『図書室の魔法(上下)』 ジョー・ウォルトン (創元SF文庫)
ヒューゴー賞、ネビュラ賞のダブルクラウンに加え、国幻想文学大賞受賞も受賞した話題作。
主人公は15歳の少女モリ。気が狂った母親に双子の妹とともに殺されかけ、まだ会ったこともない生みの父親に預けられ、故郷ウェールズから離れたイングランドの片田舎の寄宿女子高へ入れられてしまう。周囲から孤立した彼女が頼るのは、本と妖精たちだけだった。
本(小説、物語)によって救われる人生というのは、ここら界隈ではよくある話で、本読みな方々ならば多かれ少なかれ、共感せざるを得ないと思う。さすがにここまで壮絶な人生からの逃避を経験したわけではなくとも。
しかし、この小説で特徴的なことは、舞台となる1979年から80年にかけての英国SF事情がばっちり載っていて、実在の小説や作家に対する愛情や辛辣な批判にあふれていることだろう。
『指輪物語』への偏愛、『ナルニア国物語』に対してキリスト教的影響が語られることへの違和感、駄作秀作の振れが甚だしいハインラインへのアンビバレントな想い、ティプトリーが女性だと分かった時の衝撃、ゼラズニイやマキャフリーの新たな発見など、ちょっと背伸びした15歳のリアルな感想が、ページをめくるたびにあふれてくる。
さらに、学校で孤立していた彼女が出会ったカラース(by『猫のゆりかご』 カート・ヴォネガット・Jr)である仲間たちは、SFファンダムを通じて、世界SF大会へつながる道だった!
これをSFファンが読まずにどうする。っていうか、明らかにピンポイントで狙い撃ちしてるだろ、これ。
そういうSFグラフィティの裏では、悪い魔女である母親との対決を軸としたマジックレアリズムな世界が繰り広げられる。
死んだ双子の妹モルと妖精たちは、時には母親から逃れる手助けをしてくれたり、時にはモリを魔法の世界へとらえようと誘惑したり。
伯母たちが送ってくれたピアスを魔法封じだとして恐れ、せっかく出会えた仲間たちも魔法の結果であって、本心から彼女のことを好きなわけではないのではないかと疑うのも、モリが魔法を心底から信じているせい。
そうでありながら、語り手であるモリがどこまで真実を語っているのかは読者の判断に任せられており、そもそも妖精どころかモルの存在すら確かではない。
そんな魔法の世界も含めて、モリの葛藤の発露として読み解くことによって、彼女が最終的に至った結論を素直に喜べる。彼女は手遅れになる前に、カラースとの出会えたのだ。
いくつもの痛みを抱えた少年少女たちが、早く彼らのカラースに出会えることを望む。みんな、もっと早く出会えれば良かったよね。
あー、蛇足だけど、モリが憧れるSF大会は1980年前後の米国版SF大会なので、昨今の日本SF大会に活字系のカラースとの出会いを期待すると、当てが外れるかも。