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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市3-2 上杉謙信公祠堂跡

2021-02-14 05:46:00 | 【カシャリ!一人旅】 06山形県

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市3-2 上杉謙信公祠堂跡

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 3-2 

公式サイト パンフレット 関連記事(秘)  

■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
 
上杉謙信公祠堂跡

上杉家初代・上杉謙信の墓が納められていました。

現在は、墓所は、上杉家廟所に移されています。


舞鶴橋を渡ってすぐ左側
石段を登ると謙信公祠堂跡




祠堂跡への登り口



石段を登り詰めますと、まず目に入るのが大きな招魂碑です。



戊辰戦争の戦没者等を弔うための招魂碑



↑ 拡大




↑ 拡大




上杉謙信公祠堂跡

 明治9年(1876年)上杉謙信の霊柩を御廟所中央に奉遷するまで
ここに安置されていました。
明治24年(1896年)祠堂跡に遺跡碑が建立されました。
 ここからは伝国の杜を見下ろすことができます。



公祠堂跡に立つ碑



祠堂碑の北隣に植えられたサクラ





桜の横にある登ってきた石段を下ります。
中央には、松岬神社角の大銀杏が見えます。
その手前は、舞鶴橋です。



上杉謙信公祠堂跡から見た上杉博物館
 
 
 
 
 
 
 
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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市3-1 上杉神社へのアプローチ

2021-02-13 05:46:00 | 【カシャリ!一人旅】 06山形県

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市3-1 上杉神社へのアプローチ

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 3-1 

公式サイト パンフレット 関連記事(秘)  

■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
 
上杉神社へのアプローチ


↑ 拡大



舞鶴橋

松岬神社の前の参道を上杉神社方向に歩んでゆきますと濠があります。
その濠を越えるのが舞鶴橋です。



多数の鴨が濠を誇らしげに泳いでいました。



落ち葉と共に漂うかも



舞鶴橋



舞鶴橋たもとより、北西方向を見る
中央の黄紅葉がある部分に上杉謙信像が立っています。



濠の北側



結構幅の広い濠です







濠の北側
 
 
 
 
 
 
 
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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-4 松岬神社 上杉家が祀られる

2021-02-09 05:46:00 | 【カシャリ!一人旅】 06山形県

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-4 松岬神社 上杉家が祀られる

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 2-4 

公式サイト パンフレット 関連記事(秘)  

■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
米沢市 松岬神社
■ 松岬神社(まつざきじんじゃ)

 明治35年、上杉神社に上杉謙信とともに祀られていた上杉鷹山が、松岬神社に分祀されました。鷹山の功績の大きさを示すといえます。

 大正元年に新殿が造営され、9月28日遷座祭が斎行され、神社格式で県社にランクされています。

 また、その時に、新饌幣帛料供進神社(しんせんへいはくりょうぐしんじんじゃ)に指定されています。



↑ 拡大

ピンボケで済みません


県社格の神社であることが石柱からもわかります



神社鳥居左にある池



池の奥に立石灯籠



松岬神社拝殿



松岬神社扁額と錫

2020年から流行しだした新型コロナの対策から、
錫の紐は取り払われています



手水場もコロナの対策からひしゃくがありません



↑ 拡大

鷹山の伝国の辞


  「伝国の辞(でんこくのじ)」は、鷹山が次期藩主・治広に家督を譲る際に申し渡した、3条からなる藩主としての心得です。


一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
一、国家人民の為に立たる君にして君の為に立たる国家人民にはこれ無く候
右三条御遺念有間敷候事天明五巳年二月七日  治憲 花押
  治広殿  机前


意訳は、以下の通りです。


一、国(藩)は先祖から子孫へ伝えられるものであり、我(藩主)の私物ではない。

一、領民は国(藩)に属しているものであり、我(藩主)の私物ではない。

一、国(藩)・国民(領民)のために存在・行動するのが君主(藩主)であり、“君主のために存在・行動する国・国民”ではない。

この三ヶ条を心に留め忘れることなきように。

 伝国の辞は、上杉家の明治の版籍奉還に至るまで、代々の家督相続時に相続者に家訓として伝承されました。



松岬神社境内のもみじ



観光客を当時の装束を身につけた人が迎えてくれています



松岬神社前の錦の絨毯



松岬神社角に立つ大銀杏
 
 
 
 
 
 
 
 
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■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-2 上杉家が祀られる上杉神社参道・城跡

2021-02-07 05:46:00 | 【カシャリ!一人旅】 06山形県

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-2 上杉家が祀られる上杉神社参道・城跡

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 2-2 

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■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
 
米沢市 上杉神社へのアプローチ
 
米沢市 上杉神社参道



左手が、米沢市上杉博物館



紅葉真っ盛り

正面に鳥居が見えます。上杉神社の入口です。

右手が上杉城苑、上杉鷹山の銅像他が配置



↑ 拡大


行在所遺跡

あんざいしょ

 



行在所(あんざいしょ)遺跡

明治14年10月、明治天皇が東北巡幸をなされた。
その際の米沢での宿所であった行在所の跡地
上杉城史苑の一角に立つ



秦逸三の胸像

日本で最初の人造絹糸(レーヨン)の製造に成功した
帝国人造絹糸(帝人)の創業者
もともとは三原工場にあったものが平成27年に米沢市へ寄贈

 

地方都市の多くが、寂れてきています。

そのような中で、民間企業による貢献は有難いですね。

 
 
 
 
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■【カシャリ! ひとり旅】 山形県米沢市1-1 米沢市概要

2021-02-06 05:46:00 | 【カシャリ!一人旅】 06山形県

■【カシャリ! ひとり旅】山形県米沢市2-1 上杉神社へのアプローチ 伝国の杜

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 

 米沢市 2-1 

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■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より
 
米沢市 上杉神社へのアプローチ

米沢市 伝国の杜

■ 伝国の杜・米沢市上杉博物館

 米沢藩の歴史・文化を中心テーマとした博物館のある一帯を「伝国の杜(でんこくのもり)」といいます。

 「伝国の杜(でんこくのもり)」」は、平成13年9月29日、山形県米沢市に博物館・文化施設として誕生しました。

 博物館には、国宝「上杉本洛中洛外図屏風」や「上杉家文書」など、数千に及ぶ米沢藩や上杉家にゆかりの文化財が収蔵されています。この施設は県立の「置賜文化ホール」と、市立の「米沢市上杉博物館」の2つが合築されました。 「置賜文化ホール」では音楽、演劇など催しものを開催しております。

 常設展示室には、上杉の歴史と文化を中心とした「江戸時代の置賜・米沢」を主軸に展示されています。

 営業期間
  開館:9:00~17:00 入館は16:30まで
  休館:4月~11月 第4水曜日、12月~3月 月曜が休日の場合はその直後の平日
      12月29日~1月3日 (年末年始)、館内整理日(不定)

所在地 〒992-0052 山形県米沢市丸の内1-2-1

交通アクセス
 米沢駅からバスで12分


■ 伝国の杜 でんこくのもり

 上杉鷹山の「伝国の辞(でんこくのじ)」をもとに命名されました。

 伝国の辞とは、鷹山(藩主の時は「治憲」)が次期藩主・治広に家督を譲る際に申し渡した、3条からなる藩主としての心得です。


一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候

一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候

一、国家人民の為に立たる君にして君の為に立たる国家人民にはこれ無く候

 右三条御遺念有間敷候事

 天明五巳年二月七日  治憲 花押  <鷹山の花押(署名)>

  治広殿  机前  <鷹山から次期藩主・上杉治広へ>


 意訳は、以下の通りです。

一、国(藩)は先祖から子孫へ伝えられるものであり、我(藩主)の私物ではない。

一、領民は国(藩)に属しているものであり、我(藩主)の私物ではない。

一、国(藩)・国民(領民)のために存在・行動するのが君主(藩主)であり、“君主のために存在・行動する国・国民”ではない。

この三ヶ条を心に留め忘れることなきように。

 伝国の辞は、上杉家の明治の版籍奉還に至るまで、代々の家督相続時に相続者に家訓として伝承されました。



米沢市上杉博物館



博物館正面玄関上の看板


上杉謙信公祠堂跡からみた伝国の杜・上杉博物館





↑ 拡大

 

旧米沢高等工業学校は山形大学工学部の前身で

米沢市民の誇りでもあるようです

 

 

 
 
 
 
 
 
 
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■【カシャリ! ひとり旅】 山形県米沢市1-1 米沢市概要

2021-02-01 11:23:00 | 【カシャリ!一人旅】 06山形県

■【カシャリ! ひとり旅】 山形県米沢市1-1 米沢市概要

 「旅は道連れ、世は情け」といいますが、私のライフワークは【カシャリ! ひとり旅】です。

 とりわけ、寺社や庭園は、私の旅心、カシャリ心をくすぐります。

 皆様にお見せしたいような写真を撮るのが趣味というわけではありません。

 私の生きた足跡を、写真という媒体を通じて記録しておきたいという気持ちからのカシャリです。

 素人写真ですが、読者の皆さんの中に、写真やたびの思いをご覧になって、「行って見たい」という気持ちになられたら幸いです。

 

 

 
 
 
山形県 米沢市 1-1 
公式サイト パンフレット 関連記事(秘)  

■ 米沢市(よねざわし)

 山形県の置賜地方に位置する、この地方最大の都市で、上杉氏の城下町として知られています。置賜地方(おきたまちほう・おいたまちほう)は、山形県内陸部南部を指す地方名です。

 鎌倉時代は、長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となり、「独眼竜」伊達政宗は米沢城で生まれました。江戸時代から明治の廃藩置県までは上杉氏の城下町で、上杉氏との縁で上越市(新潟県西部)との関係が深いのです。

 米沢藩の藩校として1697年に設置された興譲館は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として伝統を受け継いでいます。上杉家歴代の中でも、家祖上杉謙信と中興の祖上杉鷹山は特に顕彰され、全小学校肖像画が掲げられています。

 また、山形大学の工学部は、1910年(明治43年)設立の米沢高等工業学校を前身とし、旧建物は文化財として保存されています。




米沢市資料より


 山形県米沢市 
 米沢 上杉神社周辺東 伝国の杜・松岬神社・鷹山像 
 米沢 上杉神社参道 謙信像・謙信公祠堂跡・鷹山像
 米沢 上杉神社境内・附属社 本殿・福徳稲荷神社・稽照殿 
 米沢 上杉神社周辺南 上杉記念館・文化伝承館・餐霞館 
 米沢 上杉神社周辺北 白子神社
 米沢 上杉家墓所 
 米沢 法音寺・千勝院 
 米沢 法泉寺 
 米沢 旧米沢高等工業学校・林泉寺 
 米沢 東光酒造 
 米沢 市内寺社(米沢駅南西) 皇大神宮
 米沢 市内寺社(米沢駅北西) 関興庵・東源寺
 米沢 市内寺社(米沢駅北西) 長命寺・我妻記念館
 米沢 市内寺社(米沢駅北西) 高国寺
   
 名所メニュー一覧

 山形県 米沢市


東京駅を出発



米沢駅に到着



米沢駅

駅舎デザインは、、旧米沢高等工業学校本館を模しています。



駅前のペイブメント

米沢牛は欠かせません
福島に近いこともあり、リンゴも特産品です。
上杉神社には多数の鯉もいます。



↑ 拡大



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