遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『奈良で学ぶ寺院建築入門』  海野 聡  集英社新書

2022-03-28 17:42:47 | レビュー
 新聞の出版広告で本書のタイトルを目にした。
   
 この帯のキャッチフレーズにまず惹きつけられた。「唐招提寺、薬師寺、興福寺、東大寺 この四寺で古建築が理解できる!」唐招提寺と薬師寺は幾度か訪れている。興福寺は奈良国立博物館に行く時の通り道。東大寺は奈良博での展示を見た後、散策に立ち寄ることが多い。長らく四寺の仏像群に関心が強く、建造物自体をそれほど深く考えていなかった。近年になって建造物自体に関心が広がってきていた。訪れる頻度が京都についで高い奈良の寺院建築について、古建築の視点で理解を深める一助になると思い、早速読んでみた。
 本書は、2022年2月22日に刊行されている。意識的に2尽くしの発行日が選ばれたのだろうか。出版が何時だったか確認してみて、気づいた。

 「まえがき」の冒頭で、著者は「寺院建築には隠された『デザインコード』や『仕掛け』が多く存在するのです」という。この視点でみれば、日本の寺院建築を深く読み解くカギを得ることになるという。建造物の外観や内部を眺めて、全体の力強さや造形美に感じ入るという感激次元から一歩踏み込み、建造物自体を鑑賞するカギを得ることは、古寺探訪の魅力を倍増することになる。
 読後の感想は、この新書を携えて、まずは、唐招提寺、薬師寺、興福寺、東大寺の四寺を訪れ直し、それぞれの寺院建築の必要箇所でガイドブックとして該当ページを部分読みしてみようかな・・・・である。この四寺を4章構成でそれぞれ解説してくれている。

 「第1章 鑑真の終のすみか 唐招提寺」を事例にご紹介してみよう。章見出しのページには、伽藍配置図が載っている。著者は唐招提寺の建築物を順番にガイドしていく感じで、説明を展開していく。導入として唐招提寺の歴史のアウトラインを説明する。そして言う。「寺院に入る前から、建築に向き合う準備は始まっています」(p47)。つづけて「それぞれの建物が『寺院のどこにあるか』ということも重要なのです」と。最初に伽藍配置図が載せてある意図がつながって来る。
 そして、塔と金堂の位置関係から何がわかるかに注意を向けさせる。ここでは、四天王寺・法隆寺・薬師寺・興福寺の伽藍配置図と対比しつつ解説を加えている。
 「金堂・講堂」をまず説明する。写真と図解が適所に配されているのでわかりやすい。参考にここでの小見出しを列挙しよう。<大きな屋根と軒の出> <中国風と日本風の違いはどこからくるか?> <吹放しの金堂正面> <桁行七間・梁間四間が金堂の基本> <細部からも分かる格式差> <未来につむぐメンテナンス> <講堂の履歴書> <中備の秘密> <移築された講堂> という具合である。これらから金堂と講堂という建物をどのような視点からガイドしているかの一端がイメージできるのではないだろうか。
 あなたが唐招提寺を既に訪れていたなら、こんな視点で建物をご覧になっていただろうか。
 つまり、この小見出しは、読者自身が一歩深く知りたい箇所について、現地に立ち、部分再読し、理解を深めるのに役立つインデックスになるだろう。
 この章では引き続き「鼓楼・礼堂・僧房」のガイドに移っていく。
 まあ、こんな流れで唐招提寺の建築が解説されている。

 本書には「入門」という言葉が付いている。各寺院の建物すべてをガイドしている訳ではない。現存する伽藍の中から取捨選択がなされている。第2章以降でガイドされている建物は以下の範囲である。
第2章 移された白鳳、薬師寺 東塔
第3章 遷都始動、興福寺   北円堂、南円堂、五重塔、三重塔、東金堂
第4章 聖武天皇の夢、東大寺 南大門、中門、転害門、大仏殿、鐘楼、法華堂
              二月堂、大湯屋、東塔跡・講堂跡・食堂跡、正倉院正倉
入門書としてはこれだけでも充分といえよう。

 4章構成の各論に入る前に、「序章 寺々の建築と向き合う」がある。
 ここでは、寺院建築入門者向けに、古建築に向き合うための基礎知識が図解付きで解説されている。日本の寺院建築用語に馴染みのない人でも敷居が高くなくて、すんなり入って行けると思う。
 なぜ、著者は奈良を選んだのか。「奈良には奈良時代以来の各時代の建築が多く残っています。まさに奈良は古建築を知る絶好の地なのです。」(p17)と答えている。
 建築は、常に重力の拘束を受ける。重力との闘いの中で、木造建築の「基本構造」が確立されてきた。技術は発展してきたがその基本構造は同じであり、古代建築は構造がシンプルなので、寺院建築を理解するのに適している。それ故、奈良の古代建築が最良のテキストになってくれると著者は論じる。この後、20ページというボリュームではあるが、図解付きで、木造建築の「基本構造」を理解するための解説が加えられている。この部分を読むだけでも、寺院建築を見るカギを手にすることになるだろう。

 例えば、私が手許で常用する『図説 歴史散歩事典』(監修・井上光貞 山川出版社)にも「建物の部分構造」と題して、構造と用語が図解付きで説明されている。事典なので、用語説明という形の列挙による詳述である。用語を認識し熟知するのに役だっている。
 一方、本書の序章では、基本構造の説明と用語は勿論同じなのだが、基本要素(パーツ)である用語が、基本構造の中でどのように関係して組み込まれているかを順に説明されていく。その点で基本構造の理解がしやすかった。私にとっては、両書の相乗効果が出て来たと思う。
 上記同様、この序章の小見出しも列挙しておこう。基本構造の説明に対するイメージが湧きやすいかもしれない。
<「柱・梁・棟木・垂木」のセットが基本構造> <建築の基本構造と平面の拡大> <屋根形状と柱配置> <組物①手先の出ない組物> <組物②手先の出る組物> <平三斗と三手先の比較> と説明が展開されていく。
 
 序章の末尾を引用する。「部材一つひとつをひも解いていくことで、作り手がどのように考え、工夫を凝らしたかを知ることができます。いわば、古建築を通した過去の技術者との対話で、心が通じ合う瞬間です。そのときには寺院建築を深く理解し、鑑賞の魅力にとりつかれていることでしょう。」(p42)

 寺院建築の基本構造がまず一般読者に分かりやすく説明されていて、それを前提として、4つの寺それぞれの主要な建物を順次巡る形で説明を加えていくガイドスタイルになっている。読みやすい。
 「まえがき」で、著者は「古建築は学ぶより、現地で実見して感じ取るべし」と結論づけている。本書を携えて行けば、実見して感じ取る際に、一歩踏み込むためのガイドブックとして役立つと言える。さて、次の機会には本書を持って出かけて行こう。

 お読みいただきありがとうございます。

本書からの関心の波紋によりネット検索して得た事項を一覧にしておきたい。
唐招提寺  ホームページ
法相宗大本山 薬師寺 公式サイト
法相宗大本山 興福寺 ホームページ
華厳宗大本山 東大寺 公式ホームページ
寺院の内部構造・柱組の名称  :「社寺建築の豆知識」
日本建築史①(寺院建築の起源・伽藍配置)  YouTube
日本建築史② 寺院建築の構造  YouTube
日本建築史③ 平面の表し方、裳階のはなし  YouTube
日本建築史④ 野屋根の話  YouTube
日本建築史⑥ 大仏様建築  YouTube
日本建築画像大系 【宮大工 西岡常一の世界】原作:高村武次  YouTube
寺社建築文化財の探訪 [TIAS]  ホームページ
寺社建築用語集 あ行 [寺社の基礎知識] :「甲信寺社宝鑑」

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