ゼロ研修の終了後に、倉島達夫が指示を受けて取り組んだ事案がある。それが第1作『アクティブメジャーズ』(文藝春秋)である。これは私が外事警察ものを初めて読んだ作品でもあった。本書のタイトルが同類型ではないので、登場人物の主軸となる倉島達夫の名前を冒頭で読んだとき、直ぐには結びつかなかった。少し読み初めて、第1作を想起した次第。
倉島達夫、警視庁公安部外事1課所属。警察庁警備局警備企画課に置かれている係・ゼロの主管する研修帰りの公安マンである。ゼロ研修とはスパイとカウンターインテリジェンス(防諜)の訓練であり、CIAやFSBなどで養成されたエージェントに決して引けを取らない実力が養成される。公安のエースの道を歩む登竜門でもある。
その倉島が上田係長に呼ばれる。そして、公安総務課長が替わると言う話を聞かされ、倉島が外事1課所属のままで作業班に入ることになるので心の準備をしておけと告げられる。
倉島は第5係所属で、普段は、スパイ活動を監視するために、対象者を決めて、その行動確認などをするという業務に携わっている。午前中デスクワークをしていたが昼食にしようかと思っていた矢先に、同じ係の白崎敬が近づいてきてJRの駅で人身事故があったことを伝えたのだ。
死んだのがロシア人の女性で、飛び込み自殺という見方が強いが、殺しではないかと疑う向きあるという。死んだのはマリア・アントノヴナ・ソロキナ、32歳のホステスで錦糸町のロシアンパブで働いていたという。何らかの公安事案に関わっているかどうか不明だが、ロシア大使館関係の情報源にあたってみてはと示唆を受ける。
刑事から公安に移ってきた白崎の勘は馬鹿にはできないので、倉島が情報源にしている三等書記官のコソラポフに電話して、会ってみることにした。しかし、ソロキナのことをコソラポフは知らなかったようだという感触を受ける。一方、白崎が入手した現場の証言では、駅員によると自殺の兆候を見せていた風はなく、運転手もソロキナが後ろ向きにホームから落ちてきたと証言しているという。自殺者はふつう前を向いて線路に飛び込んでくるのだそうだ。 刑事事件としては事故ということで処理された。しかし、公安としてはまだ調べる余地があるかもしれないと、倉島は白崎をさそって、ソロキナの勤めていたロシアンパブに行ってみることにする。その日の午後、倉島は着任した佐久良公総課長から呼び出しを受け、口頭で作業班を命じられる。
その翌日、伊藤次郎から突然倉敷の携帯電話に着信がある。届けを受けた所轄は本気で取り扱わなかったのだが、都内の中学校の教師が、ロシア人に命を狙われているかもしれないという届け出をしているという。秋葉原駅の人身事故、つまりソロキナはロシア人の殺し屋にやられたのだと言っているという。倉島は伊藤と昼食を一緒に食おうと告げる。伊藤は公安総務課の公安管理係にいるのだった。ロシア人女性の人身事故ということから関連をチェックしていて所轄の届け出をヒットしたという。
ここから倉島の作業班の一人としての独自調査が始まる。オペレーションは全て自ら計画し、必要な要員を自ら調達して作業を開始することになる。
倉島の当面の課題は、伊藤が入手した中学校教師の訴えの内容を確認し、その教師の身の安全を確保することとロシア人の殺し屋の出現を監視し、その背景を明らかにしていくことである。一方で、改めてコソラポフと接触しソロキナ及びロシア人の殺し屋に関する手がかりを掴むことだった。
このオペレーションのために、白崎と伊藤の協力を得る。さらに倉島は安達前公総課長の指示で手掛けた事案の折に協力者として選んだ公機捜隊の片桐と彼の相棒である松島を公機捜隊長から借用する。さらには、白崎の助言を受け入れて外事1課の西本にもこのオペレーションに協力依頼をすることを決断する。オペレーションの直接の協力者は6人である。
所轄に届け出をしていた中学校教師は九条と言い35歳。モスクワ日本人学校に赴任していたことがある人物。倉島は九条に面談し、なぜロシア人殺し屋に狙われていると判断するのかという理由を聞くことから始めて行く。九条は殺し屋の名前はオレグだという。
九条の安全を確保するための監視張り込みの一方で、ソロキナの周辺の人間関係の調査を始める。そこから交友関係がかすかに姿を見せ始め、2人の男が浮かび上がってくる。
ロシア人の入国情報を入手するために、入国管理局の出入国情報分析官である若手キャリアの木村忠に倉島はコンタクトし、協力を依頼する。木村とはある政治家の資金集めのパーティで知り合っていたのである。
九条の監視を続ける一方で、九条の言ったロシア人オレグを調べ始めるが、幽霊のごとく姿を現すことがない。倉島はコソラポフに接触するが、オレグはありふれた名前である一方、そんな殺し屋が日本に来ていることはないし、来日していたら知らないはずはないと言う。
この小説は、倉島が問題意識を持って始めたこのオペレーションが倉島にとって作業班としての試金石になるということである。倉島にとって、エースの道を歩むためには、失敗は許されない。彼は困難な状況にどう立ち向かって行くのかというストーリー展開への興味と面白さである。
このストーリーの展開で興味深い点がいくつかある。
1.作業班のオペレーションがどういう風に調査態勢を形成していくものなのかという経緯を描き出していくプロセス自体への興味。
2.刑事の捜査と公安の調査の違いが描きこまれていく点。
3.倉島というエース級公安のスタンスと、彼の目に映じた協力者たち-白崎、西本、伊藤、片桐、松島、木村ーの人物像が書き込まれていく点。
4.倉島とコソラポフの会話での心理戦と互いの情報収集のプロセスが興味深い。駆け引きの面白さである。
調査が進むに従い集積された情報から倉島は、事案の枠組みについて発想の転換を迫られていく。そして意外な事実に突き当たる。一方、調査のプロセスで第二の人身事故が発生してしまう。幽霊の如き殺し屋の追跡にも落とし穴があった。さらに倉島自身が窮地に陥る羽目になる。
このストーリーはなかなかおもしろい構想の展開となっている。背景情報が少しずつ集まってくる。事案がスタートすると、ほぼ定石どおりの手順が分担毎に苦労しつつも坦々と進められていく。情報が集積され見落としていた視点、盲点に気づくことにより、急激に事態が展開し始める。意外性を組み込む構想が巧みである。殺し屋が持つミッションは2種あったのだ。そこに想定外の意外性がある。殺し屋として請け負った殺人というミッションと殺し屋自身が己のミッションとして殺人を計画していたという2種類である。
読者としての私には想像の枠を超えた展開だった。おもしろく読み終えた。
西本にゼロ研修へのお呼びがかかるという場面でこのストーリーはエンディングとなる。まさにやる気満々の意気揚々とした西本の姿が目に浮かぶ。
エースへの道をさらに一歩踏み出した倉島達夫の次のオペレーションが待ち遠しい。
外事警察ものもおもしろいと私は感じ始めている。
ご一読ありがとうございます。
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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『海に消えた神々』 双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
『鬼龍』 中公文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新5版 (62冊)
倉島達夫、警視庁公安部外事1課所属。警察庁警備局警備企画課に置かれている係・ゼロの主管する研修帰りの公安マンである。ゼロ研修とはスパイとカウンターインテリジェンス(防諜)の訓練であり、CIAやFSBなどで養成されたエージェントに決して引けを取らない実力が養成される。公安のエースの道を歩む登竜門でもある。
その倉島が上田係長に呼ばれる。そして、公安総務課長が替わると言う話を聞かされ、倉島が外事1課所属のままで作業班に入ることになるので心の準備をしておけと告げられる。
倉島は第5係所属で、普段は、スパイ活動を監視するために、対象者を決めて、その行動確認などをするという業務に携わっている。午前中デスクワークをしていたが昼食にしようかと思っていた矢先に、同じ係の白崎敬が近づいてきてJRの駅で人身事故があったことを伝えたのだ。
死んだのがロシア人の女性で、飛び込み自殺という見方が強いが、殺しではないかと疑う向きあるという。死んだのはマリア・アントノヴナ・ソロキナ、32歳のホステスで錦糸町のロシアンパブで働いていたという。何らかの公安事案に関わっているかどうか不明だが、ロシア大使館関係の情報源にあたってみてはと示唆を受ける。
刑事から公安に移ってきた白崎の勘は馬鹿にはできないので、倉島が情報源にしている三等書記官のコソラポフに電話して、会ってみることにした。しかし、ソロキナのことをコソラポフは知らなかったようだという感触を受ける。一方、白崎が入手した現場の証言では、駅員によると自殺の兆候を見せていた風はなく、運転手もソロキナが後ろ向きにホームから落ちてきたと証言しているという。自殺者はふつう前を向いて線路に飛び込んでくるのだそうだ。 刑事事件としては事故ということで処理された。しかし、公安としてはまだ調べる余地があるかもしれないと、倉島は白崎をさそって、ソロキナの勤めていたロシアンパブに行ってみることにする。その日の午後、倉島は着任した佐久良公総課長から呼び出しを受け、口頭で作業班を命じられる。
その翌日、伊藤次郎から突然倉敷の携帯電話に着信がある。届けを受けた所轄は本気で取り扱わなかったのだが、都内の中学校の教師が、ロシア人に命を狙われているかもしれないという届け出をしているという。秋葉原駅の人身事故、つまりソロキナはロシア人の殺し屋にやられたのだと言っているという。倉島は伊藤と昼食を一緒に食おうと告げる。伊藤は公安総務課の公安管理係にいるのだった。ロシア人女性の人身事故ということから関連をチェックしていて所轄の届け出をヒットしたという。
ここから倉島の作業班の一人としての独自調査が始まる。オペレーションは全て自ら計画し、必要な要員を自ら調達して作業を開始することになる。
倉島の当面の課題は、伊藤が入手した中学校教師の訴えの内容を確認し、その教師の身の安全を確保することとロシア人の殺し屋の出現を監視し、その背景を明らかにしていくことである。一方で、改めてコソラポフと接触しソロキナ及びロシア人の殺し屋に関する手がかりを掴むことだった。
このオペレーションのために、白崎と伊藤の協力を得る。さらに倉島は安達前公総課長の指示で手掛けた事案の折に協力者として選んだ公機捜隊の片桐と彼の相棒である松島を公機捜隊長から借用する。さらには、白崎の助言を受け入れて外事1課の西本にもこのオペレーションに協力依頼をすることを決断する。オペレーションの直接の協力者は6人である。
所轄に届け出をしていた中学校教師は九条と言い35歳。モスクワ日本人学校に赴任していたことがある人物。倉島は九条に面談し、なぜロシア人殺し屋に狙われていると判断するのかという理由を聞くことから始めて行く。九条は殺し屋の名前はオレグだという。
九条の安全を確保するための監視張り込みの一方で、ソロキナの周辺の人間関係の調査を始める。そこから交友関係がかすかに姿を見せ始め、2人の男が浮かび上がってくる。
ロシア人の入国情報を入手するために、入国管理局の出入国情報分析官である若手キャリアの木村忠に倉島はコンタクトし、協力を依頼する。木村とはある政治家の資金集めのパーティで知り合っていたのである。
九条の監視を続ける一方で、九条の言ったロシア人オレグを調べ始めるが、幽霊のごとく姿を現すことがない。倉島はコソラポフに接触するが、オレグはありふれた名前である一方、そんな殺し屋が日本に来ていることはないし、来日していたら知らないはずはないと言う。
この小説は、倉島が問題意識を持って始めたこのオペレーションが倉島にとって作業班としての試金石になるということである。倉島にとって、エースの道を歩むためには、失敗は許されない。彼は困難な状況にどう立ち向かって行くのかというストーリー展開への興味と面白さである。
このストーリーの展開で興味深い点がいくつかある。
1.作業班のオペレーションがどういう風に調査態勢を形成していくものなのかという経緯を描き出していくプロセス自体への興味。
2.刑事の捜査と公安の調査の違いが描きこまれていく点。
3.倉島というエース級公安のスタンスと、彼の目に映じた協力者たち-白崎、西本、伊藤、片桐、松島、木村ーの人物像が書き込まれていく点。
4.倉島とコソラポフの会話での心理戦と互いの情報収集のプロセスが興味深い。駆け引きの面白さである。
調査が進むに従い集積された情報から倉島は、事案の枠組みについて発想の転換を迫られていく。そして意外な事実に突き当たる。一方、調査のプロセスで第二の人身事故が発生してしまう。幽霊の如き殺し屋の追跡にも落とし穴があった。さらに倉島自身が窮地に陥る羽目になる。
このストーリーはなかなかおもしろい構想の展開となっている。背景情報が少しずつ集まってくる。事案がスタートすると、ほぼ定石どおりの手順が分担毎に苦労しつつも坦々と進められていく。情報が集積され見落としていた視点、盲点に気づくことにより、急激に事態が展開し始める。意外性を組み込む構想が巧みである。殺し屋が持つミッションは2種あったのだ。そこに想定外の意外性がある。殺し屋として請け負った殺人というミッションと殺し屋自身が己のミッションとして殺人を計画していたという2種類である。
読者としての私には想像の枠を超えた展開だった。おもしろく読み終えた。
西本にゼロ研修へのお呼びがかかるという場面でこのストーリーはエンディングとなる。まさにやる気満々の意気揚々とした西本の姿が目に浮かぶ。
エースへの道をさらに一歩踏み出した倉島達夫の次のオペレーションが待ち遠しい。
外事警察ものもおもしろいと私は感じ始めている。
ご一読ありがとうございます。
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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『海に消えた神々』 双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』 中公文庫
『鬼龍』 中公文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新5版 (62冊)