本書のプロローグは1998年・ウガンダの農業試験場における小麦の異変の発見から始まる。それは「突然変異により生まれた新種の黒さび病」、後に「Ug99」と呼ばれる。もし、それが世界に蔓延したら・・・・そんな恐ろしい仮定の記述が加わる。しかし、大規模な病害による被害は実際過去に幾度も起こっているのだと本書では様々な事例を挙げている。
なぜ、恐ろしいのか?世界中で小麦が生産されているとはいっても、商業ベースに乗る生産、収量の多い効率の良い小麦生産を目指し、実際に利用されている小麦の品種は数種類に限られるのが現実なのだ。もし風に乗りあるいは人や物に運ばれて菌が世界に蔓延すれば、ほぼすべての小麦が疫病に淘汰されてしまう。その結果、食料が無くなるという現実に直面することになるからだ。
それに対応するにはどうしたらよいのか?
それには、小麦の「遺伝資源」を確保しておくしか手はないという。”小麦の遺伝資源とは、何千種類という小麦の栽培品種すべて(さらには、大麦、ライ麦、小麦とライ麦の交雑種であるライ小麦も含む)、現存するそれらの祖先種、個々の環境に適応した姉妹やいとこにあたる「在来種」、そしてそれらすべての「近縁野生種」(雑草)をすべて含めたものを指す。”(p11)この遺伝資源を確保しておき、病害が発生した場合、それに対抗でき生き延びる品種を生み出すために、この「無限とも思われる遺伝子プールのどこかのメカニズム」を発見し、新たな小麦品種を生み出すこと。それが人類の存続には必要不可欠なのだ。
本書は小麦の「遺伝資源」の探索・確保・分析分類・実験・保存に一生を捧げ、ジーンバンカー(遺伝子銀行家)と称されたデンマーク人科学者、ベント・スコウマンの伝記である。
彼は、牧師の父と農家出身の母のあいだに生まれた。ミネソタ大学の「ミネソタ農業学生訓練プログラム」の訓練生となり、ミネソタ大学で学ぶ。さび病撃退ネットワークの構築を行ったエルヴィン・C・ステークマンの紹介で、「緑の革命」を主導し、1970年に応用植物学で初めてノーベル平和賞を受賞したノーマン・ボーローグ博士の面接をうけて、CIMMYTに雇われることになる。CIMMYTとは、メキシコに拠点を置く国際トウモロコシ・小麦改良センターである。
1988年から2003年まで、ベント・スコウマンがこのCIMMYTの小麦ジーンバンクを率いて世界有数の包括的な小麦遺伝資源を守り、それを増やし、分類するという地道な活動をどのようにして維持発展させていったのかを描いている。彼が築き上げた小麦コレクションを訪れた人は、「種子が消えれば、食べ物が消える。そして君もね」という辛口のウィットと箴言で迎えられたという。
スコウマンが活動した30年間は、一種の農業革命が爆発的に起こった時期に相当していた。バイオテクノローの発展、グローバル化の進展、農業生産物(特に種子)と生産プロセス(究極的には研究)の私有化と多国籍企業の台頭および特許による囲い込み、その一方で気候変動と地球温暖化が問題となる。これらがすべて同時進行していったのだ。
その渦中で、スコウマンが公的な機関の使命を明確に掲げ、世界中の諸機関、諸研究者・グループとのリンク、ネットワークを築き上げて行き、「遺伝資源」の確保・保存に尽力するプロセスを描きだしていく。
第二章では、「種子の銀行の誕生」が語られる。この伝記は、小麦の「遺伝資源」確保の戦いの歴史書にもなっている。そして、CIMMYTという組織がどのように拡大発展し、どんな変化を遂げて行ったかの記録でもある。
一方、病害に強い品種を生み出すにはどういうプロセスが必要なのかを詳細に説明してくれている。人類の生存を確保するために、人々が注目しないところで、どれほどの地道な研究が継続的に行われているかということを、本書で初めて具体的に知ることができた。まさに、「遺伝資源」確保というのは縁の下の力持ち的な役割なのだ。
スコウマンは、CIMMYTを離れた後、「ノルディック・ジーンバンク」(現在のノルディック遺伝資源センター:ノルドゲン)の所長を数年間努めた。このノルドゲンは、ノルウェーのスヴァールバル諸島にある「世界種子貯蔵庫」(通称、”地球最後の日のための貯蔵庫”)を管理している組織だ。
同施設は、2008年2月に開所した。だが、スコウマンは2007年2月にこの世を去った。
この物語は、スコウマンの伝記であり、かつ、小麦の「遺伝資源」が世界各地から「地球最後の日のための貯蔵庫」で保管されるに到るまでの長い道程の物語でもある。
スコウマンの動機はシンプルだったと翻訳者は言う。彼の動機は、「世界から飢えを一掃すること」だったのだ。「そのために、彼は自身が収集した遺伝情報をオープンにし、世界中の誰もがアクセスできるものにするという信念を持っていた。ここで生じた問題が、知的財産権との衝突だった。つまり特許を申請することで遺伝情報を私有しようとするバイオ企業との軋轢である」(p224)つまり、本書はスコウマンの視点からみた、現在のホットな問題点を抉り出した書でもあるといえる。
本書は一般市民向けの有益な啓蒙書の役割を果たすものといえる。
本書は、プロローグの後、次の8つの章で構成されている。
第1章 世界の食料を護る
第2章 種子の銀行の誕生
第3章 シードバンカー出動
第4章 辺境の畑に満ちる多様性
第5章 遺伝子組み換え作物の登場
第6章 種の遺伝子情報は誰のものか
第7章 遺伝子銀行の危機
第8章 地球最後の日のための貯蔵庫
そして、エピローグは「すべては保全されなければならない」でしめくくっている。
本書から、印象深い文章の一部であるが抜き書きしておこう。
*ようやく最大の収量をもたらす小麦の品種が作り出されたあかつきには、あらゆる農家がその品種を植えたがる。その結果、人気のある品種の子孫が小麦の遺伝子プールを席巻することになり、在来種や祖先種、さらには有益な近縁野生種である雑草までもが消滅の運命をたどる。 p18
*食料需要を継続的に満たす方法はひとつしかない。それは、高温化が進むこの新たな世紀において昔からの同じ土地からより多くの収穫が得られるよう、科学者が常に作物の品種改良を続けることだ。品種改良を可能にする多様性そのものを損なうことなくそれを行うには、新たな小麦の品種を作り出す源となる素材を集め、保存し続けることが必要になる。 p19
*(ロシアの)ヴァヴィロフは、多くの人から科学における二十世紀最大の洞察のひとつとみなされている理論を提唱した。世界で最も生物多様性に富む場所は、主要な作物の「期限の中心地」およびその周辺に集まっているというものである。 p44
*ひとくちに「多様な遺伝資源を収集し、保全する」と言っても、それは容易なしごとではない。・・・・そのためには、人間の手がまだ触れない辺境に赴く必要がある。 p224
*イラクでは、紀元前6750年というはるか昔にシードバンクが存在した証拠が発見されている。もっと最近の例は、イギリスの植物園に見ることができる。 p54
*「時間がたてば、現在使われている抵抗遺伝子のいくらかは効力をなくすとわかっているからだ。抵抗性のバックアップ資源は常に必要で、それを供給する役目を担うのがジーンバンクなんだ」病理学者ラヴィ・シン p202
*スヴァーバル世界種子貯蔵庫は、遺伝子組み換えが行われた素材はひとつとして保存していないと保証する。 p204
*かつての品種を確実に保存できるのは、ジーンバンクしかない。 p206
*フランケルは、すべてのジーンバンクは、保全、安全性、将来への保障を確実にするための「ベース・コレクション」(長期保存用コレクション)と、育種家による使用を目的とした「アクティブ・コレクション」(配布用コレクション)を備えるべきだと提言した。 p54
フランケルは、保全における国際的な技術基準を制定することを提言した。・・・遺伝資源の収集、配布、管理については、全世界を網羅する政治的な合意が欠かせないと。 p55-56
*スコウマンが言う”ブラックボックス”システムとは、自国の遺伝資源を保管する能力を持たない諸国を支援するために編み出されたものだった。これは開発途上国に限ったことではなく、アメリカも含まれていた。 p71
ブラックボックス・システムによる保証は、遺伝資源を守るためにつくられたものだった。民間企業や、バイオ特許を不法に入手しようとする輩が、遺伝資源を狙っていたからである。 p72
*ノルウェーに築かれた世界のベース・コレクションである≪スヴァーバル種子貯蔵庫≫では、あらゆる種子が厳格な”ブラックボックス”の条件下で保存されている。その種子を納めた国以外、なんびとたりともボックスを開けることはできない。 p72
*データベースを、国際的なものにしながら(巨大になる)、利用しやすいものにする(小型化する)というジレンマは、未だに解決していない。 p130
*何かを達成するには、働きかけが必要だ。広報活動が要る。一般市民が要るのである。スコウマンも考えた-世界の実りを保全する戦いにも、一般市民の力が必要なのではないかと。 p198
*ベント・スコウマンは、いかなる限界をおくことにも”ノー”と言い続けた。彼にとっては、”扱いにくい”というような理由で、誰かの命を救う可能性のあるものを失うリスクを冒すのは言語道断だった。・・・・スコウマンが最も憂慮したのは、遺伝資源の私有化と企業秘密が課す制約だった。 p203
本書に、日本人研究者が出てきた。CIMMYTでトウモロコシ・コレクションのリーダーとなった田場佑俊博士とCIMMYTが財政的に破綻状態のときに所長に就任した岩永勝博士だ。また、本書には、岩手県農事試験場の稲塚権次郎氏が1930年代に開発された小麦「農林10号」に関連したエピソードも紹介されている。
この分野にも国内で活動する研究者、世界で活動している研究者が居ることを知る機会になった。
最後に、本書末尾のパラグラフを紹介しておこう。
「そして最も大事なのは、スコウマンが晩年になって信じ、やがて筆者も信じるようになった考えである-農業は、直接農業に携わらなくとも農業に真摯な関心を寄せる多数の一般市民とともにあらねばならない、ということだ。でなければわれわれは、命に関わる世界的対話の中で、自分たちの市民としての権利を放棄してしまうことになる。これは非宗教的な道徳といってもいいかもしれない。すなわち-自由であれ。見ず知らずの他人を救え。そして因果はめぐる。」
ご一読、ありがとうございます。
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本書に出てくる人名や語句と関連事項をネット検索してみた。
ベント・スコウマン → Bent Skovmand :From Wikipedia
Bent Skovmand, Seed Protector, Dies at 61 :The New York Times
By DOUGLAS MARTIN Published: February 14, 2007
IN DEDICATION TO Dr. Bent Skovmand :Annual Wheat Newsletter Vol.53
緑の革命 :ウィキペディア
ノーマン・ボーローグ :ウィキペディア
むぎ類 さび病 (宮城県)
ムギさび病 (愛知県)
2010年06月04日
小麦のサビ病菌 Ug99 に突然変異種が出現 :「地球の記録」
Ug99 - Short educational video for the general public or press
Multimedia398 | March 29, 2011 | 4:03 PM
生物の多様性に関する条約 :ウィキペディア
食料安全保障 :ウィキペディア
CIMMYT のHP
スヴァールバル世界種子貯蔵庫 :ウィキペディア
the Seed Portal of the Svalbard Global Seed Vault
'Doomsday' Seed Vault Opens :The Washington Post
Nordic Gene Resource Centre (NordGen) :ノルディック遺伝資源センター
→地球最後の日のための貯蔵庫
The International Wheat Information System
USDA Germplasm Resources Information Network
USDA National Plant Germplasm System
The Borlaug Global Rust Initiative (BGRI)
The Norman Borlaug Legacy : ISAAA
北極の「最後の審判の日・種子貯蔵庫」:為清勝彦氏の翻訳
F・ウィリアム・イングドール 2007年12月4日
21世紀の農業 植物の遺産 :米国大使館 国務省国際プログラム局のE-ジャーナル
「海外におけるイネ、コムギ、オオムギを中心とした遺伝資源機関と関連情報」
2008.8.29 鈴木睦昭氏
農業生物資源ジーンバンク
農業を支える基盤リソース-遺伝資源-
<論説>食料農業植物遺伝資源国際条約について :板倉美奈子氏
2007年-2008年の世界食料価格危機 :ウィキペディア
遺伝子組換え作物 :ウィキペディア
遺伝子組換え食品 :厚生労働省
安全性審査の手続を経た遺伝子組換え食品及び添加物一覧
厚生労働省医薬食品局食品安全部 平成24年2月15日現在
バイテク情報普及会
みんなのバイオ学園 :財団法人バイオインダストリー協会
食品の安全性と遺伝子組換え生物の将来展望に関する情報と解説
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なぜ、恐ろしいのか?世界中で小麦が生産されているとはいっても、商業ベースに乗る生産、収量の多い効率の良い小麦生産を目指し、実際に利用されている小麦の品種は数種類に限られるのが現実なのだ。もし風に乗りあるいは人や物に運ばれて菌が世界に蔓延すれば、ほぼすべての小麦が疫病に淘汰されてしまう。その結果、食料が無くなるという現実に直面することになるからだ。
それに対応するにはどうしたらよいのか?
それには、小麦の「遺伝資源」を確保しておくしか手はないという。”小麦の遺伝資源とは、何千種類という小麦の栽培品種すべて(さらには、大麦、ライ麦、小麦とライ麦の交雑種であるライ小麦も含む)、現存するそれらの祖先種、個々の環境に適応した姉妹やいとこにあたる「在来種」、そしてそれらすべての「近縁野生種」(雑草)をすべて含めたものを指す。”(p11)この遺伝資源を確保しておき、病害が発生した場合、それに対抗でき生き延びる品種を生み出すために、この「無限とも思われる遺伝子プールのどこかのメカニズム」を発見し、新たな小麦品種を生み出すこと。それが人類の存続には必要不可欠なのだ。
本書は小麦の「遺伝資源」の探索・確保・分析分類・実験・保存に一生を捧げ、ジーンバンカー(遺伝子銀行家)と称されたデンマーク人科学者、ベント・スコウマンの伝記である。
彼は、牧師の父と農家出身の母のあいだに生まれた。ミネソタ大学の「ミネソタ農業学生訓練プログラム」の訓練生となり、ミネソタ大学で学ぶ。さび病撃退ネットワークの構築を行ったエルヴィン・C・ステークマンの紹介で、「緑の革命」を主導し、1970年に応用植物学で初めてノーベル平和賞を受賞したノーマン・ボーローグ博士の面接をうけて、CIMMYTに雇われることになる。CIMMYTとは、メキシコに拠点を置く国際トウモロコシ・小麦改良センターである。
1988年から2003年まで、ベント・スコウマンがこのCIMMYTの小麦ジーンバンクを率いて世界有数の包括的な小麦遺伝資源を守り、それを増やし、分類するという地道な活動をどのようにして維持発展させていったのかを描いている。彼が築き上げた小麦コレクションを訪れた人は、「種子が消えれば、食べ物が消える。そして君もね」という辛口のウィットと箴言で迎えられたという。
スコウマンが活動した30年間は、一種の農業革命が爆発的に起こった時期に相当していた。バイオテクノローの発展、グローバル化の進展、農業生産物(特に種子)と生産プロセス(究極的には研究)の私有化と多国籍企業の台頭および特許による囲い込み、その一方で気候変動と地球温暖化が問題となる。これらがすべて同時進行していったのだ。
その渦中で、スコウマンが公的な機関の使命を明確に掲げ、世界中の諸機関、諸研究者・グループとのリンク、ネットワークを築き上げて行き、「遺伝資源」の確保・保存に尽力するプロセスを描きだしていく。
第二章では、「種子の銀行の誕生」が語られる。この伝記は、小麦の「遺伝資源」確保の戦いの歴史書にもなっている。そして、CIMMYTという組織がどのように拡大発展し、どんな変化を遂げて行ったかの記録でもある。
一方、病害に強い品種を生み出すにはどういうプロセスが必要なのかを詳細に説明してくれている。人類の生存を確保するために、人々が注目しないところで、どれほどの地道な研究が継続的に行われているかということを、本書で初めて具体的に知ることができた。まさに、「遺伝資源」確保というのは縁の下の力持ち的な役割なのだ。
スコウマンは、CIMMYTを離れた後、「ノルディック・ジーンバンク」(現在のノルディック遺伝資源センター:ノルドゲン)の所長を数年間努めた。このノルドゲンは、ノルウェーのスヴァールバル諸島にある「世界種子貯蔵庫」(通称、”地球最後の日のための貯蔵庫”)を管理している組織だ。
同施設は、2008年2月に開所した。だが、スコウマンは2007年2月にこの世を去った。
この物語は、スコウマンの伝記であり、かつ、小麦の「遺伝資源」が世界各地から「地球最後の日のための貯蔵庫」で保管されるに到るまでの長い道程の物語でもある。
スコウマンの動機はシンプルだったと翻訳者は言う。彼の動機は、「世界から飢えを一掃すること」だったのだ。「そのために、彼は自身が収集した遺伝情報をオープンにし、世界中の誰もがアクセスできるものにするという信念を持っていた。ここで生じた問題が、知的財産権との衝突だった。つまり特許を申請することで遺伝情報を私有しようとするバイオ企業との軋轢である」(p224)つまり、本書はスコウマンの視点からみた、現在のホットな問題点を抉り出した書でもあるといえる。
本書は一般市民向けの有益な啓蒙書の役割を果たすものといえる。
本書は、プロローグの後、次の8つの章で構成されている。
第1章 世界の食料を護る
第2章 種子の銀行の誕生
第3章 シードバンカー出動
第4章 辺境の畑に満ちる多様性
第5章 遺伝子組み換え作物の登場
第6章 種の遺伝子情報は誰のものか
第7章 遺伝子銀行の危機
第8章 地球最後の日のための貯蔵庫
そして、エピローグは「すべては保全されなければならない」でしめくくっている。
本書から、印象深い文章の一部であるが抜き書きしておこう。
*ようやく最大の収量をもたらす小麦の品種が作り出されたあかつきには、あらゆる農家がその品種を植えたがる。その結果、人気のある品種の子孫が小麦の遺伝子プールを席巻することになり、在来種や祖先種、さらには有益な近縁野生種である雑草までもが消滅の運命をたどる。 p18
*食料需要を継続的に満たす方法はひとつしかない。それは、高温化が進むこの新たな世紀において昔からの同じ土地からより多くの収穫が得られるよう、科学者が常に作物の品種改良を続けることだ。品種改良を可能にする多様性そのものを損なうことなくそれを行うには、新たな小麦の品種を作り出す源となる素材を集め、保存し続けることが必要になる。 p19
*(ロシアの)ヴァヴィロフは、多くの人から科学における二十世紀最大の洞察のひとつとみなされている理論を提唱した。世界で最も生物多様性に富む場所は、主要な作物の「期限の中心地」およびその周辺に集まっているというものである。 p44
*ひとくちに「多様な遺伝資源を収集し、保全する」と言っても、それは容易なしごとではない。・・・・そのためには、人間の手がまだ触れない辺境に赴く必要がある。 p224
*イラクでは、紀元前6750年というはるか昔にシードバンクが存在した証拠が発見されている。もっと最近の例は、イギリスの植物園に見ることができる。 p54
*「時間がたてば、現在使われている抵抗遺伝子のいくらかは効力をなくすとわかっているからだ。抵抗性のバックアップ資源は常に必要で、それを供給する役目を担うのがジーンバンクなんだ」病理学者ラヴィ・シン p202
*スヴァーバル世界種子貯蔵庫は、遺伝子組み換えが行われた素材はひとつとして保存していないと保証する。 p204
*かつての品種を確実に保存できるのは、ジーンバンクしかない。 p206
*フランケルは、すべてのジーンバンクは、保全、安全性、将来への保障を確実にするための「ベース・コレクション」(長期保存用コレクション)と、育種家による使用を目的とした「アクティブ・コレクション」(配布用コレクション)を備えるべきだと提言した。 p54
フランケルは、保全における国際的な技術基準を制定することを提言した。・・・遺伝資源の収集、配布、管理については、全世界を網羅する政治的な合意が欠かせないと。 p55-56
*スコウマンが言う”ブラックボックス”システムとは、自国の遺伝資源を保管する能力を持たない諸国を支援するために編み出されたものだった。これは開発途上国に限ったことではなく、アメリカも含まれていた。 p71
ブラックボックス・システムによる保証は、遺伝資源を守るためにつくられたものだった。民間企業や、バイオ特許を不法に入手しようとする輩が、遺伝資源を狙っていたからである。 p72
*ノルウェーに築かれた世界のベース・コレクションである≪スヴァーバル種子貯蔵庫≫では、あらゆる種子が厳格な”ブラックボックス”の条件下で保存されている。その種子を納めた国以外、なんびとたりともボックスを開けることはできない。 p72
*データベースを、国際的なものにしながら(巨大になる)、利用しやすいものにする(小型化する)というジレンマは、未だに解決していない。 p130
*何かを達成するには、働きかけが必要だ。広報活動が要る。一般市民が要るのである。スコウマンも考えた-世界の実りを保全する戦いにも、一般市民の力が必要なのではないかと。 p198
*ベント・スコウマンは、いかなる限界をおくことにも”ノー”と言い続けた。彼にとっては、”扱いにくい”というような理由で、誰かの命を救う可能性のあるものを失うリスクを冒すのは言語道断だった。・・・・スコウマンが最も憂慮したのは、遺伝資源の私有化と企業秘密が課す制約だった。 p203
本書に、日本人研究者が出てきた。CIMMYTでトウモロコシ・コレクションのリーダーとなった田場佑俊博士とCIMMYTが財政的に破綻状態のときに所長に就任した岩永勝博士だ。また、本書には、岩手県農事試験場の稲塚権次郎氏が1930年代に開発された小麦「農林10号」に関連したエピソードも紹介されている。
この分野にも国内で活動する研究者、世界で活動している研究者が居ることを知る機会になった。
最後に、本書末尾のパラグラフを紹介しておこう。
「そして最も大事なのは、スコウマンが晩年になって信じ、やがて筆者も信じるようになった考えである-農業は、直接農業に携わらなくとも農業に真摯な関心を寄せる多数の一般市民とともにあらねばならない、ということだ。でなければわれわれは、命に関わる世界的対話の中で、自分たちの市民としての権利を放棄してしまうことになる。これは非宗教的な道徳といってもいいかもしれない。すなわち-自由であれ。見ず知らずの他人を救え。そして因果はめぐる。」
ご一読、ありがとうございます。
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ベント・スコウマン → Bent Skovmand :From Wikipedia
Bent Skovmand, Seed Protector, Dies at 61 :The New York Times
By DOUGLAS MARTIN Published: February 14, 2007
IN DEDICATION TO Dr. Bent Skovmand :Annual Wheat Newsletter Vol.53
緑の革命 :ウィキペディア
ノーマン・ボーローグ :ウィキペディア
むぎ類 さび病 (宮城県)
ムギさび病 (愛知県)
2010年06月04日
小麦のサビ病菌 Ug99 に突然変異種が出現 :「地球の記録」
Ug99 - Short educational video for the general public or press
Multimedia398 | March 29, 2011 | 4:03 PM
生物の多様性に関する条約 :ウィキペディア
食料安全保障 :ウィキペディア
CIMMYT のHP
スヴァールバル世界種子貯蔵庫 :ウィキペディア
the Seed Portal of the Svalbard Global Seed Vault
'Doomsday' Seed Vault Opens :The Washington Post
Nordic Gene Resource Centre (NordGen) :ノルディック遺伝資源センター
→地球最後の日のための貯蔵庫
The International Wheat Information System
USDA Germplasm Resources Information Network
USDA National Plant Germplasm System
The Borlaug Global Rust Initiative (BGRI)
The Norman Borlaug Legacy : ISAAA
北極の「最後の審判の日・種子貯蔵庫」:為清勝彦氏の翻訳
F・ウィリアム・イングドール 2007年12月4日
21世紀の農業 植物の遺産 :米国大使館 国務省国際プログラム局のE-ジャーナル
「海外におけるイネ、コムギ、オオムギを中心とした遺伝資源機関と関連情報」
2008.8.29 鈴木睦昭氏
農業生物資源ジーンバンク
農業を支える基盤リソース-遺伝資源-
<論説>食料農業植物遺伝資源国際条約について :板倉美奈子氏
2007年-2008年の世界食料価格危機 :ウィキペディア
遺伝子組換え作物 :ウィキペディア
遺伝子組換え食品 :厚生労働省
安全性審査の手続を経た遺伝子組換え食品及び添加物一覧
厚生労働省医薬食品局食品安全部 平成24年2月15日現在
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