神なる冬

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コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] ジェノサイド

2011-05-25 22:17:37 | SF
『ジェノサイド』 高野和明 (角川書店)






異種の人類を皆殺しにして淘汰に打ち勝ち、現生人類となったヒト、ホモ・サピエンス。ヒトはネアンデルタール人も、フローレス人も、北京原人も、その徹底した排他性と残虐性により絶滅へと至らしめた。これが、この小説のタイトル、『ジェノサイド』が持つ意味のひとつである。

過去にすべての亜種を皆殺しにしてきた現生人類が、あらたな人類に出会ったとき、いったい何が起こるのか。そしてまた、あらたな人類が我々現生人類よりも優れた存在であったとき、いったい何が起こるのか。

アフリカの奥地で新病原体の感染源抹殺を命じられた民間軍事チームに課せられた謎の指令。「任務遂行中に、見たことがない生き物に遭遇したら、真っ先に殺せ」

日本の大学院生が受け取った、死んだはずの父親からのメール。「アイスキャンディで汚した本を開け」

ふたつの謎の言葉から始まる物語は、人類を存亡の危機へと導く意外な事実へと繋がっていく。

ジャンルとしてはサスペンスアクションであって、SFネタは借り物の継ぎ接ぎにすぎないかもしれない。しかし、まさしく怒涛の展開が読者を飲み込み、結末まで放すことがない。これは描写力というよりも、緻密な構成力によるものだろう。

『野生時代』に連載された小説ということだが、おそらく、最初からある程度完成されていたものを分割掲載したものなのではないか。そうでなければ、この構成は信じがたい。


しかし、それなりに疑問は残る。例えば、新生人類は、なぜ現生人類のウィルス学者に『GIFT』を託したのか。あのようなソフトウェアを作ることができるのであれば、難病の特効薬もとっくに解析済みだったのではないか。その薬、科学物質を生成することはできなくとも、薬効のある物質の特定まではできたはずだ。

もしかしたら、それは現生人類に課せられた試験であり、賭けだったのかもしれない。利他的な献身によって、難病の子供たちを救えれば、現生人類の生きる価値を認めてあげようという。

最後の綱渡り的なスケジュールまで、新生人類は承知の上で、本当のタイムリミットには『GIFT』が勝手に答えを表示するぐらいの仕掛けがあったとしてもおかしくない。

しかも、本来それを託されたのは、大学院生の研人ではなく、その父親であり、アフリカの地に絆を持つ誠治だったのだし、その賭けを仕掛ける動機を持つ登場人物も存在している。


そしてまた、この小説には裏テーマになっているものがあるのではないかと思われる。それが「差別」である。

ホモ・サピエンスがホモ・ネアンデルターレンシスを駆逐したのは、異種族を弾圧する徹底的な排他性と残虐性であったと、この小説では仮説を立てている。そして、その性質は現代を生きる我々にも色濃く残っており、それが差別という行為につながっているのではないかと。

そして、日本のパートで主人公、研人(スーパーマンと同じ名前であるのは偶然ではないだろう)を助けるのは留学生の李正勲である。韓国的な深い“情”で繋がれた二人の絆は、関東大震災での朝鮮人虐殺や、アフリカでのフツ族とツチ族の対立のエピソードを背景にしたうえで、ホモ・サピエンスが生得的に差別意識を持つという仮説を払拭するエピソードになっている。

著者が新生人類へと託したものを考えるときに、差別という問題に対する意識は外せないのではないかと思った。そもそも、新生人類というSFネタを仕込んだ理由そのものであるかもしれないとさえ考えている。


ついでにもうひとつ触れておきたいネタがネオテニー(幼形成熟)だ。ヒトは類人猿のネオテニーというのはよく言われる話である。ネアンデルタール人から見れば、ヒトは中性的で幼児的であったともいわれる。そこからの類推によれば、新生人類はヒトの幼児的形態を取るのかもしれないという仮説は容易に導かれる。

例えばこの人とか、この人なんかは、実は新生人類なのじゃないか。