「美の巨人たち:燕子花図屏風」 尾形光琳
金色のメタリックな背景にカキツバタが群生する
この奇妙な構図
しかも、カキツバタは2色のみの葉と花のみ。
それでいて、神々しくもあり、見るものを圧倒する
「何か」がある。
デザインとも、絵画とも感じられる不思議な一枚。
日本に従来からある掛け軸・屏風・襖絵とまた違う。
今回の一枚は、一体、何を描き出そうとしたのか。
番組では、尾形光琳の起源を追うことで、類推する。
光琳は高級呉服商に生まれ、何不自由のない生活をしていた。
呉服という性格上、美術的芸術的な勉強の機会に恵まれ、
才能を早期に開花させた。
しかし、家業の財を彼の時代に食いつぶし、
自らの才で稼がねばならなくなった時、
光琳の芸術的な才能が逆に開花した。
光琳が描いた本日の屏風は別名「魔性の屏風」と呼ばれる。
描いたカキツバタは根も土もなく、黄金の空間に浮かぶ
中心がなく、
デザインとも呼べるし、絵画ともいえなくもない。
実は、1つの回答として、これを衣と考えることを番組は提案する。
人間が身にまとう事で、成り立つ。
人間を包み込むものとして存在する。
従来の絵画のように、見るものではなく、
身にまとい背負うもの。
そう考えると、着物のデザインとも近い存在といえる。
光琳のこの屏風は、人間がその前に座る事で、
最後の仕上げが完成する。
それは、前面の人間を引立たせ、
屏風と人間が一体となり、見るものを引き付ける。
屏風は使われて最大の効果を発揮する。
以前、屏風を立てて、その見る側の目線から、
立体画像とその奥行きを表現することを教えていただいた。
今回はより哲学的な本屏風の見方を説明していただいたようだ。
着物である「衣」は、人を選ぶ。
同時に選ばれた人を最大限に魅力的にする。
そんな衣が良質の衣と呼ぶ。
まさに、光琳の屏風と合通じるものがある気がする。
魅力的にするか、浮いた感じとなるか。
それは、屏風の魔力。
人の本性・能力を映し出す。
魔性の屏風。
なんとも粋な屏風である。
参考リンク(1週間程度有効?)
金色のメタリックな背景にカキツバタが群生する
この奇妙な構図
しかも、カキツバタは2色のみの葉と花のみ。
それでいて、神々しくもあり、見るものを圧倒する
「何か」がある。
デザインとも、絵画とも感じられる不思議な一枚。
日本に従来からある掛け軸・屏風・襖絵とまた違う。
今回の一枚は、一体、何を描き出そうとしたのか。
番組では、尾形光琳の起源を追うことで、類推する。
光琳は高級呉服商に生まれ、何不自由のない生活をしていた。
呉服という性格上、美術的芸術的な勉強の機会に恵まれ、
才能を早期に開花させた。
しかし、家業の財を彼の時代に食いつぶし、
自らの才で稼がねばならなくなった時、
光琳の芸術的な才能が逆に開花した。
光琳が描いた本日の屏風は別名「魔性の屏風」と呼ばれる。
描いたカキツバタは根も土もなく、黄金の空間に浮かぶ
中心がなく、
デザインとも呼べるし、絵画ともいえなくもない。
実は、1つの回答として、これを衣と考えることを番組は提案する。
人間が身にまとう事で、成り立つ。
人間を包み込むものとして存在する。
従来の絵画のように、見るものではなく、
身にまとい背負うもの。
そう考えると、着物のデザインとも近い存在といえる。
光琳のこの屏風は、人間がその前に座る事で、
最後の仕上げが完成する。
それは、前面の人間を引立たせ、
屏風と人間が一体となり、見るものを引き付ける。
屏風は使われて最大の効果を発揮する。
以前、屏風を立てて、その見る側の目線から、
立体画像とその奥行きを表現することを教えていただいた。
今回はより哲学的な本屏風の見方を説明していただいたようだ。
着物である「衣」は、人を選ぶ。
同時に選ばれた人を最大限に魅力的にする。
そんな衣が良質の衣と呼ぶ。
まさに、光琳の屏風と合通じるものがある気がする。
魅力的にするか、浮いた感じとなるか。
それは、屏風の魔力。
人の本性・能力を映し出す。
魔性の屏風。
なんとも粋な屏風である。
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