軽いネ、軽い句だ
しほらしき名や小松吹萩すゝき 芭蕉「おくのほそ道・小松」
句郎 芭蕉が石川県小松で詠んだ句。上五の「しほらしき」の「ほ」は「を」、「しをらしき」が正しい歴史的仮名遣いなのかな。
華女 岩波文庫の『芭蕉俳句集』には「しほらしき」の「ほ」を「を」とルビが振ってあるわよ。
句郎 岩波古語辞典を開くと「しほらし」と載っている。「シホ」は愛嬌と説明している。
華女 高校生が使っている『ベネッセ 全訳古語時短』には「しをらしき」が載っているわよ。芭蕉の句「しをらしき名や小松吹萩すすき」が用例として紹介されているわ。
句郎 「しほらし」が定家仮名遣いなのか、それとも「しほらし」で単語になっているのか。わからないね。大野晋は「しほらし」で単語になっていると主張しているのかな。
華女 「しをらし」が正しい歴史的仮名遣いだと高校の古典の授業では教えているのかもしれないわね。
句郎 高校の期末試験などでこの句が出題され、歴史的仮名遣いの間違っている箇所を指摘し、正しく訂正せよと、出題されたら困るね。
華女 試験とはそういうものなんじゃないの。真実か、どうかと、いうことではなく、授業でどのように教えたかを問うわけだから、学問上の真理というものとは関係ないのよ。
句郎 うーん。そうか。
華女 この句は「しほらしき名や」で切れている。中七の句中で切れている句ね。
句郎 中村草田男の句に「万緑の中や / 吾子の歯生え初むる」が現代俳句にあるね。
華女 すぐには思い出さないけれどもその他にもあるんでしようね。
句郎 「しほらしき名の小松吹萩すゝき」という一物仕立ての句だね。
華女 そうね。「や」を「の」に変えると普通の平叙文になるわね。
句郎 「や」という言葉は普通の平叙文を韻文にする凄い言葉だね。
華女 ホントにそうね。
句郎 芭蕉は「小松」という地名に可愛いらしさを感じて詠んだ句なのだろうね。それだけのような句だと思う。
華女 「萩」も「ススキ」も季語だけれども、ここでは萩とススキが一体化して「萩すゝき」が季語になっているのかしらね。
句郎 そうなんだろうね。こういう句を読むと季重なりなんていうことに気を使う必要がないね。思ったように俳句は詠んでいいように思うね。
華女 上手な人はそれていいのかもしれないけれども初心者はダメなんじゃないかしらね。
句郎 「名人に定跡なし」という言葉が将棋の世界にあるけれども、やはり初心者には定跡が必要ということかな。
華女 そうなんでしようね。
句郎 萩やススキがそよ風になびく可愛いらしさが小松という地名にはあるなぁーと。
華女 それだけの句よ。
句郎 軽いね。この軽さがいいと芭蕉は思うようになったのかもしれないなぁー。
華女 「軽み」ということ。
句郎 うん。「軽み」を芭蕉が唱えるようになったのは、「おくのほそ道」の旅を終えてからのようだよ。
華女 そうなんだ。
句郎 芭蕉が唱える「軽み」の精神が「しほらしき名の小松吹萩すゝき」、この句に息づいているように感じるなぁー。