「歴史は勝者が記したもの」という意味のフレーズを見聞したことがある。勝者は己を合理化し正当化するために、己にとって都合の良い事実の側面を取り上げて歴史を書き記すというものである。都合の悪い部分は、無視する、隠蔽する、抹殺するという次第だ。敗者の記したものは残らない。残させないということにも繋がるのだろう。
公式の歴史は、その歴史を書き残す側に「不都合な事実」を記さないのは、ある意味で当然の感覚であり、自然な心理の働きかもしれない。書かないことによって、知らしめないのである。だが、「不都合な事実」の痕跡が100%削除、抹消しきれるものではない。どこかに、何らかの形でその片鱗が残されいく。偶然に残るものもあれば、見た目を分からなくして意図的に痕跡を残すものもあるだろう。それに気づく人は、ほんの一握りの人々にしかすぎない。それ故に、マイナーなままで埋もれる。あるいは、知っている人々が居ても、何らかの理由・事情で表には出さない。そんなこともあるだろう。
本書は普通に歴史として記されている、あるいはそうだと理解されている「幕末維新」の「歴史事実」のあるポイントに「疑問」という鍬を振り上げて、「不都合な事実」をせっせと掘り起こし、掘り下げて、「論理」で耕して、「禁断」の「実」を稔らせていく。そして「禁断」の「花」を開かせている。そのアプローチの仕方が読ませどころである。
副題として2つのフレーズが記されている。その一つは「擬装日本史」。つまり、現在、正史的に語られてる幕末維新史は、著者に言わせれば「擬装」された日本史だと宣言していることになる。つまり、真っ向から対立する「不都合な事実」を問題提起し、仮説を建てていく。著者は「まえがき」で、「最新の視点をもって、最新の事実を吟味して描いたのが本書だ」と力説する。「正史」とされている「歴史」の内容を覆す加治史観がここに躍動している。その語る内容に対し即座に荒唐無稽と即座に論じる人も出てくるだろう。
もう一つの副題が、「封印された写真編」である。著者は「フルベッキ写真 46人撮り」の1枚を原点にして、そこに鍬を振るい、疑問を掘り下げていく。誰も触れない「疑問」の謎解きが始まっていく。「不都合な事実」が明らかになっていく。実に興味深い。繰り返しになるが、「不都合な事実」とは、その時点の勝者の側、時の為政者の側にとっての認識「事実」を意味する。勿論それが真に「事実」であるかが、大いに問題となる訳であるが。
本書のタイトルに惹かれて、手に取り表紙を見た。そこにこのフルベッキ写真が載っている。それでますます読んで見る気になった。といのも、2015年11月末頃に、斎藤充功著『「フルベッキ写真」の暗号』(学研)をこの写真がきっかけで読んでいたのである。この書についての読後印象記はこちらからご一読いただけるとうれしい。
ここで、おもしろいことに気づいた。同じ1枚の写真に対する両著者の分析と掘り下げ方がかなり違う。そして導かれた結論が真逆である点である。両著書においては、フルベッキ写真の関連だけが対比的に読める部分であり、その他は両著者により検証される対象分野が異なっているという点はまず付記しておきたい。少なくとも、両書を読むと、歴史を分析的に読み解くというために、役立つのは間違いない。
そこで、対立する部分の結論を記しておく。
斎藤氏は、フルベッキ写真の分析から、明治天皇すり替え説、孝明天皇暗殺説は諸検証の結果成立しないと結論づける。
一方、加治史観での検証・論証は、薩長藩を主体とした倒幕維新という政治的な動きの中で、孝明天皇は暗殺された。そして、北朝系の孝明天皇のひ弱な子で皇位を継承した睦仁親王は、南朝系の子孫とみなされる「大室寅之祐」にすり替えたのだと結論づけているそして、このすり替えの隠蔽工作がすべてに関係していくと例証している(第2章)。勿論、著者はフルベッキ写真を軸としながら、様々の「不都合な事実」を引き出し、加治史観で合理的に筋道立てているといえる。
両書を読み比べると、歴史の受け止め方がますますおもしろくなると思う。いわゆる「正史」に距離を置いて、一度考え直してみるという歴史観を磨く材料にはなるだろう。
本書において著者が主張する各結論を箇条書きにしておく。その検証、論証プロセスこそが、「正史」に「疑問」という鍬を振るい事実を掘り起こす姿勢で、自分なりに考え学ぶための糧になるからである。
これらの主張点に対し、なぜ? まさか? ホント? と感じられたら、本書を手にとってみるとよい。一種奇想天外な発想のような気もする一方で、「正史」が語らない秘められた部分、あるいは光の当てられることのなかった「不都合な事実」も垣間見えて、興味が尽きない。耕された結果、読者にとって考える材料がゴロゴロと出て来ているといえる。
本書を構成する章のタイトル、著者の主張する仮説、一方我々凡人が知る・知らされている定説を簡略に以下でご紹介する。
第1章 坂本龍馬暗殺の真犯人は目の前の男だった!?
龍馬を暗殺したのは、龍馬を説得できなかった中岡慎太郎である。
[定説] 討幕運動の中心人物として新撰組や京都見廻組などの幕府勢力に暗殺された。
第2章 北朝から南朝へ明治天皇はすり替えられた?
明治天皇=睦仁親王ではない。根強い南朝崇拝思想のもとに、大室寅之祐にすり替えられた。
急死したとされる孝明天皇は、倒幕維新の障害となるので暗殺された。
[定説] 急死した孝明天皇の子・睦仁親王が皇位を継承し、明治国家の先頭に立った。
第3章 実物とは異なる西郷隆盛の肖像が広められた真相
著者が特定した西郷隆盛と大室寅之祐が一緒に写るフルベッキ写真をこの世から抹殺するためであり、天皇すり替えの隠蔽工作を徹底する必要に迫られたからである。
「定説] 西郷隆盛の顔写真は、教科書にも載っている。太い眉、迫力のある大きな瞳。精悍な中に優しさの漂う面立ち。
⇒ 著者は、明治政府お抱えのイタリア人・彫刻師が西郷従道と大山巌の二人から合成した肖像画だと論じている。
第4章 皇女・和宮のすべては抹殺!!
和宮は周囲に利用され、翻弄され続け、最後は暗殺された悲劇の皇女である。
ただし、徳川に嫁いだあと、家茂との夫婦仲はよかったと言われている。
暗殺の時期を隠蔽するためにも、替え玉の和宮が複数名利用された。
明治以降の和宮の足跡-記録、史料、証言などがほとんどない。
[定説] 朝廷と徳川幕府の公武合体の象徴として、和宮は政略結婚させられた。
第5章 出口王仁三郎は有栖川宮のご落胤ゆえに弾圧!?
出口王仁三郎は、カリスマ性を持つ教祖である。「世界連邦」の推進という桁はずれの夢を描いた人物だが、背景には、有栖川宮熾仁親王の落胤という出自が公然の秘密となっていた。北朝の血脈につながる人という位置づけとなる。海軍の熱狂的支持を受けたことが、政治的対立に巻き込まれることにもなる。
[定説] 出口なおから大本(大本教)を継承した教祖出口王仁三郎は、そのカリスマ性と派手なパフォーマンスをとり入れた斬新な布教戦略をおこなった。各界名士が次々に入信し、巨大な新興宗教が形成された。政府は、大本に2度の弾圧を加え、教団を壊滅的にした。世に大本事件と呼ばれている。
つまり著者は、龍馬暗殺の真相の隠蔽は、明治政府の中核となる人々の口裏合わせと隠蔽工作体質にあるとする。倒幕による政権樹立、維新達成のために天皇すり替えを実行し、その事実を隠蔽するという画策のために、西郷隆盛、和宮を巻き込んで行った。更には隠蔽工作の徹底の上で、出口王仁三郎の教団の巨大化を阻止する必然性に繋がっていくのであると説く。
異なる次元での事象と思っていた事態・事件が、加治史観の下では、見事に密接な関連性を持つ事象として繋がって見え始めるという展開プロセスは、一種スリリングですらある。
奇想天外なところがあるが、不都合な事実を列挙されると、荒唐無稽と笑って捨て去ることができない局面を提示している。実におもしろい論調である。
考える材料が数多く、ボンと投げ出されている。加治史観の読み解き方を踏まえ、一方、斎藤氏の分析と論理展開を参考にして、どう考えて行けばよいか?
まずは、知らない事実、知らされていない事実、知られると不都合な事実が、歴史の裏には一杯あるという理解から、出発することが必要だ。そのことを自覚するのにも役立つ書といえる。
この書の内容は、歴史学者なら、仮に個別の事実について研究上で知り得た情報であろうとも、あるいは学者にとっての既知情報があるとしても、絶対に書かない対象だろうとも思う。それ故に、知らされていない不都合な事実、事実史料として存在しても手がつけられずそのままひっそりと置かれる事実などの提供ソースという価値がある。
著者が発掘したとする様々な傍証情報を組み合わせて、事実の読み解き方、解釈の視点を変えてみるという興味深さとおもしろさに溢れているとも言える。
その提供された「不都合な事実」が、真に「事実」なのかから考える必要があるけれど、読者にとっては歴史に対する思考材料が広がることは事実である。
ご一読ありがとうございます。
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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本書からの波紋で、検索した事項を一覧にしておきたい。(斎藤書で列挙の項目を含む
フルベッキ群像写真 :ウィキペディア
グイド・フルベッキ :ウィキペディア
フルベッキ写真の考察 :「舎人学校」
「フルベッキ写真」に関する調査結果(慶應義塾大学 高橋信一氏)を掲載。
フルベッキ写真の真偽 :「フルベッキ写真」
写真の人物名を同定したとされている内容を併せて併載紹介しているページ
中岡慎太郎館 公式サイト
中岡慎太郎 :「コトバンク」
和宮親子内親王 :ウィキペディア
皇女和宮の埋蔵のナゾに迫る :「なんでも保管庫2」
和宮[和宮親子内親王]公武合体の象徴とされた皇女 :「幕末・維新風雲伝」
皇女和宮の死因は急性心筋梗塞 石岡荘十 :「杜父魚ブログ」
【謎】写真を1枚も残さなかった西郷隆盛の本当の顔 :「ニホンシログ」
▲裏・歴史▼ 西郷隆盛の顔は合成!発見された本当の顔! :YouTube
西郷隆盛像 :ウィキペディア
霊界物語発表九十周年記念企画 大本事件を起こしたのは誰か、 そしてなぜか
:「出口王仁三郎の色鉛筆 出口王仁三郎大学」
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公式の歴史は、その歴史を書き残す側に「不都合な事実」を記さないのは、ある意味で当然の感覚であり、自然な心理の働きかもしれない。書かないことによって、知らしめないのである。だが、「不都合な事実」の痕跡が100%削除、抹消しきれるものではない。どこかに、何らかの形でその片鱗が残されいく。偶然に残るものもあれば、見た目を分からなくして意図的に痕跡を残すものもあるだろう。それに気づく人は、ほんの一握りの人々にしかすぎない。それ故に、マイナーなままで埋もれる。あるいは、知っている人々が居ても、何らかの理由・事情で表には出さない。そんなこともあるだろう。
本書は普通に歴史として記されている、あるいはそうだと理解されている「幕末維新」の「歴史事実」のあるポイントに「疑問」という鍬を振り上げて、「不都合な事実」をせっせと掘り起こし、掘り下げて、「論理」で耕して、「禁断」の「実」を稔らせていく。そして「禁断」の「花」を開かせている。そのアプローチの仕方が読ませどころである。
副題として2つのフレーズが記されている。その一つは「擬装日本史」。つまり、現在、正史的に語られてる幕末維新史は、著者に言わせれば「擬装」された日本史だと宣言していることになる。つまり、真っ向から対立する「不都合な事実」を問題提起し、仮説を建てていく。著者は「まえがき」で、「最新の視点をもって、最新の事実を吟味して描いたのが本書だ」と力説する。「正史」とされている「歴史」の内容を覆す加治史観がここに躍動している。その語る内容に対し即座に荒唐無稽と即座に論じる人も出てくるだろう。
もう一つの副題が、「封印された写真編」である。著者は「フルベッキ写真 46人撮り」の1枚を原点にして、そこに鍬を振るい、疑問を掘り下げていく。誰も触れない「疑問」の謎解きが始まっていく。「不都合な事実」が明らかになっていく。実に興味深い。繰り返しになるが、「不都合な事実」とは、その時点の勝者の側、時の為政者の側にとっての認識「事実」を意味する。勿論それが真に「事実」であるかが、大いに問題となる訳であるが。
本書のタイトルに惹かれて、手に取り表紙を見た。そこにこのフルベッキ写真が載っている。それでますます読んで見る気になった。といのも、2015年11月末頃に、斎藤充功著『「フルベッキ写真」の暗号』(学研)をこの写真がきっかけで読んでいたのである。この書についての読後印象記はこちらからご一読いただけるとうれしい。
ここで、おもしろいことに気づいた。同じ1枚の写真に対する両著者の分析と掘り下げ方がかなり違う。そして導かれた結論が真逆である点である。両著書においては、フルベッキ写真の関連だけが対比的に読める部分であり、その他は両著者により検証される対象分野が異なっているという点はまず付記しておきたい。少なくとも、両書を読むと、歴史を分析的に読み解くというために、役立つのは間違いない。
そこで、対立する部分の結論を記しておく。
斎藤氏は、フルベッキ写真の分析から、明治天皇すり替え説、孝明天皇暗殺説は諸検証の結果成立しないと結論づける。
一方、加治史観での検証・論証は、薩長藩を主体とした倒幕維新という政治的な動きの中で、孝明天皇は暗殺された。そして、北朝系の孝明天皇のひ弱な子で皇位を継承した睦仁親王は、南朝系の子孫とみなされる「大室寅之祐」にすり替えたのだと結論づけているそして、このすり替えの隠蔽工作がすべてに関係していくと例証している(第2章)。勿論、著者はフルベッキ写真を軸としながら、様々の「不都合な事実」を引き出し、加治史観で合理的に筋道立てているといえる。
両書を読み比べると、歴史の受け止め方がますますおもしろくなると思う。いわゆる「正史」に距離を置いて、一度考え直してみるという歴史観を磨く材料にはなるだろう。
本書において著者が主張する各結論を箇条書きにしておく。その検証、論証プロセスこそが、「正史」に「疑問」という鍬を振るい事実を掘り起こす姿勢で、自分なりに考え学ぶための糧になるからである。
これらの主張点に対し、なぜ? まさか? ホント? と感じられたら、本書を手にとってみるとよい。一種奇想天外な発想のような気もする一方で、「正史」が語らない秘められた部分、あるいは光の当てられることのなかった「不都合な事実」も垣間見えて、興味が尽きない。耕された結果、読者にとって考える材料がゴロゴロと出て来ているといえる。
本書を構成する章のタイトル、著者の主張する仮説、一方我々凡人が知る・知らされている定説を簡略に以下でご紹介する。
第1章 坂本龍馬暗殺の真犯人は目の前の男だった!?
龍馬を暗殺したのは、龍馬を説得できなかった中岡慎太郎である。
[定説] 討幕運動の中心人物として新撰組や京都見廻組などの幕府勢力に暗殺された。
第2章 北朝から南朝へ明治天皇はすり替えられた?
明治天皇=睦仁親王ではない。根強い南朝崇拝思想のもとに、大室寅之祐にすり替えられた。
急死したとされる孝明天皇は、倒幕維新の障害となるので暗殺された。
[定説] 急死した孝明天皇の子・睦仁親王が皇位を継承し、明治国家の先頭に立った。
第3章 実物とは異なる西郷隆盛の肖像が広められた真相
著者が特定した西郷隆盛と大室寅之祐が一緒に写るフルベッキ写真をこの世から抹殺するためであり、天皇すり替えの隠蔽工作を徹底する必要に迫られたからである。
「定説] 西郷隆盛の顔写真は、教科書にも載っている。太い眉、迫力のある大きな瞳。精悍な中に優しさの漂う面立ち。
⇒ 著者は、明治政府お抱えのイタリア人・彫刻師が西郷従道と大山巌の二人から合成した肖像画だと論じている。
第4章 皇女・和宮のすべては抹殺!!
和宮は周囲に利用され、翻弄され続け、最後は暗殺された悲劇の皇女である。
ただし、徳川に嫁いだあと、家茂との夫婦仲はよかったと言われている。
暗殺の時期を隠蔽するためにも、替え玉の和宮が複数名利用された。
明治以降の和宮の足跡-記録、史料、証言などがほとんどない。
[定説] 朝廷と徳川幕府の公武合体の象徴として、和宮は政略結婚させられた。
第5章 出口王仁三郎は有栖川宮のご落胤ゆえに弾圧!?
出口王仁三郎は、カリスマ性を持つ教祖である。「世界連邦」の推進という桁はずれの夢を描いた人物だが、背景には、有栖川宮熾仁親王の落胤という出自が公然の秘密となっていた。北朝の血脈につながる人という位置づけとなる。海軍の熱狂的支持を受けたことが、政治的対立に巻き込まれることにもなる。
[定説] 出口なおから大本(大本教)を継承した教祖出口王仁三郎は、そのカリスマ性と派手なパフォーマンスをとり入れた斬新な布教戦略をおこなった。各界名士が次々に入信し、巨大な新興宗教が形成された。政府は、大本に2度の弾圧を加え、教団を壊滅的にした。世に大本事件と呼ばれている。
つまり著者は、龍馬暗殺の真相の隠蔽は、明治政府の中核となる人々の口裏合わせと隠蔽工作体質にあるとする。倒幕による政権樹立、維新達成のために天皇すり替えを実行し、その事実を隠蔽するという画策のために、西郷隆盛、和宮を巻き込んで行った。更には隠蔽工作の徹底の上で、出口王仁三郎の教団の巨大化を阻止する必然性に繋がっていくのであると説く。
異なる次元での事象と思っていた事態・事件が、加治史観の下では、見事に密接な関連性を持つ事象として繋がって見え始めるという展開プロセスは、一種スリリングですらある。
奇想天外なところがあるが、不都合な事実を列挙されると、荒唐無稽と笑って捨て去ることができない局面を提示している。実におもしろい論調である。
考える材料が数多く、ボンと投げ出されている。加治史観の読み解き方を踏まえ、一方、斎藤氏の分析と論理展開を参考にして、どう考えて行けばよいか?
まずは、知らない事実、知らされていない事実、知られると不都合な事実が、歴史の裏には一杯あるという理解から、出発することが必要だ。そのことを自覚するのにも役立つ書といえる。
この書の内容は、歴史学者なら、仮に個別の事実について研究上で知り得た情報であろうとも、あるいは学者にとっての既知情報があるとしても、絶対に書かない対象だろうとも思う。それ故に、知らされていない不都合な事実、事実史料として存在しても手がつけられずそのままひっそりと置かれる事実などの提供ソースという価値がある。
著者が発掘したとする様々な傍証情報を組み合わせて、事実の読み解き方、解釈の視点を変えてみるという興味深さとおもしろさに溢れているとも言える。
その提供された「不都合な事実」が、真に「事実」なのかから考える必要があるけれど、読者にとっては歴史に対する思考材料が広がることは事実である。
ご一読ありがとうございます。
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フルベッキ群像写真 :ウィキペディア
グイド・フルベッキ :ウィキペディア
フルベッキ写真の考察 :「舎人学校」
「フルベッキ写真」に関する調査結果(慶應義塾大学 高橋信一氏)を掲載。
フルベッキ写真の真偽 :「フルベッキ写真」
写真の人物名を同定したとされている内容を併せて併載紹介しているページ
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和宮親子内親王 :ウィキペディア
皇女和宮の埋蔵のナゾに迫る :「なんでも保管庫2」
和宮[和宮親子内親王]公武合体の象徴とされた皇女 :「幕末・維新風雲伝」
皇女和宮の死因は急性心筋梗塞 石岡荘十 :「杜父魚ブログ」
【謎】写真を1枚も残さなかった西郷隆盛の本当の顔 :「ニホンシログ」
▲裏・歴史▼ 西郷隆盛の顔は合成!発見された本当の顔! :YouTube
西郷隆盛像 :ウィキペディア
霊界物語発表九十周年記念企画 大本事件を起こしたのは誰か、 そしてなぜか
:「出口王仁三郎の色鉛筆 出口王仁三郎大学」
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