『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』 チャールズ・ユウ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
著者のチャールズ・ユウよりも、訳者の円城塔がフィーチャーされた小説。
確かに、文章は円城節だし、ストーリーも円城塔が書いてもまったくおかしくない。読みながら、『これはペンです』みたいな家族小説だと思っていた。いや、もしかしたら、チャールズ・ユウの存在自体が円城塔の創作なんじゃないかとか。
解説を読むと納得。ああ、あの、あれか。
つまり、彼は『道化師の蝶』所収の「松ノ枝の記」に出てきた、主人公が翻訳によって交流する小説家の元ネタだ。その小説はタイムマシンものだとちゃんと書いてある。(のだそうだ。そこまで覚えていない)
チャールズ・ユウの紹介を読んでも、これまた納得。どこまでも、円城塔と趣味が重なる人物のようだ。ここまで合致すると、ドッペルゲンガーなレベル。どちらかがどちらかのペンネームであってもおかしくない。いや実際にそうなのかもしれない。(だから違うってば)
SF大会(なつこん)の企画、「翻訳家パネル」では、嶋田洋一が訳したピーター・ワッツの『ブラインドサイト』をさらに英訳するとか、英訳された円城塔の『Self-Reference Engine』を和訳するとか、酉島伝法の「皆勤の徒」を和訳するといった話で盛り上がっていた。
これはそれらの話の先取りだったのだな。円城塔が和訳した『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』をさらに英訳するというのほ、本当に面白いかもしれない。できればチャールズ・ユウに。って日本語わからないか。
そういうメタ的な話も面白いのだけれど、小説自体もなかなかおもしろい。
主人公(その名もチャールズ・ユウ)はタイムマシンの修理工という設定なのだけれど、このタイムマシンの原理が怪しくて、言語文法をエンジンに時間軸を移動しているらしい。このあたりのネタは、チャールズ・ユウ(著者の方)の両親が台湾出身で中国語ネイティブということが関係しているんじゃないだろうか。中国語には時制がないから、日本人同様、英語の厳格な時制の扱いに苦労すると聞くし。
そして、舞台の宇宙31は現実世界ではなく、計算機上に存在する仮想世界である可能性が示唆されている。しかも、量子力学の多世界解釈のように分裂していく世界であることが想像できる。
主人公がとらえられ、脱出するループは明らかに世界を分裂させている例であると言える。しかも、これはどうも、自分が自分に出会うことによって発生する特殊例のようだ。
そんな感じで延々と、この世界=宇宙31の設定や仕組みを議論することもおもしろいのだが、あくまでそれはSF的設定ではあるのであけれど、すべては主人公の心象のメタファーなのだよね。
つまり、タイムマシンによる過去への旅は追想であり、未来は可能性なわけで。そして、世界が分裂するのは後悔や逡巡や改心や、もしあの時そうしていたらという気持ちのメタファーなんじゃないかな。
でも、SFファンとしては、そういった背景よりも、このSF的な宇宙の仕組みについて、延々考え続ける方が楽しい。