「感動する話 親父の弁当」
というエッセイを読んだ。
涙腺が崩壊する方も多いのでは、と思う。
この「弁当を捨てた」少年の話で
思い出したことがある。
中学の時、同級生だった男子。
仮にAくんとさせて頂く。
Aくんは、いわゆる「不良」と呼ばれるグループに属していた。
教師に反抗したり、警察のごやっかいになることもあったと聞く。
不良といっても、おそらく今の中高生に比べれば
かわいらしいものだったと思える。
しかし、Aくんは
とても頭の回転の速い少年だった。
授業中、教師に反抗するのはしょっちゅうだったが
その反抗のしかたも、ただ食ってかかるというふうではなく
まわりが笑ってしまうような、彼特有の言い回しだった。
不真面目な生徒には違いなかったが
勉強はよくできたと記憶している。
「真面目に勉強すれば、もっといい成績とれるのに、もったいない」
同級生たちはAくんのことをそう評していた。
よくクラスの生徒をからかって楽しんでいたが
「いじめ」という陰湿なものではなく
ほんとに「からかって」いた。
でも、デブとかブスとか、外見をからかうことはしなかった。
私もよく彼にからかわれたものだが
本人がコンプレックスにしていることは言わない人だったので
いやだと思ったことはなかった。
あれは秋頃だっただろうか。
高校受験が間近に迫り
クラスの中も、少しづつ緊張の色合いが濃くなってきた頃。
私の中学は給食ではなく、弁当持参だった。
地元の食料品店が、ヤマザキパンなどの製パンを校庭に販売しにきてくれたので
弁当を持ってこられない場合は、そのパンを購入することができた。
まだコンビニなどない時代。
母親のいなかった私も、よくお世話になっていた。
昼食の時間になり
いつものように、クラスの生徒たちが
仲の良い友達同士で集まって
弁当やパンを食べていた。
その時、教室の後ろで「バシッ」と言う音がした。
みんなは驚いて音の方に注目した。
後ろの壁に
ごはんの固まりがへばりついていた。
Aくんが、自分の弁当のごはんを投げつけたのだった。
「あーあ、こんなもん入れやがって~」
そう言いながら、Aくんは弁当箱の中身を次々に投げつけて行った。
ごはん。おかず。
バシッ、バシッと言う音が響き渡る。
Aくん以外、誰ひとり無言だった。
変に口出しして、災いが降りかかるのは嫌だったからだろう。
もうすぐ受験だし、ケガでもさせられたら…。
ケンカになって、内申書の評定が悪くなったら…。
ドラマのように、つかつかと寄っていって注意する生徒はいなかった。
その日から毎日、Aくんは弁当の中身を壁に投げつけた。
弁当を投げつける時の罵声で
弁当を作っているのは彼のおばあさんだと言うことがわかった。
「ばあちゃん、『今頃、弁当たべてるかな』とか思ってるんやろーなー。
ところがどっこい、こっちは捨てとるんじゃ!」
そう言いながら卵焼きを投げつけるAくん。
私と一緒に食べている友達が小さな声で
「なんで、作ってもらったお弁当をあんなことするんやろ。
おばあさん、かわいそうやん…。
捨てるんやったら、最初から『いらん』って断ったらええのに」。
みんなそう思ってただろう。
だけど誰も彼に注意しなかった。
そのうち、Aくんの仲間が便乗して
校庭で買ってきたカップラーメンの中身を投げつけるようになった。
さすがに教師が気づいたのだろう。
指導が入ったのかどうか記憶が曖昧だが
カップラーメンが投げられたあたりから
Aくんの弁当投げもなくなった。
そんなAくんだから
テストの点は良くても
内申書の評定はとても悪かったようだった。
噂によると、学区内でも優秀な進学校を希望していたのだが
あまりに内申が悪いので、あきらめるように担任に諭されたのだと。
Aくんは私立の高校に進学し
その後、卒業したのかどうかは知らない。
だが、ふと思い出すことがある。
彼はなぜ弁当を投げ捨てていたのだろうか。
家庭の不和?
受験への苛立ち?
思春期特有のジレンマ?
単にわがままだった?
答えの出ない問いを
ふと思い出すことがある。
人生の半分以上を過ぎた今
彼はあの時のことをどう思い起こしているのだろうか。
感動する話のあとに
後味の悪い話ですみません。
というエッセイを読んだ。
涙腺が崩壊する方も多いのでは、と思う。
この「弁当を捨てた」少年の話で
思い出したことがある。
中学の時、同級生だった男子。
仮にAくんとさせて頂く。
Aくんは、いわゆる「不良」と呼ばれるグループに属していた。
教師に反抗したり、警察のごやっかいになることもあったと聞く。
不良といっても、おそらく今の中高生に比べれば
かわいらしいものだったと思える。
しかし、Aくんは
とても頭の回転の速い少年だった。
授業中、教師に反抗するのはしょっちゅうだったが
その反抗のしかたも、ただ食ってかかるというふうではなく
まわりが笑ってしまうような、彼特有の言い回しだった。
不真面目な生徒には違いなかったが
勉強はよくできたと記憶している。
「真面目に勉強すれば、もっといい成績とれるのに、もったいない」
同級生たちはAくんのことをそう評していた。
よくクラスの生徒をからかって楽しんでいたが
「いじめ」という陰湿なものではなく
ほんとに「からかって」いた。
でも、デブとかブスとか、外見をからかうことはしなかった。
私もよく彼にからかわれたものだが
本人がコンプレックスにしていることは言わない人だったので
いやだと思ったことはなかった。
あれは秋頃だっただろうか。
高校受験が間近に迫り
クラスの中も、少しづつ緊張の色合いが濃くなってきた頃。
私の中学は給食ではなく、弁当持参だった。
地元の食料品店が、ヤマザキパンなどの製パンを校庭に販売しにきてくれたので
弁当を持ってこられない場合は、そのパンを購入することができた。
まだコンビニなどない時代。
母親のいなかった私も、よくお世話になっていた。
昼食の時間になり
いつものように、クラスの生徒たちが
仲の良い友達同士で集まって
弁当やパンを食べていた。
その時、教室の後ろで「バシッ」と言う音がした。
みんなは驚いて音の方に注目した。
後ろの壁に
ごはんの固まりがへばりついていた。
Aくんが、自分の弁当のごはんを投げつけたのだった。
「あーあ、こんなもん入れやがって~」
そう言いながら、Aくんは弁当箱の中身を次々に投げつけて行った。
ごはん。おかず。
バシッ、バシッと言う音が響き渡る。
Aくん以外、誰ひとり無言だった。
変に口出しして、災いが降りかかるのは嫌だったからだろう。
もうすぐ受験だし、ケガでもさせられたら…。
ケンカになって、内申書の評定が悪くなったら…。
ドラマのように、つかつかと寄っていって注意する生徒はいなかった。
その日から毎日、Aくんは弁当の中身を壁に投げつけた。
弁当を投げつける時の罵声で
弁当を作っているのは彼のおばあさんだと言うことがわかった。
「ばあちゃん、『今頃、弁当たべてるかな』とか思ってるんやろーなー。
ところがどっこい、こっちは捨てとるんじゃ!」
そう言いながら卵焼きを投げつけるAくん。
私と一緒に食べている友達が小さな声で
「なんで、作ってもらったお弁当をあんなことするんやろ。
おばあさん、かわいそうやん…。
捨てるんやったら、最初から『いらん』って断ったらええのに」。
みんなそう思ってただろう。
だけど誰も彼に注意しなかった。
そのうち、Aくんの仲間が便乗して
校庭で買ってきたカップラーメンの中身を投げつけるようになった。
さすがに教師が気づいたのだろう。
指導が入ったのかどうか記憶が曖昧だが
カップラーメンが投げられたあたりから
Aくんの弁当投げもなくなった。
そんなAくんだから
テストの点は良くても
内申書の評定はとても悪かったようだった。
噂によると、学区内でも優秀な進学校を希望していたのだが
あまりに内申が悪いので、あきらめるように担任に諭されたのだと。
Aくんは私立の高校に進学し
その後、卒業したのかどうかは知らない。
だが、ふと思い出すことがある。
彼はなぜ弁当を投げ捨てていたのだろうか。
家庭の不和?
受験への苛立ち?
思春期特有のジレンマ?
単にわがままだった?
答えの出ない問いを
ふと思い出すことがある。
人生の半分以上を過ぎた今
彼はあの時のことをどう思い起こしているのだろうか。
感動する話のあとに
後味の悪い話ですみません。
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