遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  今野 敏  中公文庫

2016-04-13 10:06:04 | レビュー
 2003年2月に学研M文庫から『憑き物祓い』というタイトルで出版された作品である。それが2009年11月に『憑物(つきもの)』と改題され「祓師・鬼龍光一」をサブ・タイトルとして中公文庫に入った。第1作より一層「祓師」という言葉に直結する題名である。私の知る限り、このシリーズはこの2作目でとどまっていると思う。
 
 この第2作も前作と同じ警察小説とオカルト的な伝奇小説の融合であり、殺人事件に一層のバイオレンス要素が加味され、アクション化されたストーリー展開となっている。この小説でも、警視庁生活安全部少年一課に所属する富野輝彦巡査部長が凄惨な殺人事件の捜査活動に加わる羽目になる。そして連続して発生する殺人事件の性質から、再び祓師・鬼龍光一とコンビを組む形に進展し、そこに安倍孝景も加わってくることになる。
 鬼龍光一は、陰陽道の系統である「鬼道衆」の血筋をひく祓師。一方、鬼龍の説明では、安倍孝景は「鬼道衆」の分家筋にあたる「奥州勢」の血筋をひく祓師である。

 さて、最初の事件は渋谷のクラブ『フェロー』のダンスホールで起こった。そこは螺旋状の階段を下りた地下にあるクラブ。そのフロアに血まみれの15体の死体が転がっていた。なぜ、殺人事件現場に、捜査一課の田端課長ご指名で富野が呼び出されたのか?
 前作で富野が最終的にコンビを組んだ捜査一課の矢崎寛久刑事が事件現場に居た。矢崎は富野に言う。「クラブでガキどもが刃物振り回して殺し合ったんだ。抗争事件としか考えられないだろう。・・・・真夜中までこんな店で遊んでいるのだから、立派な非行少年だろう」と。だが、少年一課の富野の視点では、この凄惨な死体が非行少年には見えないのだった。殺人現場から離れようとした富野はふと奇妙なものに気づく。マドラーが明らかに意図的に並べられて六芒星(ろくぼうせい)が描かれていた。ダビデの星とも呼ばれる形である。富野は鑑識係員に依頼しその写真を撮っておいてもらう。

 捜査本部が渋谷署に設置され、富野は捜査本部に吸い上げられ捜査に加わることになる。田端課長は第一報を聞き、直感的に前作の連続暴行殺人事件と今回の若者たちの刃傷沙汰に似通った臭いを感じたのだ。そこで富野を予備班に組み入れ、遊軍として自由に捜査活動せようと考える。

 捜査本部ができ4日が過ぎた時点で、今度は六本木にあり、ダンスができるスナックといった感じの店『ウィッチタ』で従業員3人を含む13人が死んでいる事件が発生する。この事件も鑑識によると凶器は刃物だった。
 その現場に出向いた富野は、渋谷のクラブ『フェロー』で現場を検分していた人物をふたたびそこで見る。その男に声をかけると、その男は啓北大学医学部の八代と名乗る。凶悪犯罪が増加する中で、法医学の役割が重要になりつつある。検体を待つだけでなく、現場での遺体の状況を検分することが有益と判断して、警察に申し入れて連絡を受けているのだと彼は富野に説明した。富野は八代に興味をもつ。その八代が富野に「やり口が手慣れてきていますね」と印象を語った。
 その直後に、店の奥にあるテーブルの一つに視線を移した富野は、はっとする。3つのコースターすべてに黒いフェルトペンでの落書き、六芒星が描かれていたのだ。

 『ウイッチタ』を出た富野は、深夜にもかかわらず近辺に集まっている野次馬の中に、黒ずくめの男、鬼龍を見出した。富野は鬼龍が大量殺人の現場に現れたのは何か理由があるに違いないと思う。そこで、前回の事件で協力者となった鬼龍に六芒星のことを訪ねたのだ。鬼龍は「陰陽道系では、六芒星とは言わず、カゴメ紋といいます。誰もが恐れるのが、カゴメ紋だと言われています。それくらいに強い呪をかけることができるのです」と言う。
 
 一見全員が死ぬまで戦った様に見えるこの2つの事件は、六芒星/カゴメ紋が共通に残されていたことと、八代の意見を考慮して、捜査本部を本庁に移し合同捜査本部として新体制で取り組むことになる。
 富野は鬼龍に会わなければならないと思って高円寺のアパートに出向いていく。鬼龍は留守だったが、その近くで安倍孝景に出会う。孝景は富野に言う。カゴメ紋が関係するなら命にかかわる。特定の犯人が殺し合いをするように仕向けたのであり、誰かが呪いをかけているのだ断言するのだ。

 今度は白金6丁目、外苑西通りに面したビルの地下にあるバー『ビタースイート』で事件が起こる。6体は暴力団風、1体はバーテンダーと思われる遺体だった。その現場で、富野はちょっと洒落たライト、電球に竹で編んだ籠をかぶせたような和風ライトを見て言葉を失う。駕籠の編み目はカゴメ、つまり六芒星の形だった。八代が気づき富野に知らせたのだ。
 やはり、その現場付近に、鬼龍と安倍が来ていた。
 ここから、富野と祓師鬼龍、安倍との具体的な連携が始まって行く。捜査活動の進展と併行しながら、富野と鬼龍・安倍の行動も展開することになる。

 この小説の構成として興味深いのは、次々に発生する一見殺し合い風の殺人事件の描写及びその捜査活動を描くストーリーの流れと、何人もの人を殺していく男の心理・行動を描くストーリーの流れとの2つが交互に織り交ぜながら展開されていくところにある。その男は亡者(/外道)に取り憑かれている。その男は亡者にされたのだ。背後には親亡者が存在する。
 さらにそこにカゴメ紋という強力な呪が加わわっている。祓師たちは、これら一連の事件がはっきりとした意図を持ち、犯行場所も選ばれていると分析する。いままでの3つの事件に加えてさらに3ヵ所での同一の犯行を重ねると予測すらする。
 発生した事件の解明のための捜査活動に併せて、今後の犯行の予測という要素が加わってくるという展開の面白さがある。
 また、鬼龍が富野に対し、鬼龍と同類の霊的な力を秘めている由縁を富野の血筋に遡って説明していくのだからおもしろくなる。富野は己の秘められた力に気づいていないだけなのだと。
 さらに、鬼龍は恐ろしい予測をする。犯人は「蠱術(こじゅつ)」という呪術の一種をやろうとしているというのである。

 合同捜査本部の会議で、富野は犯行現場に共通して残された六芒星の形を踏まえ、オカルトマニアの異常な犯罪の可能性を強調する。犯行現場で六芒星を描こうとしている可能性を説明すると、現実主義の刑事たちから反発が起こる。だが、ろくな手がかりがないので、富野の説明に乗ってみると田端課長が発言する。富野の説明が的を射る方向に進展し始める。富野は田端課長から本部で情報の整理担当を指示されるのだが・・・・。

 過去3件の事件を踏まえ、これから起こりうると予測される3件の事件。その捜査活動がどう展開するかがおもしろいところである。さらに、カゴメ紋という強力な呪を使い、「蠱術」という呪術の一種を使おうとする見えない相手に対して、その脅威を知りつつ鬼龍と安倍がどう立ち向かうのか、そして秘められた能力を持つという富野がどういう働きを見せるのか、そのあたりが読ませどころとなる。
 私にとって興味深かったのは、最終局面で鬼龍が「まず、蠱術の憑物を落とす」と言って行う祓いの儀式シーンの描写である。前作までになかった祓師として行う術法の具体的なプロセス描写が出てくるからである。
 そして、このストーリーもまた、意外な展開と結末を迎える。小説ならではの展開であり、このエンターテインメントでひとときを楽しむことができるだろう。
 
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