第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。今回は大賞がなく、優秀賞がふたつに特別賞がひとつ。
3本とも読んでみたが、個人的な感覚では、小説の完成度ではこの作品だけが頭ひとつ抜けている。もちろん、特別賞のアレは小説の完成度なんて気にしないレベルの破壊力を持っているのだけれどね。
巻末の選評を読む限りにおいては、神林長平の意見が一番近い。逆に、東浩紀は何言ってんだというレベル。神林氏の言う通り、これで内容に合っているではないか。
確かに、途中までの展開から読者の想像力を越えたところまで魅せてくれたかというと、そこまではいかない。そういう意味では、ハヤカワSFコンテストの存在意義を考えると、いくら完成度が高くても優秀賞どまりなのは納得がいった。
極移動による“世界の終わり”を生き延びるため、“壁”に囲まれた“シティ”が生まれた。奇妙な人工知能のブラックボックスを入手した少年は、壁の中にさらわれた少女を取り戻すために戦いを挑む。カギとなるのは、格闘ゲーム《フラグメンツ》。
しかし実際のところ、世界の終わり級の天変地異が予想される場合、このような壁の中と外に完全に分けられた隔離都市ではなく、地震や津波を一時的にやり過ごすためのシェルターがたくさん作られると思うんだよね。隔離都市と言えば、核汚染のような、短期間にはやり過ごせないような場合だと意味があるのだろうけれど。日本沈没レベルまで想定して箱舟化しようとしているとしても、デカすぎて返って効率が悪いような気がするしなあ。まさか、宇宙まで飛ぶとか。
そんなこんなで、いろいろと設定上に突っ込みたいところが見えるけれども、少年の真っ直ぐさ、個性的なキャラクターたちの魅力で読ませる。読者にどんどんページをめくらせる力を強く感じた。
扱っている素材もテーマもいいのに、古き良きSFジュブナイルの予定調和な範囲で終わってしまっているのが唯一惜しいところだと思った。もっと救いのない終わり方でも良かったような気がする。だいたい、エンディングで津波はどこ行ったよ。
30年以上前のあの小説の前日譚ですと言っても通じそうなくらいの変わりの無さなのだが、逆に言うとそれはSFジュブナイルとしての安定感でもある。三人称でありながら、地の文に主人公の心の声が染み出してくる感じは、現代ラノベよりもジュニア文庫の香りがするくらい。
小説家になろう出身とのことで、勝手に若者だと思っていたのだけれど、S-Fマガジン掲載の「受賞の言葉」に“若い方に身近な”という表現があって、実はおっさんなのかも。
その「受賞の言葉」によると、このような評価は予想済みな模様。この作品はSFを読まない人向けを意図したらしいので、SFファン向けにリミッターを外した作品も、今後に期待したい。