『ロックイン ―統合捜査―』 ジョン・スコルジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
タイトルの“ロックイン”は、感覚や意識はあるのに身体を動かせない状態であり、ある種の伝染病によって引き起こされる。
パンデミックによる壊滅的被害を世界中に引き起こしたヘイデン症候群。この病気を生き延びた者の多くはロックイン状態となってしまい、脳内に埋め込んだネットワークを用いて“スリープ”と呼ばれるロボットを遠隔操作して暮らしている。という設定。
また、ヘイデン症候群からの回復者には、統合者(要するに生身のスリープ)になる適正を持つものもいた。すなわち、脳内に他者を受け入れ、身体の制御を明け渡すことができるのだ。
ここまでならばSFではよくある話なのだが、さらに、あまりにも患者が拡大したために、このヘイデン症候群への福祉政策が財政難の原因となり、福祉予算を大幅にカットすることになりそうという状況下で物語の幕は上がる。財政難のために福祉政策の予算が削減されるというのは、SFではなく現実にもありそうな話。
主人公シェインはロックインに陥ったヘイデンであり、上院議員に立候補しようとする富豪の父親に利用される息子であり、FBIの新人捜査官である。彼が最初に担当した事件では、ホテルの部屋に身元不明死体と、黙秘する統合者。はたして、誰が誰を殺したのか。
スリープに対してそのまま中身の三人称が使われたりするので、読み始めからかなり混乱する。さらに、女性の統合者の中に男性が入っていたり、男性同士のカップルが普通に存在していたりするので、ちょっとした叙述トリック気分。しかしながら、この叙述トリックを現実化したようなことが事件の真相に係わってくるのでなかなか侮れない。
シェインが富豪の特権を利用して、身体は自宅に置いたままで、あっちにこっちにスリープを乗り換えて捜査を進めるのもスピード感を生んでおもしろい。スリープならば撃たれても平気だろうと思いきや、レンタルのスリープは使用者が壊さぬように痛覚センサーが強めに設定されているとか、クスリとさせる小ネタもいろいろ冴えている。
軽快に読めるSFミステリの秀作ということではあるのだが……。
統合者の設定はともかく、身体障碍者が遠隔操作のスリープを利用して社会生活を行うという未来はけして夢物語ではなく、目前に迫っているのではないか。そして、スリープを利用することが障碍者の権利として認められた場合、社会的というか、法令面、倫理面、いろいろな方向で軋轢を生む可能性は高いだろう。
保護される弱者から特権を持つ強者への移動は、取り残された弱者や、強者から転落した者たちの不満を生み、世論の反動保守化の強める。これって、どこかで見た光景のような気が。こういうエンターテイメントの中に、さらっと根深い話を突っ込んでくるのがスコルジーらしくて良い。
ところで、スリープ(sleep?)なの、スリーブ(sleeve?)なの?
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