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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

ナディア・シャドロー氏  

2022-04-14 02:02:49 | 文化

 

>産経新聞   >米政権、「力と意思」示さず抑止失敗 元副補佐官   >昨日 22:53

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>【ワシントン=渡辺浩生】トランプ前政権で大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)を務めた米政策研究機関ハドソン研究所のナディア・シャドロー上級研究員が産経新聞のインタビューに応じた。 >バイデン政権がウクライナへの軍事介入の選択肢を早々と否定するなど「しないこと」を明らかにする一方、抑止に重要な「能力と意思」を十分示さなかったことが、侵攻を抑止できなかった大きな原因だとの見方を示した。  

 

傾聴に値するご意見ですね。   

 

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>米国の安全保障専門家の間では、西側諸国が2月24日の全面侵攻をなぜ抑止できなかったのかを検証する機運がある。 >シャドロー氏は、抑止力は「一夜で築かれるものではなく長い期間をかけて構築されるものだ」と指摘。 >敵側の侵略を抑止する重大な要素に「能力と意思」を挙げ、敵側に耐え難い損害を与える軍事力とその能力を行使する決意が不可欠だとの見解を示した。  

 

能力と意思は大切ですね。残念ながら、日本人には意思がない。      

 

>「少なくとも、敵側に『何をしないのか』を伝えてはならない」。  

 

そうですね。自己の能力に制限を設けるのは敵側に対して不利ですね。   

 

>シャドロー氏はこう語り、「これはしない、あれはしない、ということで、選択肢を限定するだけでなく、こちらの境界線は何かを相手に明確に伝えてしまうことになる」と述べた。 >抑止戦略上、一定の「曖昧さ」も不可欠だと強調した。

 

そうですね。曖昧さは相手に不安を与えますからね。抑止力になりますね。       

 

>シャドロー氏は、米国が抑止力を弱めてしまった例として、①侵攻が「小規模」であれば制裁もそれに応じて軽いものとなるとバイデン大統領が1月の記者会見で示唆した②12月初めの段階で、いかなる状況でもウクライナに米軍が展開することはないと軍事介入を否定した③ウクライナに供与する兵器の種類を防衛目的か攻撃目的かで線引きした-ことなどを指摘。

 

敵に手の内を見せるのは抑止力にはなりませんね。相手が安心するからです。プーチン露大統領のように核を使うぞと相手を脅すのは抑止力になりますね。相手を不安に陥れますからね。      

 

>「プーチン露大統領は侵攻する際に西側の選択肢は根本的に限定されたものになるという強い意識を持ったと思う」との見解を示した。  

 

そうですね。プーチン露大統領は安心して侵攻を始めましたね。    

 

>一方で、プーチン氏は戦術核兵器の使用を示唆して西側に恐怖を生み出し、効果的に介入を阻止してきたと指摘した。  

 

そうですね。彼は巧みに相手の介入を阻止しましたね。   

 

>米国が抑止力を再建するためには「皮肉にも戦場でより強力な意思を示す必要があるかもしれない」と述べ、米国がいずれ軍事介入を余儀なくされる状況もありうるとした。  

 

軍事介入とは残念なことですね。    

 

>シャドロー氏は、中国の台湾侵攻を抑止するためには、侵攻が「中国の長期的な経済目標と世界での地位にもたらす代償」が受け入れがたいほど大きいと明確にする必要があると述べた。

 

そうですね。侵攻を阻止するためには相手の支払う代償が受け入れがたいほど深刻なものであることを明確に示す必要がありますね。   

 

>バイデン政権が近く発表する国家安全保障戦略の基本的概念「統合的抑止」については直接の評価を避けつつ、「敵が注視するのは力と意思だ。 >こちらの抑止の考え方が中国やロシア、イランの軍事・政治の指導者からどう受け止められるかを分析する必要がある」と述べた。

 

そうですね。我々の抑止の考えかたが相手の軍事・政治の指導者からどう受け止められるかの分析が大切ですね。   

 

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>ナディア・シャドロー氏 米ハドソン研究所上級研究員。>トランプ前政権の大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)を2018年まで務め、17年12月の国家安全保障戦略(NSS)を起草した。>中露を米主導の国際秩序に挑戦する「修正主義勢力」と位置づけ、地域戦略では「インド太平洋」重視を打ち出す。>米ジョンズ・ホプキンズ大高等国際問題研究大学院(SAIS)で博士号。

 

日本人には意思 (will) がない。つまり、無心である。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。おとなしい。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。だから戦時中は、玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。困った時には '他力本願・神頼み' になる。生きる力 (vitality) が不足している。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

どうやら '指示待ち人間' ができあがったようです。この筋道で成功すると、後追いの専門家になりますね。後追いの人は世論指導者としては適格ではないですね。 

 

 

 

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飯田浩司氏  

2022-04-14 00:07:57 | 文化

 

>zakzak   >ニッポン放送・飯田浩司のそこまで言うか! 岸田首相は必要な防衛予算をつけよ ロシア侵攻で危機感 安倍元首相ら増額要求   >35 分前

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>ウクライナの首都キーウ(キエフ)周辺からのロシア軍撤退は、占領地域での蛮行を白日の下にさらしました。 >凄惨(せいさん)な画像がネット上にいくつも見つかりますが、見れば見るほど気分が落ち込んでしまいます。 >民間人が老若男女問わず残忍に殺害されたブチャなどの惨劇。  

 

凄惨な画像がお茶の間にまで届く時代になりましたね。ITにより我々の現実直視の機会が飛躍的に増大しましたね。我々にとってより正確な判断が可能な時代になりましたね。         

 

>岸田文雄首相も「無辜(むこ)の市民を殺害することは戦争犯罪だ」と厳しく批判しています。 >番組にも、非難のメッセージとともに、ツイッターやメールで、「備えをしっかりしてほしい」という意見が多数届きます。 >当然ながら、このロシアによるウクライナ侵攻の、中国への影響を意識してのものです。  

 

彼を知り己を知れば百戦あやうからず。’ (孫子・謀攻) ですね。     

 

>侵攻開始直後、2月末の世論調査でも、すでにその傾向が見えました。 >2月25―27日に実施された日経新聞の調査では、中国による台湾への武力行使に波及するのを「懸念する」が77%もいました。

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>3月19―20日に実施された産経・FNN合同調査で、ロシアの侵攻が中国の武力による台湾や沖縄県・尖閣諸島の危機につながる可能性について尋ねたところ、「非常に懸念」「ある程度懸念」合わせて84・2%に上りました。 >こうした世の中の雰囲気を受け、先週は要人から防衛費増額を求める声が相次ぎました。   

 

‘百年兵を養うは一日これを持ち用いんがためなり。’   

‘百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。’

我が国は善の善を目指す国になりたいものですね。     

 

>安倍晋三元首相は3日、来年度の当初予算で防衛費を6兆円程度確保するよう主張しました。 >岸信夫防衛相は4日、共同通信のインタビューで、来年度の防衛費について、「防衛力の抜本的強化のため必要な予算を確保したい」と述べ、今年度からの大幅増に意欲を示しました。 >自民党が台湾有事を念頭に防衛費の増額を求める提言を4月中にまとめるという報道もありました。 >政府に抑止力を高める装備の導入などを促し、年末に改定する「国家安全保障戦略」への反映を目指すようです。 >こうした動きに対し、「戦争ができる国にするつもりか!」という相変わらずの批判が聞こえますが、これは日本という国への絶大な自信の裏返しだと思います。

 

'敗因について一言いはしてくれ。我が国人が あまりの皇国を信じ過ぎて 英米をあなどつたことである。我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである'  (昭和天皇)  

 

>つまり、日本には他国を侵略し、蹂躙(じゅうりん)するだけの武力・国力があり、放っておけば為政者たちは他国を侵略するから、端緒があれば潰さなくては―ということでしょう。 >60年安保、70年安保の昔からあるロジックです。

 

そうですね。我が国人が あまりの日米安保を信じ過ぎて 中露をあなどつたことである。という結果を恐れてのことでしょうね。彼らの想いは半世紀前から変わりませんね。   

 

>一方、世論調査などを見ると、多くの人々は「冷静に見れば、日本はかつてのような輝きを失いつつあり、今や周囲の国々の侵略の標的になるかもしれない」という危機感を持っています。 >目の前に、ロシアのように侵略で領土的野心を満たそうとする国が厳然と存在するのに、どう対処できるかが論点です。

 

元寇の再来ですね。カミカゼが活躍するのか。      

 

>「戦争のできる国にするのか!」なんて、議論忌避の論点ずらしとしか思えません。

 

そうですね。現実直視になっていませんね。議論の嫌いな人でしょうね。お念仏を唱えているようなものですね。       

 

>今は「人の話をよく聞く」のがモットーの政権です。 >世論調査に現れるような多くの人の危機感を「よく聞く」ことを期待し、「しっかりと」必要な予算を付けていただきたいと思います。

 

そうですね。備えあれば憂いなしですからね。   

 

>■飯田浩司(いいだ・こうじ) 1981年、神奈川県生まれ。 >2004年、横浜国立大学卒業後、ニッポン放送にアナウンサーとして入社。 >ニュース番組のパーソナリティーとして、政治・経済から国際問題まで取材する。 >現在、「飯田浩司のOK!COZY UP!」(月~金曜朝6―8時)を担当。 >趣味は野球観戦(阪神ファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書など。

 

 

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欧米人の目  

2022-04-13 05:10:03 | 文化

 

>AERA dot.  >欧米人の目を持つ日本人 古賀茂明  >13 時間前

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> ウクライナからの避難民は400万人を超えた。 >最大の受け入れ国ポーランドをはじめ、欧州諸国では感動的ともいえる暖かい支援が行われている。

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> こうした支援活動はもちろん素晴らしいが、一方で、私の心には違和感も広がる。 >それは、昨年来、ポーランドが、アフガニスタン、シリアなどの難民に非常に厳しい対応をしてきたからだ。 > 凍てつく真冬のベラルーシとの国境からポーランドに越境してもポーランド当局によってベラルーシ側に送還される例が後を絶たず、水も食料も尽きて極寒の中で凍死する人も多く出た。 >ウクライナのケースとの落差はあまりにも大きい。

 

そうですね。人間平等は難しいですね。ポーランドもベラルーシも心は一つですかね。        

 

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> もちろん、ポーランド人の中にも、こうした難民の入国を助ける人々もいたが、多くは見て見ぬふり。 >逆に当局に密告する人もいた。  

 

残念なことですね。我々の理想とは程遠いですね。    

 

> 欧州の人が歴史的つながりの強いウクライナの人々により強い同情心を持つのは自然だ。 >また、ベラルーシが中東からの難民をポーランドに入国できると騙して招き寄せ、彼らを国境沿いに追いやってポーランドに混乱を生じさせようとしたという特殊事情もあった。> ただ、それを割り引いても、中東の難民への対応はあまりにも無慈悲だったのではないか。>その背景には、中東やアフリカの人々に対する偏見がなかったのかどうか。 >それも気になる。

 

日本人とても結果は同じでしょうね。日本人はアジア人でありながら、アジア人第一主義ではありませんね。      

 

> 私は、ポーランドや他の欧州諸国を批判するためにこの問題を取り上げているのではない。

 

そうですね。自分たちの事を棚にあげてポーランドなどの事を批判するのはおかしなことですからね。    

 

>実は、私たちにも当てはまることだから、あえてこの問題を提起しているのだ。 > 欧米の報道をそのまま垂れ流す日本のメディアを通じて海外の情報を入手する日本人は、どうしても欧米人の目を通してしか、世界の情勢を見ることができない。

 

そうですね。日本のメディアの垂れ流しは目に余るものがありますね。猿真似は止まりませんね。日本人の無哲学・能天気の表れですね。       

 

>その結果、私たちの目は、アジアの一員たる日本人の目ではなく、欧米人の目になってしまっているような気がする。

 

私たちの目は欧米人の目でもなく、アジア人の目でもありませんね。これは欧米人は上、アジア人は下という日本人そのものの目ですね。   

日本語には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。だから難関出身者たちが社会で幅を利かせている。わが国が学歴社会であるというのも、実は序列社会の言い換えに過ぎない。だから、わが国の学歴社会は学問の発展には何ら貢献していないことを知っている必要がある。      

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列社会の外に出たら序列なきところに礼儀なしになる。礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、人々は堅苦しい日常生活を送っている。こうした観念は天皇制・家元制度・やくざの一家の構造にまでつながっている。

日本人は序列の存在を知れば、それが一も二も無く貴いものであると信ずる共通の序列メンタリティを有している。その程度は序列信仰の域に達している。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の単なる表現に過ぎないため、個人的精神的には意味がない。下々の衆は上々の衆の祟り (仕返し) を恐れて神妙にしている。上々が無哲学・能天気である事については、下々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬には浅薄さが付きまとう。   

日本人の政治家にも、政治哲学がない人が多い。だから、我々の未来社会の有様を相手に言って聞かせる術がない。それは非現実 (考え) の内容を盛り込むための構文が日本語に存在しないからである。序列人間は人間の序列を作っていて、上位の者 (先輩) と下位の者 (後輩) の間に自分を差し挟むことにより自分たちの存在を確認し合っている。だから、自己の所属する序列に並々ならぬ帰属意識を持っていて義理 (序列関係から生じる義務) を果たすことに懸命になる。そして、この種の仕事にやりがいを感じている。無哲学と序列メンタリティの相乗作用により派閥政治は無くならない。周囲の序列仲間が自分たちの序列に対する貢献度を評価する。これにより自己の順位は上昇する可能性がある。それが日本人の人生における楽しみである。だが正一位の獲得は難しい。    

我が民族の序列メンタリティは国がひっくり返った後にも変わりませんでしたね。新憲法の前文には、 ‘・・・・・国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。’ と高らかに宣言しています。地位とは国際社会の序列順位の事で、国際問題に関する問答には関心を持たずにひたすら順位の向上を待ち続ける奇異な民族の代表として存在します。序列メンタリティが邪魔になって問答ができないのか、問答ができないために序列メンタリティから離れられないのか。英語の習得力が不十分なためか。  

 

> 現に、ミャンマーでの虐殺などを見ても、すぐ近くのアジア人が殺されているのに、遠くのウクライナの問題よりも小さなことのように感じている人が多いのではないだろうか。

 

そうですね。それは、ミャンマー人は日本人に低く見られているからでしょうね。   

 

> 先日もTBSの「報道特集」が、国軍と戦うミャンマーの若者たちの声を報じていた。 >民主主義を破壊し、市民に銃を向ける国軍に対して、武器を持って立ち上がった若者がいる。 >彼らは、「ウクライナには世界中が関心を持ち、軍事支援までしているのに、ミャンマーには関心を示してくれない。 >私たちにも支援をして欲しい」と感じている。 >香港や新疆ウィグル自治区の問題でも同じことが言える。

 

そうですね。あらかたの日本人は無哲学・能天気ですから、ノンポリ・政治音痴になっていますね。日本人がウクライナに関心を示すのはそれが流行りになっているからでしょうね。   

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 我が国の ‘かな漢字’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。綴り字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。  

国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語のかな漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。私の知人に '〇〇健' という名前の人がいる。彼は周りの人から 'タケちゃん' とか、'ケンちゃん' とか呼ばれている。'一体どちらが本当なのか' と私が尋ねると、彼は 'どちらでも良いのですよ' と答える。'でも、戸籍ではどうなっているのか' と尋ねると、'戸籍にはフリガナがありませんから、どう読んでも良いのですよ' という答えであった。これを '日本人の自由' というのであろうか。'あるべき姿' の追及がない。だから表記法の改革も進まない。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。          

為せば成る。為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり。 (上杉鷹山)    

 

> 日本は、同じアジア人であるのに、ミャンマーからの難民受け入れには非常に消極的だが、ウクライナに対しては、林芳正外相を派遣してまで受け入れの姿勢を示した。>この違いが生じるのは、実は、国民世論そのものが欧米中心の見方になっているからこそ、政府もそれを意識した対応をしているという面もある。

 

そうですね。欧米中心の見方はわが国の流行りものだからですね。  

 

>政府批判をしても、ブーメランとなって私たち国民に返ってくるのだ。  

 

そうですね。現在の国民世論は序列社会の結果そのものですからね。   

 

> 私たちは、アジア人でありながら、アジア人の目で見ることができない、欧米人の目を持った人間になっている。 >そして、それに気づくこともできなくなってしまったのではないか。 >私自身も、自らの目を疑うべきだとあらためて感じている。

 

そうですね。我々日本人は思考を停止して、受け売り専門の人になっていますね。   

現実 (事実) は見ればわかる。Seeing is believing. 現実の正解は一つしかない。だから、ご唱和の内容になる。非現実 (考え) の内容は見ることができない。だが文になる。文にならないものは考えではない。

矛盾を含まない文は、全て正しい考えを表している。考えは、一人一人違っている。だから、正解は無数にある。体系的な考えは哲学になる。各人に哲学は必要である。 Everyone needs a philosophy.  思考を停止して人は、つかみどころのない人間になる。日本人には考え (非現実) がない。だから、わが国のインテリは受け売り専門の人になる。     

 

イザヤ・ベンダサンは、自著<ユダヤ人と日本人>の中で、我が国の評論家に関して下の段落のように述べています。

評論家といわれる人びとが、日本ほど多い国は、まずあるまい。本職評論家はもとより、大学教授から落語家まで (失礼! 落語家から大学教授までかも知れない) 、いわゆる評論的活動をしている人びとの総数を考えれば、まさに「浜の真砂」である。もちろん英米にも評論家はいる。しかし英語圏という、実に広大で多種多様の文化を包含するさまざまな読者層を対象としていることを考えるとき、日本語圏のみを対象として、これだけ多くの人が、一本のペンで二本の箸を動かすどころか、高級車まで動かしていることは、やはり非常に特異な現象であって、日本を考える場合、見逃しえない一面である。 (引用終り)  

 

>※週刊朝日  2022422日号より   

 

 

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君塚直隆氏  

2022-04-11 18:36:45 | 文化

 

>産経新聞   >ザ・インタビュー 英国史に学ぶ「しぶとさ」 歴史学者・君塚直隆さん著『イギリスの歴史』 >昨日 12:00  >ストーンヘンジから新型コロナウイルス禍まで-。 >欧州大陸の北西に浮かぶ大ブリテン島。 >辺境の島国が7つの海を支配する大帝国となり、今も世界の主要国であり続ける歴史から、何を学べるのか。 >英国史を専門とする歴史学者の君塚直隆・関東学院大教授(54)の新著『イギリスの歴史』(河出書房新社)は、日本にとってのヒントも豊富に詰まった英国通史だ。 

 

アングロサクソンから日本人が学ぶことは多いですね。   

 

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>謎の多い巨石文化を残した先史時代を経て、英国の歴史は紀元前1世紀のカエサル率いるローマ軍の上陸で本格的に幕を開ける。 >5世紀のローマ撤退後にはアングロサクソン系をはじめとするゲルマン諸族の侵入を受け、現在まで続くイングランド、スコットランド、ウェールズという地域区分が姿を現してくる。>「以前書いた『物語 イギリスの歴史』(上下巻、中公新書)はどうしてもイングランド中心になったのですが、今回はアイルランドも含めた複雑な連合王国の形成にもかなり触れられました。 >最近もブレグジット(英国の欧州連合離脱)の際にスコットランド独立の機運が盛り上がるなど、何かあるたびに再燃し続けている問題ですから」

 

それぞれの民俗の背景を理解すれば、時事問題の内容にも興味が湧きますね。   

 

>× × ×

>11世紀にフランス北部から来たノルマン人によって征服されたイングランドは、中世を通じフランスの領土をめぐって戦争を繰り返した。 >国王の海外遠征のたびに戦費負担を求められたイングランドの貴族たちは、やがて結託して諸侯に相談のない課税などを禁じる「大憲章(マグナ・カルタ)」と呼ばれる要求を王に突き付け、受け入れさせた。 >そうした中で生まれた諸侯大会議(パーラメント)が、今日まで続く「議会」の源流となっていく。

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>「やはり『柔軟性』がこの国のキーワードですね。 >貴族たちが下の階級に対して柔軟な姿勢を示す。 >それは、貴族たち自身もかたくなな国王と衝突を繰り返した歴史を持っているから。>他の欧州諸国と違い、下の階級が主導権を握る革命が起こらなかった最大の原因はそこでしょうね。

 

英国王は君臨すれども統治せず。 The English sovereign reigns, but does not rule. 

 

>貴族院がいまだに残るなど、古いものが融通無碍(むげ)に変化しながら生き残るしぶとさがある」

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>「保守するための改革」という言葉に象徴される英国独特の保守主義も、そうした長い歴史の蓄積の中で自然と育まれていったことがよくわかる。 >「この国は万事、極端なことにはならないんですよ。 

 

彼らは最も知的な民族ですからね。   

 

>例外は国王を処刑した(17世紀の)清教徒革命くらいでしょうね。 >それもわずか11年で王政復古となったのですが、残した教訓は大きかった。 >国王は議会を無視して勝手なことをやってはいけないし、議会も民衆の声を拾う代議制へと進んでいく」

 

彼らは学習能力に長けていますからね。   

 

>× × ×

>[君塚直隆氏は]英国王室文書館で全111冊にのぼる女王の日誌を読み込んで完成させた評伝『ヴィクトリア女王』(中公新書)など、英国の君主にまつわる多数の著作を刊行し、日本における英国王室研究の第一人者としても知られる。 >通史の執筆は歴史家にとって大変な仕事だが、「私の専門の19世紀から現代までの歴史を見ても、やはり中世以来のさまざまな積み重ねの上で成り立ったのが分かってくる。 >その上でもう一度専門の時代に戻ると、今まで見えなかった側面に光を当てることができる。 >それが通史を書く醍醐味(だいごみ)ですね」。 >一時は「英国病」とまで言われた衰退期を経験しながら、なおしぶとく大国であり続けるイギリスの歴史は、今後の日本にとっても貴重な教訓に満ちている。  

 

そうですね。日本も大国になるかもしれませんね。    

 

>「もう日本は没落するばかりとの悲観論が強いですが、今も経済をはじめ多くの分野で力のある主要国なのは確か。

 

日本人は細工物が得意ですからね。世界中で日本人の作り物は重宝されていますね。この上、哲学を獲得することができれば鬼に金棒ですね。 

大学などの高等教育機関で論文作りに励めば学士・修士・博士などの称号が得られる。博士は普通 '哲学博士' (Doctor of Philosophy: Ph. D.) と呼ばれる。

私は日本のインテリから ‘哲学とは何ですか’ と何度も聞かれた。外国人からは、このような質問を受けたことはない。日本人は大学で、自己の哲学を作ることを学んでこなかった。だから彼らは退屈男・退屈女となって大学在学中の4年間を遊んで暮らさなければならなかった。       

政治に関する考えは政治哲学になる。宗教に関する考えは宗教哲学になる。科学に関する考えは科学哲学になる。人生に関する考えは人生哲学になる。などなど。  

我が国の政治家には政治哲学がなく、わが国の宗教家には宗教哲学がない。わが国の科学者には科学哲学がなく、わが国の著述家には人生哲学がない。などなど。   

‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’  (あるアメリカの国務長官)    

TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニー氏は、自著 <人は城、人は石垣> の中で、我が国の作家について次の様な感想を述べています。

孤立は日本式スタイルを誇る詩人、随筆家はいうに及ばず、小説家において最も顕著である。これは外国人にとっては判断をはばかられる主観的な領域である。しかし文学界で最も尊重される文章が意味を省略し、あいまいさに富み、漢字をうまく使って読ませ、文法分析家を意気揚々と悩ます一種の「気分の流れ」であることは一般に真実である (私の思考パターンは取り返しのつかぬほど西洋的なので、私は自分がスラスラ読めるような日本語の散文は深刻なまでに文学的優雅さに欠けているにちがいない、という大ざっぱなルールをとっている)(引用終り)

我が国には人手不足の話はあるが、頭脳不足の話はない。わが国は、無哲学・能天気の国である。だから、国民は歌詠みになる。バラバラな単語ばかりの歌詞には意味がない。 

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で、言葉 (ロゴス) について以下のように語っている。

、、、、、 母親が子供に「チャント・オッシャイ」という場合、明晰かつ透明 (英語ならクリヤー) に言えということでなく、発声・挙止・態度が模範通りであれ、ということである。だが、クリアーということは、原則的にいえば、その人間が頭脳の中に組み立てている言葉のことで、発声や態度、挙止とは全く関係ないのである。プラトンの対話篇から、例として『クリトン』をあげてみよう。この対話は、明日の死刑執行を前にして、夜明けに、獄中のソクラテスをクリトンがたずねて、脱獄をすすめるところからはじまる。もちろんソクラテスは寝ている。だがどう読んでみても、ソクラテスが起き上がって、威儀を正して、法の遵守を説いて、クリトンに反論したとは思えない。ソクラテスは、おそらく最後まで寝っころがったままで話しているのだ。従って、この場合、純粋に、ソクラテスの言った言葉 (ロゴス) だけが問題なので、彼の態度や語調は全く問題にされないのである。日本では、「その言い方は何だ」「その態度は何だ」と、すぐそれが問題にされるが、言っている言葉 (ロゴス) そのものは言い方や態度に関係がない。従がって厳然たる口調と断固たる態度で言おうと寝ころがって言おうと言葉は同じだなどとは、だれも考えない。従って純然たる会話や演説の訓練はなく、その際の態度と語調と挙止だけの訓練となるから、強く訴えようとすれば「十字架委員長の金切声」という形にならざるをえない。(引用終り)     

日下公人氏は、<よく考えてみると、日本の未来はこうなります。> の中で、日本人に関するW.チャーチルの感想を以下のごとく紹介しています。

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。

 それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、今まで以上の要求をしろと言う。無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人が全く別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことを言うとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない」と言って突っかかってくる。

 英国はその後マレー半島沖で戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人は外交を知らない。(引用終り)       

 

>世界で起きることに無関心ではいられない立場です。

 

そうですね。日本人には世界観がないので、国際社会での付き合いに難渋していますね。この短所は英語の勉強により克服できるでしょうね。       

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 我が国の ‘かな漢字’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。つづり字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。  

国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語のかな漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。私の知人に '〇〇健' という名前の人がいる。彼は周りの人から 'タケちゃん' とか、'ケンちゃん' とか呼ばれている。'一体どちらが本当なのか' と私が尋ねると、彼は 'どちらでも良いのですよ' と答える。'でも、戸籍ではどうなっているのか' と尋ねると、'戸籍にはフリガナがありませんから、どう読んでも良いのですよ' という答えであった。これを '日本人の自由' というのであろうか。'あるべき姿' の追及がない。だから表記法の改革も進まない。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。          

為せば成る。為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり。 (上杉鷹山)  

 

>その点、英国は今回のウクライナ危機の対応を見てもわかる通り、どういう時に関わり、プレゼンスを示すかの判断が実にうまい。>学ぶことは山ほどあるんですよ」 

 

日本人と英国人の長所は別なところにあるので、補完関係が成り立ちやすいですね。お互いに頼りになる存在ということになりますね。

日本人には意思がない。だから、英国人のように能動的な行動がとれない。受動ばかり行動では時宜を得た行動がとれない。       

 

>

>3つのQ

>Q英国史の中で注目すべき一人を挙げるとすれば? >歴史を最も大きく変えたという意味では、(清教徒革命を主導し自ら護国卿となった)クロムウェルでしょうね 

 

そうですね。英国民は共和国の護国卿 (独裁者) となったクロムウェルから大変な勉強をしましたね。英国人は護国卿もダメなら共和制もダメでしたね。それで彼らは立憲君主制に落ち着いたのですね。   

 

>Qこれからの日英関係は? >今年は日英同盟締結120年で、来年は失効100年の節目。 >ブレグジット以降の両国接近は顕著で、「新・日英同盟」の可能性もあります 

 

お互いに島国で似たところのある両国ですね。だが似たところもあれば、補完関係にあるところもある。接近は多大な利益を両国にもたらすことでしょう。        

 

>Q今後の執筆予定は? >歴史の中での貴族の役割を考察する『貴族とは何か(仮)』を新潮選書から出す予定です  

 

我が国には貴族がないので、大いに参考になりますね。  

 

>

>きみづか・なおたか 昭和42年、東京都生まれ。 >立教大文学部卒業後、英オックスフォード大留学を経て、上智大大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。 >博士(史学)。 >東京大客員助教授、神奈川県立外語短大教授などを経て現職。>著書は『立憲君主制の現在』(サントリー学芸賞)、『エリザベス女王』など多数。  

 

 

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本村凌二氏  

2022-04-11 05:05:11 | 文化

 

>ダイヤモンド・オンライン  >【東大名誉教授が読み解く!】なぜロシアでは「独裁者」が生まれやすいのか?  >ワークマンパブリッシング - 昨日 6:00

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>ウクライナへの大義なき軍事侵攻によって、ロシアが国際社会で孤立を深めている。 >暴走するプーチン大統領への憤りは、「なぜこんな独裁政治を許すのか?」というロシアの国家体制への大いなる疑問をも生み出している。 >そんな激動の国際情勢に心乱されるなかで、全世界で700万人に読まれたロングセラーシリーズの『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』が出版された。 

 

英語の出版物は世界に大きな影響を与えますね。    

 

>本村凌二氏(東京大学名誉教授)「人間が経験できるのはせいぜい100年ぐらい。 >でも、人類の文明史には5000年の経験がつまっている。 >わかりやすい世界史の学習は、読者の幸運である」、COTEN RADIO(深井龍之介氏 楊睿之氏 樋口聖典氏・ポッドキャスト「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」)「ただ知識を得るだけではない、世界史を見る重要な観点を手に入れられる本! 僕たちも欲しいです」、佐藤優氏(作家)「世界史の全体像がよくわかる。 >高度な内容をやさしくかみ砕いた本。 >社会人の世界史の教科書にも最適だ」と絶賛されている。 

 

大義なき軍事進攻により我々には世界史の勉強が必要になりましたね。    

 

>私たちは、世界史から何をどのように学ぶべきなのだろうか。 >本書の帯に推薦の辞を寄せた、東大名誉教授で歴史学者の本村凌二氏にインタビューを行い、プーチンの独裁を許しているロシアの知られざる実情について話をうかがった。 >(取材・構成/真山知幸)>「そいつを死刑にしろ」  >――ウクライナへの軍事侵攻によって、プーチン大統領への国際的な非難が高まっています。  

 

そうですね。プーチンのウクライナへの軍事侵攻は蒙古の襲来の再来を思わせますね。    

 

>どうして、ロシア国民はこのような独裁政治を許しているのでしょうか。

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>本村凌二(以下、本村):ロシアにはこんなジョークがあります。 >ニキータ・フルシチョフの時代にフルシチョフを馬鹿者呼ばわりした人がいたので、フルシチョフが「そいつを捕まえて死刑にしろ」と言いました。 > 周囲の人が「どうして馬鹿者呼ばわりしただけで死刑になるのだ」と聞くと、フルシチョフはこう答えました。 >「国家最高の機密をばらしたから」。 > こんなジョークが出てくることからも、ロシア国民は独裁政治を当然のこととして受け止められているといえます。   

 

そうですね。ロシア人はジョークが上手ですね。      

 

>ロシアでは、共産主義の時代よりもはるか以前から、指導者に独裁性が見られます。 >国民はすっかり独裁政治に馴染んでしまっているんですね。

 

そうですね。ロシア国民は250年間も異民族の蒙古人に支配されて耐圧生活を続けてきましたからね。彼らは強い指導者には慣れていますね。(わが国の徳川時代は260年間続きましたね。)       

 

> なにしろ、ロシアは地理的に異民族の脅威に晒されています。 >隙を見せれば襲来してくる異民族と対等に渡り合うには、「強いリーダー」でなければなりません。 >ロシアで独裁者が支持されやすいのは、そんな背景も関係しています。

 

そうですね。現在でもロシアの中高年は強い指導者望んでいますね。      

 

>――強いリーダーでなければ、国としての体制が保てないということなんですね。  >島国に住む日本人には理解しにくい感覚かもしれません。  

 

そうですね。日本人は海岸線を国境と考えていますからね。瀬戸際対策で国難を処理するのが得意ですね。わが国には沿岸警備隊はなくて、海上保安庁の巡視艇がある。外敵に対するピントがずれていますね。      

 

>本村:たとえハッタリでも、自分を誇示して信念を貫く。>ロシアでは、そんな強いリーダーこそが価値ある人間とされています。

 

そうですね。ロシア人はあくまでも強いリーダーを求めていますね。    

 

> 一方、日本では、穏やかでバランス力があり、周囲に忖度できるリーダーが好まれる傾向にあります。  

 

日本人には意思がない。だから日本の改革には強い意志を示すナポレオンもレーニンも毛沢東も必要でなかった。 

 

>ロシア国民に支持されるようなリーダーは、日本人だったらむしろ嫌われるタイプではないでしょうか。

 

そうですね。我が国では叡山の坊主を丸焼きにするような指導者は嫌われますね。   

 

>――そのような背景があったとしても、今回のウクライナ侵攻のような、独裁者の振る舞いは許されるべきものではありません。  

 

そうですね。犯罪ですね。今回の侵攻は正に元寇の再現ですね。    

 

>本村:プーチンのような独裁者が生まれる背景を「理解する」ことは、独裁者の存在を「許す」ということではありません。   

 

そうですね。日本人の現実肯定主義は通用しませんね。無理が通れば道理が引っ込むでは済まされませんね。         

 

>自分の理解が及ばないからといって、「頭が狂った独裁者だ」と片付けてしまうことこそが、悲劇が繰り返される要因ではないでしょうか。 > なぜ、独裁者が生まれやすい国があるのか。 >そこを読み解くことで、独裁者が生まれる土壌を理解することができ、自分たちはそんな方向に向かわないようにする、という選択肢がとれるのです。  

 

そうですね。ロシア人は白人ですが、そのメンタリティ (考え方) は蒙古風ですからね。    

 

>独裁者を生み出さないために大切なこと   >――独裁者を生み出さないために、大切なことはどんなことでしょうか。 >本村:ロシアが独裁政治に馴染みが深いのは「異民族と渡り合わなければならないから」と説明しましたが、逆に「なぜ民主制や共和制がロシアに馴染まなかったのか」と考えると、また別の理由がみえてきます。 

 

彼らは無哲学・能天気だからではないでしょうか。それでノンポリ・政治音痴になっている。国際社会の進歩に追いつけない。      

 

> それは、かつてのロシアの識字率の低さです。 >哲学者のジャン・ジャック・ルソーが書いた『社会契約論』は、フランス革命に大きな影響を与えました。 > つまり、フランス革命が実現したのは、庶民層がルソーの著作に触れることができたからといえます。  

 

魚心あれば水心ですね。   

 

>一方、ロシアの場合は、農民の78割は文字が読めませんでした。 >これでは民主制を実現するどころか、それが何たるかを理解することもできません。 > そんな背景を踏まえると、教育を重視して国民に国際的な教養をつけること。 >それが独裁者を生み出さない国家づくりを行うための、一つのポイントだといえるでしょう。

 

そうですね。我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。 

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 我が国の ‘かな漢字’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。つづり字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。  

国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語のかな漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。私の知人に '〇〇健' という名前の人がいる。彼は周りの人から 'タケちゃん' とか、'ケンちゃん' とか呼ばれている。'一体どちらが本当なのか' と私が尋ねると、彼は 'どちらでも良いのですよ' と答える。'でも、戸籍ではどうなっているのか' と尋ねると、'戸籍にはフリガナがありませんから、どう読んでも良いのですよ' という答えであった。これを '日本人の自由' というのであろうか。'あるべき姿' の追及がない。だから表記法の改革も進まない。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。          

為せば成る。為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり。 (上杉鷹山)    

 

>――世界史の教養があるかどうかで、他国の理解しがたい政治体制も、その背景が見えてきそうです。 >ただ、日本史と比べると世界史はあまりに広く、何からどう勉強したらよいのかわかりません。 >本村:自国の歴史により関心を持ちやすいのは、当たり前のことです。 >ただ、世界史を学ぶうちに、日本史との共通点も見えてきて、今私たちがすべきことを見出すことができます。  

 

言語は伝達の手段であるばかりでなく、思考の重要な手段でもあります。ですから我々の考えの疎かな所は日本語のせいであることもあります。   

非現実 (考え) の内容は、英語の時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。これらの三世界は時制により構文が異なるので、同次元で語ることができない。それで独立した三世界になっている。この規則を the sequence of tenses (時制の一致) と呼ぶ。日本人の初学者が英論文を書くときに難渋する規則である。 

世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を自分自身で埋めて行く。自己の 'あるべき姿' (things as they should be) もこの中にある。来るべき世界の内容を語ることは、時代を先取りすることである。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実 (things as they are) の内容を批判 (縦並びの比較) すれば、批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。批判精神のない人の文章は、ただ現実の内容の垂れ流しになる。全ての事柄は他人事になる。これは子供のようなものである。日本人も英米人も子供の時には非現実 (考え) の内容というものがない。だから ‘話を告げる’ (to tell a story) ということは、’作り話をする’ とか ‘嘘を吐く’ という風に受け取られて悪い子供とされている。この判定だけがわが国では一生涯続く。

日本語の文法には時制がない。だから、日本人には非現実を内容とする世界観がない。そして、日本人には批判精神がない。残念ながらマッカーサ元帥の '日本人12歳説' を否定できる人はいない。  

意見は比較の問題である。現実の内容と非現実の内容があれば批判精神が発揮できる。英米人の意見はこれである。これは縦並びの比較ということができる。建設的である。進歩が期待できる。希望が持てる。現実の内容だけであれば、その比較は '現実' '現実' の上下判断 (横並びの比較) になり、'どっちもどっちだ' がある。そこで、不完全な現実に囲まれて無力感に苛まれる。この種の比較は復讐に復讐を重ねる民族同士の争いの原動力にもなっていて進歩が期待できない。 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で ‘自らの立場’ について以下のように述べています。   

何処の国の新聞でも、一つの立場がある。立場があるというのは公正な報道をしないということではない。そうではなくて、ある一つの事態を眺めかつ報道している自分の位置を明確にしている、ということである。 読者は、報道された内容と報道者の位置の双方を知って、書かれた記事に各々の判断を下す、ということである。 ・・・・日本の新聞も、自らの立場となると、不偏不党とか公正とかいうだけで、対象を見ている自分の位置を一向に明確に打ち出さない。これは非常に奇妙に見える。 物を見て報道している以上、見ている自分の位置というものが絶対にあるし、第一、その立場が明確でない新聞などが出せるはずもなければ読まれるはずもない。・・・・・ (引用終り)    

 

> 勉強は、高校で習う世界史をざっと理解しておく程度で十分です。 >その代わり、一回で済ませないで、何度も繰り返し読むことです。 >『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』はイラストも豊富なので、これから世界史を学ぶ人には、ちょうどよいレベルと分量といえます。  

 

人類の知識の大半は英語の文献の中に記録されているので、我々日本人には英語を習得することも必要ですね。    

 

> 世界史の知識を身につければ、今起きている国際問題を自分事としてとらえることができます。 >入門書を何度も読むことは、国際的な教養を身につける大きな一歩になることでしょう。

 

そうですね。自己の意思を表せば当事者・関係者になることができます。意思を表すことが無ければ傍観者にとどまります。     

 

 

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