号、受賞者インタビューを読むと藤澤造という大正から昭和
初期の私小説家に西村は私淑しているという。この作家の文に似せて小説を書
いているため西村はこのように今ではほとんど使われない言葉、漢字熟語を用
いるのかなと想像する。だから初めて読み始めると漢字熟語に違和感を覚える
文章に出くわす。この違和感が苦にならなくなると面白い。この面白さは、ど
うだいい文章だろうがという気持ちになって書いている作者に対して、読者は
ピンときませんよというような微笑ましい笑いである。
 「藤澤造」という私小説家を初めて知った。今まで本屋で見たためしがな
い。聞いたこともない。西村がNHKBSの週刊ブックレビューで話すのを聞
いて初めて知った。その後、川西政明著「新・日本文壇史・第四巻・プロレタ
リア文学の人々」を見た。その書の第二十一章は「忘れられた作家たち」であ
る。その中で藤澤造が紹介されている。藤澤造が一般的にプロレタリア文
学の作家として認められているのかどうか解らないが、藤澤造についての川
西の説明を読んで、この作家をプロレタリア文学の作家とすることに違和感を
覚えた。貧苦と病苦を書いた私小説作家のようだ。貧苦を書けばプロレタリア
文学といえるのかどうか、疑問である。
 「苦役列車」の最後、友を失い、日雇いの仕事場からさえも出入りを禁止さ
れた貫多は、肌身離さず藤澤造の小説をポケットに入れ、読んでは心を癒し
た。藤澤造の小説が西村の心に沁みる。西村は小説「暗渠の宿」の中で藤澤
造の文体に似せて書いていると吐露している。「年百年中」という言葉を藤
澤造が使っているのを知り、真似て書いているのだろう。西村はこの熟語「年
百年中」が気に入って、どうだと言っているように感じる。「便所」と書かず
に「後架」と書く。こう書くことによって大正末期から昭和初期の文体に新し
い命を吹き込んだと作者は考えているのだろう。この試みが成功しているのか
どうかは、これからの読者が決めることであろう。この文体に慣れた私にとっ
ては新鮮な面白さがあった。
 「しかし、パンパンに朝勃ちした硬い竿に指で無理矢理角度をつけ、腰を引
いて便器に大量の尿を放ったのちには、そのまま傍らの流し台で思い切りよく
顔でも洗ってしまえばよいものを、彼はそこを素通りして自室に戻ると、敷布
団代わりのタオルケットの上に再び身を倒して腹這いとなる。」と段落をかえ
て「しかし」と書きついでいく。この「しかし」は「そして」という言葉に限
りなく近い。一般的に言えば、接続詞をこのように用いることは文章の力を弱
める。「…無理矢理角度をつけ、」「…放ったのちには、」「…よいものを、」
「…自室に戻ると、」「…腹這いとなる。」一段落が一文になっている。実に
冗漫な長い文だ。この冗漫な長い文章に貫多の怠惰な意識の流れがある。この
意識の流れに文学的新鮮さがあるのかもしれない。一方、怠惰な若者に対する
蔑みの気持ちを読者に起こさせる。この若者の意識、怠惰で無気力なのに旺盛
な性欲、勃起した体に心の始末が戸惑っている。この北町貫多の意識の流れが
面白い。この面白さの秘密は西村が徹底的に自分を対象化しているところにあ
る。「そのまま傍らの流し台で思い切りよく顔でも洗ってしまえばよいものを」
と自分を決して弁解しない。自分を突き放す。読者は北町貫多の意識の流れを
なぞっていく。読者が主人公となって読み進んでいくわけではない。読者が主
人公に共感することはあっても、主人公にはならない。ここにこの小説の構造
の仕組みがある。貫多を馬鹿だな、うじうじした男だな、と笑うことができる。
自分よりだめな人だな、と思うことができる。ここにこの小説の面白さがある。
同じような境遇に生きる若者にとって共感すると同時に突き放すことができ笑
うことができる。この笑いの面白さが読者を飽きさせないで最後まで読ませる
力なのだろう。
 アパート代を何ヶ月も溜め、土下座して謝り、最後は踏み倒す。土下座し、
謝罪しても受け入れられず、アパートを追い出される。それでもアパート代の
高い東京下町にこだわる。こんなことを繰り返す最底辺に生きる若者の生活に
読者は同情することなく、笑ってしまう。この若者の風俗に面白さがある。小
説「苦役列車」はそれだけのものだという解釈があるが、その解釈に私は不満
である。この小説は現代日本の底辺社会を表現している。社会の矛盾は最底辺
に生きる人々に赤裸々にあらわれる。アパート代を踏み倒す若者は踏み倒すこ
となしには生きていけないのだ。アパート代を踏み倒すことは確かに悪いこと
だ。この悪いことをしなければ最底辺に生きる若者は生きていけない。
 このように悪を強制されなければ生きていけない社会を表現することは現代
日本社会に対する厳しい批判なのだ。この底辺社会そのもの、そこに生きる貫
多の生活自体が現代日本社会に対する批判なのだ。
 石原慎太郎は選評で次のように述べている。
「この作者の(どうせ俺は……)といった開き直りは、手先の器用さを超えた人
間のあるジェニュインなるものを感じさせてくれる。超底辺の若者の風俗とい
えばそれきりだが、それにまみえきった人間の存在は奇妙な光を感じさせる。
中略 この豊饒な甘えた時代にあって、彼(西村)の反逆的な一種のピカレスク
は極めて新鮮である」。
 石原慎太郎が「選評」で言っていることは、超底辺に生きる若者の風俗、そ
れだけなんだけれども、そこに生きる若者に人間の真実を感じる。この作品が
芸術作品になっている。このようなことを言っているのではないかと思う。石
原の「苦役列車」に対する基本的認識は「超底辺に生きる若者の風俗、それだ
け」の小説ということである。
 和田逸夫は民主文学二〇一一年六月号「『働く』」ことと『生きる』こと」
という評論で次のように書いている。
「『この豊饒な甘えた時代にあって、彼(西村)の反逆的な一種のピカレスクは
極めて新鮮である』と石原慎太郎が『選評』」で示した認識は、反面、的を射
ている。最底辺の下にまだ『超底辺』がいるということで慰藉させられる読者
が、この『豊饒な甘えた』今日の社会の中で、不満も疑問も抱かず、自ら置か
れた状況をひたすら甘んじて受け入れるというなら、(傍線は筆者)この階級社
会のヒエラルキーの頂点近くに立つ者たちには、確かに得がたい貴重な作品た
りえよう。」
 和田は石原の「苦役列車」に対する基本的認識に「反面、的を射ている」と
同意を表し、この石原の基本的認識に従い、底辺社会に生きる人々の心を癒す
だけの小説、何ら現実社会に対する批判意識を生むことのない小説だと批評し
ている。
 石原の「苦役列車」についての認識は、間違っている。重要なところを見落
としている。最底辺に働く若者の風俗の面白さにこの小説の本領はない。この
小説の本領はお金に縛られて働く現代の奴隷のような労働であっても仲間がで
きれば生き生き働くことができる。ここにある。ここを見落としている。石原
は忙しい時間を割いてきっと一度さっと読んだだけなのだろう。この石原の認
識を評価した和田の認識も間違っている。
「『豊饒な甘えた』今日の社会」と石原の言葉に「今日の社会」という言葉を
和田は書き足している。「『豊饒な甘えた』今日の社会」とはどのような社会
をいうのか何の説明もないので分からないが、大多数の日本国民は、特に社会
の底辺に生活する人々は豊饒な甘えた社会に生きてはいないだろう。甘えちゃ
いけないと厳しく規律されている。自助努力、自己責任を負わされている。こ
れが現実である。「不満も疑問も抱かず、自ら置かれた状況をひたすら甘んじ
て受け入れるというなら」という条件を和田自身が入れて、この小説に対する
批評をしている。がしかし、この小説の主人公貫多は不満も疑問も抱き、自ら
置かれた状況をひたすら甘んじて受け入れてはいない。受け入れざるを得ない
状況に生きているということである。「…なら」という条件を入れて解釈して
いるところに和田の「苦役列車」に対する評価の弱さがある。確かにこの小説
の面白さ、笑いに心が奪われかねない危険性があるように思う。ここに石原も
この作品のジェニュインがあると理解している。この点に私は異議を感じる。
「苦役列車」の主人公北町貫多は「豊饒な甘えた」時代のピカレスクではない。
父親が猥褻罪で逮捕される。テレビ番組ウィークエンダーで父親の事件が面白
おかしく放送される。両親が離婚する。母親と姉・貫多は近所の人々が寝静ま
った夜、ひっそりと生まれ育った家を後にする。親の事件に打ちのめされた少
年がそこにいる。中学を卒業すると母からも離れ、十六歳の少年は家を出て自
立する。誰にも心を開くことなく、暗くうつむいて生きる少年はその日の生活
の糧を得るため日払いの仕事を求め、東京の街をさまよう。この少年が何でピ
カレスクなのだろう。この少年が犯罪者の手先となり、盗みをする。俺オレ詐
欺の仲間になる。暴力団の使い走りにでもなればピカレスクといえよう。しか
し北町貫多は真面目に働き、日銭を稼ぎ、生きている。
 豊饒な甘えた社会のピカレスクとは進学エリート高の少年が劣等感に陥り渋
谷のヤクザの手先になったりすることであるだろう。湘南海岸でヨット遊びに
興じ、「狂った果実」の少年になったのは「豊饒な甘えた」時代のピカレスク
であったであろう。親や学校などの善意に頼って遊びほうける少年たちである。
しかし、北町貫多は豊饒な甘えた境遇に生きていない。回りの人の善意に頼る
ことのできない厳しい社会の荒波に放り出された中学卒の少年である。中学卒
の少年や少女が金の卵と云われたのは三十年も前のことである。父親が性犯罪
者であるという劣等意識を背負った中学生貫多は父親と自分は別人格だといわ
れてもこの劣等意識に耐えるにはまだ貫多にその力は備わっていなかった。劣
等意識に心を奪われた貫多は中学校の生活を真面目におくることができなかっ
た。そのため貫多は中学校での進路指導・就職紹介を希望することができなか
った。教師もまた特に進路に関する相談を持ちかけることもなかった。劣等生
に対し学校は冷ややかである。中学からの紹介もなく、親の援助もなく社会に
放り出された十六歳の少年がアルバイト情報誌で見つけた仕事、履歴書も、保
証人も必要とせず、収入を得る道は日雇い人夫以外になかった。
 貫多は自問する。三十キロの凍った蛸やイカを艀から冷凍庫へ、出荷用に冷
凍庫から台車へと積み替える仕事に出て行こうか、行くまいか悶々とする。優
柔不断な若者がここにいる。
 アルバイト、パート、派遣労働を発注する企業が派遣会社に支払う費目は物
件費である。物件費とはコピー用紙やインク、ボールペンのような消耗品費の
ことである。派遣元の企業は派遣労働者を人間として見ていない。まさに現代
に生きる奴隷労働が日雇い人夫や派遣労務者の労働なのだ。ウォーターフロン
トに立ち並ぶ巨大な倉庫での単純肉体労働は中世の奴隷労働のようなものだと
貫多は感じている。この労働を貫多は嫌がっているのだ。尽きることのない単
純肉体労働、永遠に続く果てしない苦役として貫多は感じている。カミュが「シ
ジフォスの神話」で書いている。巨岩をシジフォスが山頂に運び上げると岩は
自らの重みで谷底に転げ落ちる。それをまたシジフォスは山頂に運び上げる。
するとまた、岩は自らの重みで谷底に転げ落ちる。そのような苦役として凍っ
た蛸やイカを運び出すことを感じている。賽の河原で石を積み上げては鬼に壊
され、また石を積み上げるような徒労としてしかこの労働が感じられない。苦
役としてしか感じられない労働をしたあと心と体を癒してくれるものはお酒と
女、そんな生活の中にあっても友人ができると奴隷のような仕事であっても出
勤するか、どうか、自問することなく体が朝起きると出勤態勢になる。どのよ
うな労働であっても仲間ができると、労働そのものが厭わしいものではなくな
ってくる。ここにこの小説の本領がある。
 フォークリフトの運転作業をするため免許も無料で取らせてもらえる予定に
なる。がここで仲間の一人が運転練習中に足指を二本切断する事故を起こす。
家族を持つ怪我をした仲間を思い、暗い気持ちに貫多はなる。労災保険も何の
保障もないフォークリフト運転作業に貫多は物怖じする。フォークリフト運転
免許を取ることに躊躇した貫多は運転免許取得を遠慮する。このように貫多は
この仕事のあり方に疑問をもち、不満も持つのだ。
 こうして日雇い人夫の労働が苦役以外の何者でもないということを西村賢太
は体験的に告発している。現日本社会の最底辺に生きる者にとっての人生とは
苦役を強制される列車に乗っているようなものである、と告発している。ここ
にこの小説の力がある。この小説は最底辺に位置する派遣労働のルポとしても
読むことができる。

醸楽庵だより   29号   聖海

2014-12-13 10:07:02 | 随筆・小説
 
第46回衆議院選挙で自民党は大勝したとしても一年半、安倍政権は持た
 ないだろう。

  アベノミスクは失敗している。赤裸々に安倍政権の支持率が急降下する
前に衆議院を解散した。これが私の見方である。大義名分もなく安倍政権の
延命をはかるだけの税金無駄遣いの選挙である。
 2014.12.9、IWJで小沢一郎氏に岩上安身氏が一時間を超えるインタヴュー
している。この中で小沢一郎氏は安倍政権はこの選挙で勝つことができても
一年半はもつまいと、述べていた。理由は今のままのアベノミクスをすれば、
非正規社員がますます増える。いくらおとなしい日本人だとはいっても低賃
金勤労者の不満が爆発するであろう。また海外の状況が安倍政権の継続を許
さないのではないかと言っていた。特に中国の経済が悪化すると大変なこと
が起こる。世界的な出来事になろう。中国の動向に注目していると、述べて
いた。中国経済が悪化すると日本の経済が立ち行かなるということを小沢一
郎氏は言っているのだと理解した。
 また安倍政権の暴走を食い止めるとリベラルな政治家が選挙戦で述べてい
る。このような主張にたいして小沢一郎氏は暴走するほどの度胸が安倍晋三
氏にはないだろうと言わんばかりの発言もあった。だから暴走はできないし、
しないだろうとも言っていた。仮に今度の選挙で自民党が大勝したとしても、
憲法9条を改悪する自民党憲法案を通すようなことはしないだろうというよ
うなことだった。


醸楽庵だより  28号   聖海

2014-12-12 10:56:22 | 随筆・小説
 
 2014.12月の総選挙はショック・ドクトリン政策だ。
 
 第46回総選挙の公示が12月4日あった。その翌日、読売新聞をはじめ、
大手新聞はみな、自民300議席を確保か、このような見出しが一面に出た。
この報道がショック・ドクトリンだと経済アナリストの菊池英博氏がIWJ
が中継したロックの会で述べていた。
 自民党が300議席を超えるような議席を取ると聞いた有権者は投票する意
欲を失ってしまうだろう。投票しても無駄だと有権者に大手新聞社が伝えて
いる。投票率が下がるよう大手メディアが画策しているとしか思えないよう
な事態がある。これがショック・ドクトリンだと菊池氏は言っている。
 確かに前回総選挙では全有権者の16%の獲得票数で自民党は国会の多数
議席を獲得した。20%にも満たない支持者を得た自民党が政治を独裁する。
確かに自民党は投票率が下がるような選挙制度にしていると自民党を批判し
た野党議員がいた。
  

  

醸楽庵だより   27号   聖海

2014-12-10 10:56:34 | 随筆・小説

IWJ(インターネットメディア)の定期会員になっている。下記のものが
今日の書き出しでした。2014.12.11、午前11.30転載しました。

おはようございます。IWJ・Web班の伊藤です。

昨日、“稀代の悪法”特定秘密保護法が施行されましたが、こんな日でしたので、
10日の大手新聞各社の特定秘密保護法に関する社説を比較してみることにしました。
タイトルを並べるだけでも、各社の姿勢が出ていて、とても分かりやすいです。

読売新聞 『秘密保護法施行 他国との情報共有に不可欠だ』
朝日新聞 『衆院選 秘密法施行 「不特定」の危うさ』
毎日新聞 『秘密保護法施行 息苦しい社会にするな』
日経新聞 『民主主義の土台たる「知る権利」を守れ』
産経新聞  なし
東京新聞 『特定秘密保護法施行 権力が暴走しないか』

さすがの読売ですが、産経には恐れ入りました。
産経新聞の10日社説は、衆院選関連と『野球ソフト復活へ 東京で新たな五輪像示せ』
でした?? こういった産経や読売の記事が、日本で断然のアクセス数を誇るニュース
サイトである『Yahooニュース』のトップに度々登場するのですから、国民を眠らせて
おくのは簡単なことなのかもしれません。
 事実、『Yahooニュース』のアクセスランキング(10日19時頃調べ)のトップ20には、
秘密保護法の「秘」の字もなく、1位は『ボウリング場女性従業員が土下座 女子高生
「めっちゃおもろいわー」とツイッターに写真投稿』でした。
これも確かにひどい話だけど、今日の1位じゃなくても・・・と思わず突っ込みを入れ
たくなります。
 しかし、そんな危機感のない世相の中、官邸前では若い学生や女性たちが抗議の声を
あげ続けました。

 特定秘密保護法廃止を求める若者がいることを大手メディアは報道しない。メディアが
報道しないとそのような現実はなくなってしまう。国民の力となることがない。私もささ
やかながら、特定秘密保護法廃止の意思表明をしたい。

 今日のYahooニュースを読むと来年の日本社会に暗澹たる思いがつのります。
 衆議院選中盤の情勢について、現時点では(1)自民は単独で300議席を上回る勢い
で、公明とあわせて定数の3分の2(317議席)を確保しそう(2)民主は100議席
には届かないものの、70議席台に増やす公算が大きい(3)維新は30議席を割り込む
可能性が高く、次世代も1ケタに激減する見通し(4)共産は倍増する勢い――となって
いる。このように朝日新聞社は、報じている。
 
 いよいよ自民党の日本国憲法改正案が国会を通る可能性が出てきた。阿部政権は日本を
取り戻すことができるかもしれない。取り戻す日本とはいつの日本のことをいうのかとい
うと大日本帝国憲法下の日本のことを言っているようだ。いよいよ徴兵制を復活する日本
になるのだろうか。自転車置屋の親爺が言っていた。徴兵制が復活するよと。若者の仕事
がなくなり、兵隊に応募する以外に生きる道がないような日本にしようということかもし
れない。これを経済徴兵制というようだ。アメリカではこうなっているという。
 自民党憲法案は恐ろしい。憲法に夫婦相和すことが書かれている。この憲法を国民は守
れと言っている。夫婦喧嘩をすると憲法順守義務違反になる。取締りの対象になるのかし
ら。そうなったら警察は忙しい。場合によってはすべての既婚者が憲法違反者となる危険
性がでてきそうだ。こんな奇想天外な憲法案を自民党は出している。このような政党が30
0を超える議席を獲得する勢いであるという。
 共産党が三倍増するようなことが起きなければ来年の日本は今よりさらに厳しい社会に
なりそうだ。
 
 IWJとネットで検索すると大手メディアが報じない現実がそこにはある。ぜひ検索し
てみてはいかが。