遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ねこたち 猪熊弦一郎 猫画集』  企画・編集 ilove.cat  リトルモア

2015-12-11 17:39:11 | レビュー
 最初、表紙の題名とおもしろいねこの絵に興味を惹かれ絵本かなと手に取ってみた。表紙下辺に猪熊弦一郎猫画集としてあったので、画集なのかと思った次第。絵画の美術展はよく出かける方なのだが、この画家は寡聞にして知らなかった。この本を手にとって、私には初めて出会えた画家である。
 関西に住む私は見たことがないのだが、東京の上野駅改札口の上に描かれた絵画が猪熊弦一郎の作品「自由」だという。

 奥書を見ると、香川県のJR丸亀駅前に駅前美術館として「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」が1991年に開館されているという。猪熊弦一郎は香川県高松市に生まれ、丸亀市に転居し、この地にゆかりのある画家だったようだ。その縁で、画家の全面的協力のもとにこの美術館が誕生した。画家は1993年に90歳で逝去されたので、その2年前に美術館がオープンされたことになる。画家本人より約2万点に及ぶ作品が寄贈されているようだ。

 この画集の巻末に作品リストがまとめられている。それによれば108点がこの画集としてまとめられている。
 「猫が十二匹もうちに住んでた」と画家は記す。画家宅に訪問し「動物園みたいな臭いがしましてね」と画家が記すほどの臭いに閉口したお客さんもいたようだ。

 この画集には実に様々なねこたちの姿態が描かれている。一つとして同じ猫がいないと感じる。形やタッチ、描法、画風が実に多岐にわたる。写実的に描かれた猫、一筆書きタッチの猫、太い線で描かれた猫、まるで幼稚園児が描いたという感覚の猫、猫の版画、カンヴァスに油彩で描かれた猫、カンヴァスにアクリルで描かれた猫、キュービズムで描かれた猫・・・・・実に多彩である。

 うずくまる、歩む、飛び跳ねる、振り向く、睨む、ひっくり返る、居眠る、群れる、母猫の乳房に群がる子猫たち、裸婦と猫、喧嘩する猫、びっくり眼の猫、ほんわかな猫・・・・・実にさまざま。

 本書には、著者のこんなメッセージが記されている。原文を引用しよう。
*今まで色々と沢山描かれている猫は、どうも自分には気に入らない。
 それで猫の形と色を今までの人のやらないやり方で描いてみたいと思った。
*この小さな動物を永く描いて行く事は、
 そして一つとして同じものを描かないで行く事は、至難の業である。
つまり、この猫画集はそのチャレンジの結果が企画編集されたもの。この画集の背後にはさらに何倍もの、あるいは何十倍の猫の絵が存在するのではないかな・・・・と思う。

 本書には、「ねこたち」と題した谷川俊太郎の詩が5つ、コラボレーションしている。
 本書の末尾には、画家本人のエッセイ「筆」「赤い服と猫」「猫の平和」の3つが掲載されている。画家と猫の関わり方とそのエピソードが楽しく読める。そして、このエッセイを読んで再びねこたちの絵を眺めると、また奥行きが加わる感じである。
 さらに、弟子・荒井茂雄の見た「猪熊弦一郎と猫達の暮らし」という談話が載っている。その末尾の文がおもしろい。「猫と先生は似たもの同士なのかもしれません。猫の絵を見ていると、猪熊先生そっくりだなあーって思います。分身のように感じていたのかもしれません。」
 もう一つ、学芸員(古野華奈子)の視点から「画家と猫と妻」という題でその関わりが客観的に記されていて、興味深い。この画集の良いしめくくりになっていると思う。たとえば、「彼ら(注:ねこたち)を区別なく愛し、と言っても溺愛じゃなく、どちらかと言えば少しの距離と敬愛の念をもって、彼らの様子を画家の鋭い目で観察していたことが、より一層伝わってくる。」という一文がある。

 画家自身が猫をどう見ていたか。画家の文から抽出するとこんな記述がある。
*猫は性質が人間でいえば女性の様なもので、・・・・・(略)
*犬よりもデリカシーを持っているし、強くも感じる。
*猫はどこか野生的で居て、自我をしっかり持っている動物である。

 コラボレーションの谷川俊太郎の詩を一つ、引用させてもろう。惹かれる詩だ。

    しなやか
    ひそやか
    ひややか
    たおやか
    かろやか
    したたか

    ヒトの言葉で猫に
    追いつくことが出来るだろうか

 紙やカンヴァスの上に、インク、コンテ、鉛筆、色鉛筆、墨、水彩、油彩、アクリル、版画で「ねこたち」を描き続けた画家は、「猫に 追いつくことが出来」ただろうか。この画集をあなたもパラパラと眺めてみてはいかがだろうか。
 さまざまな猫の姿が楽しい。楽しめる画集である。

 最後に画家のこの言葉を引用しておきたい。

   「愛しているものをよく絵にかくんです。
    愛しているところに美があるからなんです。」

 ご一読ありがとうございます。

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この本で出会った画家からの波紋で、画家に関連した事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
猪熊弦一郎  :ウィキペディア
MIMOCA丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 公式Twitterアカウント
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館  :「丸亀市」
  美術館巡り動画が載っていて、その中でこの美術館も紹介している。
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館  :「うどん県旅ネット」(香川県公式観光サイト)

企画展「猪熊弦一郎展 猫達」丸亀市猪熊弦一郎現代美術館にて、6 月 13 日から開催
  :「ilove.cat」
 本書に掲載されている作品が何点かこのページに掲載されている。
猪熊弦一郎展 2012年7~9月のそごう美術館のPRページ
  画家の作品6点、絵本表紙、自画像が載っている。

「私の履歴書」猪熊弦一郎 Guen Inokuma 1988年   :YouTube

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