遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『南極の中国艦を破壊せよ!』 クライブ・カッスラー&ジャック・ダブラル ソフトバンク文庫

2011-09-21 19:02:21 | レビュー

 アメリカの作家、クライブ・カッスラーはテレビ界から作家に転進したようだが、NUMA(国立海中海洋機関)に所属する特殊任務官ダーク・ピットを創造し、このダーク・ピット・シリーズで、海洋冒険小説の世界的ベストセラー作家になった。その第1作デビューは1973年という。私は1989年1月に新潮文庫でこのシリーズの1冊を読んでから、そのおもしろさに惹かれ、ダーク・ピット・シリーズを手始めに次々に諸作品を読んできた。

 カッスラーは、日本で翻訳出版された年次でいうと2000年6月以降、共著者と連名で海洋冒険小説を複数シリーズ刊行するようになった。私の知るかぎりで以下述べる。

☆NUMAファイル(NUMA特別出動班カート・オースティンとメンバーの活躍するシリーズ):ポール・ケンプレコスとの共同執筆 :2000年6月出版から(新潮文庫)
☆オレゴン・シリーズ(オレゴン号船長、ファン・カブリーヨと同船乗組員の活躍するシリーズ):ジャック・ダブラルとの共同執筆 :2007年10月出版から(ソフトバンク文庫)
☆トレジャー・ハンター、ファーゴ夫妻シリーズ :グラント・ブラックウッドとの共同執筆 :2010年3月出版から (ソフトバンク文庫)
☆そして当初のダーク・ピット・シリーズが、ダークの子、ダーク・ジュニアとサマーの二人の活躍に引き継がれ、クライブ・カッスラーが長男のダーク・カッスラーとの共同執筆で第二世代のシリーズに入っている。:2006年12月出版から(新潮文庫)

いずれのシリーズも、クライブ・カッスラーの小説の質と醍醐味は維持されて、その範囲が広がってきていると思う。

 さて、この本は上記シリーズでいうと、オレゴン・シリーズの翻訳第5作目になる。
 オレゴン・シリーズは、ファン・カブリーヨが会長として率いる<コーポレーション>という組織が、みかけはオンボロ貨物船--その実態はMHD(磁気流体力学)推進システムで航海し、様々な最先端の科学設備・機器と戦闘用武器、潜水艇などを装備した船--オレゴン号を舞台にして、請け負った機密任務を世界のいたるところで遂行するという物語だ。アメリカ政府が、政府機関では直接手がけられない極秘任務を、カブリーヨに託する。それを<コーポレーション>が請け負って、全力で任務課題を達成するという活劇シリーズだ。

 オレゴン号の主要メンバーは船長以下、CIAや軍隊、あるいは特殊な政府系研究所などにかつて所属していた経験があり、特定分野では超一流の技術知識やスキル、スペシャリティおよび身体能力を持つ。ある任務をカブリーヨが請け負うと、彼の頭脳から生み出される計画案をベースにさらに実行計画がリファインされ、各人が専門性を縦横に発揮して課題解決に関わっていく。極秘任務は少数精鋭のメンバーで実行されていく。

 この第5作には、少し際立った特徴がある。プロローグが「1941年12月7日ワシントン州パイン島」で始まる以外、現代の状況の描写に年月という要素が記載されていないという点である。

 パイン島はロニシュ家が所有する。この島にはカリブ海の私掠船の船長が宝物の一部を隠したという伝説があり、事実、正方形の謎の立坑が存在する。その立坑にロニシュ家のニックとその兄弟たち五人がはいり込む計画を実行するエピソードから話が始まる。 ニックが立坑の底近くの壁に窪みを発見するが、探索途中に事故が発生し、ドンが亡くなってしまう。時あたかも、アメリカは真珠湾奇襲攻撃を受け戦時態勢に入っていた。ドンの葬儀の後、ニック、ロン、ケヴィンは父親から出生証明書を渡され、志願していく。ケヴィンは亡くなったドン(兵役年齢18歳になっていた)の書類を渡され志願する。「家族の誇りになれば、おまえたちも許してもらえるかもしれない」と、父親は言う。
 場面は一転して、現代になる。
 アルゼンチンはエルネスト・コラソン元帥が率いる軍事政権下にあり、繁栄する民主主義国から実質的な警察国家に変貌した。南米の非常事態を監視していた<コーポレーション>のカブリーヨにCIA局員のオーヴァーホルトから仕事の依頼電話が入る。人工衛星が南米上空で故障し、アルゼンチン領内に墜落した。その残骸の中から、少量のプルトニウムをエネルギー源とした装置の回収をして欲しいという任務だ。カブリーヨはそれを請け負う。一方、その頃、南極半島のウィルソン-ジョージ観測基地で、ある事件が芽生え始めていた。

 この物語の前半は、カブリーヨ以下4人のチームがアルゼンチンに潜入し、この特殊装置の回収任務に携わる顛末譚だ。その潜入経路の途中で、偶然にも軟式小型飛行船の残骸を発見する。オレゴン号砲雷長のマーフィーがこの行方不明の飛行船のことを記憶していた。カブリーヨは、回収任務が解決したら、遺族に飛行船発見とその遺物の手渡しを決意する。装置回収の過程でカブリーヨは、アルゼンチン軍の将軍フェリペ・エスピノサおよびその第九旅団部隊員と争奪戦を繰りひろげることになる。このエスピノサが後々も、カブリーヨの眼前に立ち現れる敵となるのだ。この装置回収のストーリー展開が最初の読みどころ、その1といえる。

 装置回収任務を完了し、アルゼンチンに近い位置にいるオレゴン号のカブリーヨに、オーヴァーホルトから、ウィルソン-ジョージ基地における緊急事態の調査依頼が舞い込む。カブリーヨはオレゴン号作戦部長のリンダ・ロスの指揮で、オレゴン号による南極基地の調査を指示する。

 一方で、カブリーヨは飛行船の搭乗者の遺族がだれかを調査した後、オレゴン号機関長のマックス・ハンリーと一緒に、遺族のジェイムズ・ロニシュに事実を伝えるための旅に立つ。これがプロローグの立坑にカブリーヨが関わっていく契機になり、そこでの発見が意外な方向に話を展開していくことになるのだ。
 この立坑の調査とその後の事実探索には、つねにアルゼンチン軍人の介入がつきまとう。
 立坑内のからくりを見つけ、そこから辿ってカブリーヨが発見した遺物の碑は、明代の中国船に関連したものだった。海事研究家・パールマターに問い合わすと、中国史研究者のタマラ・ライトを紹介される。彼女はミシシッピ川のジャズ・クルーズを楽しんでいるとのこと。そのクルーズ船にカブリーヨとマックスは訪ねていくことになる。そこにまた、エスピノサがタマラ・ライトの掠奪を目的に出現する。
 この一連のストーリー展開が活劇その2だ。
 タマラ・ライトの説明で判明したことは、1400年代末に中国艦隊の蔡松司令官が、航海の途中で、乗組員が正気を失ったので、船・静海号もろともに氷の国に沈めたという。

 一方、リンダ・ロスは南極基地調査で、その基地に近いアルゼンチンの基地から来た一隊の銃撃を受け、からくも難を逃れた後、ウィルソン-ジョージ基地の状況調査と併せて、アルゼンチン基地の偵察をすることになる。その結果、緊急事態発生の原因が究明され、またアルゼンチン基地が大規模な精油所施設であり、南極条約に違反している事実を発見する。そこにはミサイル基地もあるようなのだ。

 全く異なった事象が徐々に連関し収斂していく。人工衛星からの回収装置には、打ち落とされたような痕跡がありそれができるのは中国だけだという可能性、南極基地での緊急事態発生の原因と沈められた中国船の連関、アルゼンチン基地の大規模な精油所施設の存在、中国が軍事政権のアルゼンチンに肩入れする理由など・・・これらが結びついて行く。

 もし、氷の国に沈めた中国艦というのが、南極で発見されたなら、中国が領土権を主張できる根拠になるのだ。たとえ、中国艦が南極で発見されても、それを認めることはできない相談だ。だが、中国に莫大な国債債務を負うアメリカ政府は、アメリカ人に直接に被害が出るとは言えない南極の現状において、たとえアルゼンチン基地の違法事実を知っても、外交戦略上、手を出せない。
 「正道に従え」と、カブリーヨの父親はつねにいっていた。「なにを案じていても、結果はどうにでも始末できる」。カブリーヨは行動を決断する。
 タマラ・ライトの救出と南極の事態解決の計画を練り、その遂行に全力投球するカブリーヨとオレゴン号のメンバー。そこでも将軍エスピノサおよびその第九旅団部隊員が立ちはだかる。エスピノサとの最後の闘い。この本のタイトル「南極の中国艦」の意味がおわかりいただけよう。この行動の展開が後半の読みどころである。

 アルゼンチンの暑熱のジャングルと極寒の南極という地理的広がり、アメリカ・アルゼンチン・中国が南極と関わるという国際政治の局面の広がり、明代中国船・宝船の探索という歴史の軸の広がり・・・・・いつものことだが、カッスラーの小説はスケールが大きくて痛快だ。


オレゴン号シリーズの既刊一覧をまとめておこう。

『遭難船のダイヤを追え!』           2007/10    
『日本海の海賊を撃滅せよ!』         2008/9     
『戦慄のウィルス・テロを阻止せよ!』 2009/9     
『エルサレムの秘宝を発見せよ』       2010/9     
『南極の中国艦を破壊せよ』           2011/3

このシリーズ、次は何時頃出版されるのか。


この小説に出てくるワードをネット検索してみた。

南極の気候  :ウィキペディアから

南極条約   :ウィキペディアから

南極観測基地の一覧  :ウィキペディアから

磁気流体力学 :ウィキペディアから

鄭和     :ウィキペディアから



ヘッケラー&コッホMP-5  :ウィキペディアから

FNファイブセブン  :「MEDIAGUN DATABASE」のウェブサイトから

グロック  :「MEDIAGUN DATABASE」のウェブサイトから

ベレッタ  :「MEDIAGUN DATABASE」のウェブサイトから

迫撃砲  :ウィキペディアから

魚雷   :ウィキペディアから

OTOメララ127mm :個人ブログ(「鳳山雑記帳」)から

ボフォース 40mm機関砲 ::ウィキペディアから



地獄の黙示録  :ウィキペディアから

ウェルギリウス :ウィキペディアから

ウェルギリウス :ウィキクォートから

軟式飛行船   :ウィキペディアから

C-130ハーキュリーズ :ウィキペディアから

ベル206 ジェットレインジャー  :ウィキペディアから

グラップル作業 :YouTubeから

タワーヤーダ  :イワフジ工業(株)のサイトから

竜骨(船) :ウィキペディアから

ゾディアック膨張式ボート :ZODIACのサイトから


救難艇  :ウィキペディアから


プリオン    :ウィキペディアから

プリオン:空気感染は「非常な少量でも致死」 :「WIRED ARCHIVES」から


現実のアルゼンチンについて
アルゼンチン :ウィキペディアから

アルゼンチン共和国 :外務省のウェブサイトから



ご一読いただき、ありがとうございます。