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■■ 【経営コンサルタントの選び方・使い方】 No.8 コンサルタントを使う目的をはっきりしよう 2

2019-03-30 16:00:31 | 【経営】 経営コンサルタントの効果的な使い方

■■ 【経営コンサルタントの選び方・使い方】 No. コンサルタントを使う目的をはっきりしよう 2

~ 経営コンサルタントを使いこなせない社長は引退せよ ~

 

 経営環境のグローバル化や技術革新の収束な発展で、経営者は従来の延長線上での経営ではやって行けない時代になりました。

 このような時には、スピーディな経営意思決定により、臨機応変な時代対応の経営ができなければなりません。

 新興国の急速の発展には、社内だけのでの人材では追いつかなくなってきています。せかいじゅうの先進国は、社外取締役を活用するのが当たり前な時代です。

 

第1章 経営コンサルタントは何をしてくれるか

 

■ 1-2 コンサルタントを使う目的をはっきりしよう 2 通算8回

 

 経営コンサルタントといってもさらにいくつかに分類できます。しかし、特に決まった分類方法があるわけではありませんが、さらにそれを詳しく見てみましょう。

 

 経営コンサルタントというのは、企業や組織、時には個人からの依頼により、依頼主の要望に応じて臨機応変に対処する方策をアドバイスする職業といえます。それが財務の問題であったり、営業強化、生産効率、経営情報化、原価管理、労務、時には個人の税金対策や個人の悩みまで含まれたりすることもあります。

 

 経営コンサルタントへの依頼主が、自分の会社のどこに問題があるのか、問題点がわからないこともあります。問題はわかっていながら、どう対処したらよいのか困っていることもあります。それどころか、問題も、その解決策もわかっていながら経営コンサルタントに依頼してくることもあります。解決策を実行する人材が社内にいないということがその理由です。そのような時には、本来は現場がなすべき実務と言っても過言ではないような部分まで経営コンサルタントが実際にやってくれることもあります。

 

 例えば、月次決算データを毎月詳細に分析し、それをグラフに整理して経営者が意思決定しやすいように資料を作成するという業務までしてくれます。これは、税理士がパソコンのソフトウェアで自動的に財務分析をする内容とは異なり、具体的な戦術面までのアドバイスが含まれています。大企業であれば経営企画室などが担当して行うような作業です。

 

【 注 】

 弊著、経営者・管理職のための「発展し続ける企業の“秘密”の道」(グロマコン出版、A5サイズ約60ページ)は1,000円(税/送料込み)でおわけしています。

 

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 himitsu no michi


 

 

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■【心で経営】 歴史・宗教に学ぶ経営 真盛上人 天台真盛宗の宗祖 KH36291 

2019-03-30 10:15:32 | 【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営
■【心で経営】 歴史・宗教に学ぶ経営 真盛上人 天台真盛宗の宗祖 KH36291 
 
 日本経営士協会は、ご存知の方も多いと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 会員は、それぞれ異なった専門分野を持っていますので、経営士同士が競合するというよりは、専門外の分野で補完し合っています。これを「共業・共用・共育」といっています。
 
 コンサルティングという実務を通じて、いろいろな体験をしています。その体験を通して、みなさまに情報をお届けしています。
■■【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営シリーズのコンセプト 

 かねてより、【心 de 経営】ということを基本に、永年コンサルティングをして参りました。「de」は、フランス語の前置詞で、英語にしますと「of」に近い意味合いであり用法であると認識しています。

「de」を、英語の「of」の意味で用いますと「心 of 経営」、すなわち「経営”の”心」となります。「de」を、そのまま、日本語の「で」に置き換えますと「心で経営」となります。

「心」を大切にしますと、人間関係が良くなるだけではなく、論理的な思考だけでは見えてこないものが見えてきます。

 歴史を紐解きますと、「なぜ、主人公は、あのような決断をしたのだろうか」「もし、あのようなことをせずに、このようにしたら歴史はどのように変わったのだろうか」などと「歴史に”もし”は禁物」にも触れたくなります。

 それが、ビジネスパーソンに想定外のヒントを与えてくれることがあります。

 歴史を理解するには、あるいはグローバル化の時代に海外の人を理解するには、宗教の特質も理解しなければならないことが多々あります。

 歴史や宗教、哲学など、私の専門外の分野で感じたことを経営やコンサルティングにも応用できないかと徒然に書いてまいります。

 物事や人の心には多面性があります。お届けするブログが正論であるか否かは、皆様のご判断にお任せしますが、参考にして下さいますと幸いです。

(ドアノブ)

 

 

■ 真盛上人 天台真盛宗の宗祖

 しんせい
 嘉吉3年1月28日(1443年2月27日) - 明応4年2月30日(1495年3月26日)
 諡号は円戒国師・慈摂大師

 戦国時代の天台宗の僧で、伊勢に生まれました。天台宗真盛派(現在の天台真盛宗)の宗祖です。

 一四歳で剃髪し、幼名から「眞盛」と名を改めました。

 比叡山西塔の慶秀に師事し、天台宗の教学を20余年にわたって学びました。その後、黒谷青龍寺に隠遁し、「往生要集」に拠り称名念仏を唱えました。戒律と称名念仏の一致、無欲と慈悲などを説きました。

 かつて良源や源信などが住み、円観が円頓戒の本寺としたこともある近江国坂本の西教寺を再興して、天台宗真盛派の本寺としました。

 近江・伊勢・越前を巡錫(じゅんしゃく)し、後土御門帝に円頓戒を授け「円戒国師」の号を下賜されました。また、明治天皇より「慈摂大師」の号も賜っています。

(ドアノブ)


【経営コンサルタントの育成と資格付与】
 
 
 日本最古の経営コンサルタント団体・日本経営士協会とは
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◆【経営コンサルタントからのお節介焼き情報】 「聞即信」とは、どういうことか

2019-03-27 18:13:59 | 【話材】 ブログでつぶやき

◆【経営コンサルタントからのお節介焼き情報】 「聞即信」とは、どういうことか

 
 日本経営士協会は、ご存知の方も多いと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 会員は、それぞれ異なった専門分野を持っていますので、経営士同士が競合するというよりは、専門外の分野で補完し合っています。これを「共業・共用・共育」といっています。
 
 その異なった分野を持つ会員が、つれづれに思ったことや、入手した知識や情報のお裾分け精神から、皆様に、【経営コンサルタントのひとり言】としてお届けします。
 
 
 
 

■ 「聞即信」とは、どういうことか

 浄土真宗の法話で「聞即信」という言葉がしばしば使われますが、「きくというのは、信心をあらわす、御のりなり」(真宗教団サイト・カレンダー)と言い直すことができます。

 簡潔にいいますと、仏様は、仏法を信ずる者を幸福に導いてくださるということです。

 阿弥陀仏は、聞いて信ずる者を助けてくれるという前提ですので、聞くということが阿弥陀仏の救いに最も大切なことなのです。

 

 浄土宗の普及に効果的な表現ですが、ビジネスの世界でも「聴聞」という言葉でしばしば聞かれますように、「聞即信」に繋がります。

 聴聞といいますのは、「聴」もきくということ、「聞」もきくということです。その両者には大きな違いがあります。しかし、ビジネスの世界における両者とも異なるようです。

 

 仏教(浄土真宗)では、「聴く」という”きき方”は、耳にきこえることについて、「異論がない」という”きき方”です。たとえば、「1+1=2」のように、耳に届いた情報を、抵抗なく納得できるような”きき方”のことです。

 それにたいして、「聞く」とは、私のような凡人としては、大変大雑把な言い方ですが、「阿弥陀仏が、本来おっしゃっていることを基準に理解し、納得すること」ではないかと考えます。

 すなわち、納得できなかったら納得できるまで、思考し、問いかけ、納得できるまで繰り返すべきことのようです。

 仏教は、因果の道理を根幹として説かれていますので、誰もが納得できる教えです。ですから、「重考(繰り返し考える)」し、解らなければ諦めずに、遠慮せずに問うことが肝要なようです。

 仏教においては、それが「聞く」ということです。

 耳で”きいて”、理解し、合点しているだけでは、それは「聴聞」とはいえないのです。

 親鸞聖人は、次のように教えています。

「聞」と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心有ること無し。これを「聞」と曰うなり(『教行信証』信巻)

 何十回、何百回きいても、信心を獲得しなければ「聞いた」ことにはならないということです。すなわち、「聞即信」まで、聞き抜かなければ、浄土へ往けないのだそうです。

 

 それに対して、ビジネスの世界では、「聴く」というのは「傾聴」ということばに代表され、一般的には「listen to」という言葉に通じると言われていますし、私もその様に考えて来ました。

「聞く」は、「hear」に相当し、「声や音として耳に届く」という理解でした。

 耳に入ったことを、思考回路を通さないと、ホンモノの理解や納得に通じないということを、新たに学んだ気がします。

 と、いいますより、「それが常識」という気持ちでいて、実際に自分の行動として、思考回路を通すことをキチンとやっているかというと、必ずしもそうではありません。

 これまで以上に、「聞即信」ということを意識すべきと、大いに反省させられました。

  参考: https://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/infoshinsyu/qa0404.htm

 (ドアノブ)

 

 


【経営コンサルタントの育成と資格付与】
 
 
 日本最古の経営コンサルタント団体・日本経営士協会とは



コンサルタント情報


◆【資格取得参考情報】 日本経営士協会の理念を映像で見る

 ちょっとした情報が、私達の智慧となることは多々あります。その情報が知恵の源泉であることに気づかないで機会損失を起こしていることは、それ以上に多いのかもしれません。


 経営コンサルタントの資格といいますと「中小企業診断士」を連想する方が多いと思います。

 中小企業診断士制度がスタートする10年以上前、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント資格が「経営士」なのです。

 中小企業診断士制度が発足したときに、中小企業診断士(当時は「中小企業診断員」と呼ばれていました)の育成に、日本経営士協会会員が協力しました。

 日本経営士協会は、60年余の歴史と伝統のある経営コンサルタント団体で、経営コンサルタントのプロ集団でありますとともに、若手経営コンサルタントの育成に尽力しています。

 中小企業診断士資格を取得するには、相当なる覚悟を持って受験準備をしなければなりません。ところが、すでに経営コンサルティング業で永年企業支援をしている先生方にとりまして、受験勉強をするゆとりはあまりないでしょう。

 そのようなベテランの経営コンサルタントが、資格がないためにビジネス拡大におきまして機会損失をしていることも事実です。

 日本経営士協会では、実力・実績・経験を重視した資格付与審査をしていますので、それらの先生におきましては、中小企業診断士よりも資格取得をしやすいと言えます。

 日本経営士協会の理念を映像で紹介していますので、この機会に是非ご覧下さることをお薦めします。学科試験なしで資格取得ができる「特別推薦制度」を利用する道へのお手伝いも致します。


shachou tv

◇ 立ち読み
◇ 全映像(7分)
【 注 】 映像開始まで時間がかかることがあります。

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■■ 【経営コンサルタントの選び方・使い方】 No.7 コンサルタントを使う目的をはっきりしよう 1

2019-03-24 12:10:46 | 【経営】 経営コンサルタントの効果的な使い方

■■ 【経営コンサルタントの選び方・使い方】 No. コンサルタントを使う目的をはっきりしよう 1

~ 経営コンサルタントを使いこなせない社長は引退せよ ~

 経営環境のグローバル化や技術革新の収束な発展で、経営者は従来の延長線上での経営ではやって行けない時代になりました。

 このような時には、スピーディな経営意思決定により、臨機応変な時代対応の経営ができなければなりません。

 新興国の急速の発展には、社内だけのでの人材では追いつかなくなってきています。せかいじゅうの先進国は、社外取締役を活用するのが当たり前な時代です。

第1章 経営コンサルタントは何をしてくれるか

 

■ 1-2 コンサルタントを使う目的をはっきりしよう 1 通算7回

 

 経営に関するコンサルタントといっても、いわゆる経営コンサルタントもいるし、税務や財務などの相談者としては、公認会計士や税理士といった先生もいます。しかし、目先の資金繰りに困ったときには、その道専門のコンサルタントもいます。労務関係としては、社会保険労務士がいますし、官公庁向けや公的な書類を作成するためには司法書士や行政書士という先生がいます。また、経営情報関連では、ITコーディネータや情報関連の各種資格を持っているコンサルタントがいます。経営者としての個人資産の管理に関しては、ファイナンシャル・アドバイザがいます。

 

 一口にコンサルタントと言ってもこの様にいろいろな専門分野を持ったコンサルタントがいます。コンサルタントに何をやってもらうのか、コンサルタントに依頼する目的を明確にしなければなりません。ところが、どのようなコンサルタントに頼んだらよいのか始めからきちんとわかっていない場合が多々あります。

 

 人間がどこか具合が悪かったり、一見健康そうに見えても病気にかかっていたりするかも知れないときに医師の診断を受けます。それと同様に、企業は、経営コンサルタントに依頼して、診察を受け、原因を見つけてもらい、治療法を検討してもらってから、治療方針に基づき治療をしてももらう必要があります。

【 注 】

 弊著、経営者・管理職のための「発展し続ける企業の“秘密”の道」(グロマコン出版、A5サイズ約60ページ)は1,000円(税/送料込み)でおわけしています。

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■【心で経営】 歴史・宗教に学ぶ経営 小堀遠州 作庭家としてだけではなく多才な人 KH53291 

2019-03-23 10:33:08 | 【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営
■【心で経営】 歴史・宗教に学ぶ経営 小堀遠州 作庭家としてだけではなく多才な人 KH53291 
 
 日本経営士協会は、ご存知の方も多いと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 会員は、それぞれ異なった専門分野を持っていますので、経営士同士が競合するというよりは、専門外の分野で補完し合っています。これを「共業・共用・共育」といっています。
 
 コンサルティングという実務を通じて、いろいろな体験をしています。その体験を通して、みなさまに情報をお届けしています。
■■【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営シリーズのコンセプト 

 かねてより、【心 de 経営】ということを基本に、永年コンサルティングをして参りました。「de」は、フランス語の前置詞で、英語にしますと「of」に近い意味合いであり用法であると認識しています。

「de」を、英語の「of」の意味で用いますと「心 of 経営」、すなわち「経営”の”心」となります。「de」を、そのまま、日本語の「で」に置き換えますと「心で経営」となります。

「心」を大切にしますと、人間関係が良くなるだけではなく、論理的な思考だけでは見えてこないものが見えてきます。

 歴史を紐解きますと、「なぜ、主人公は、あのような決断をしたのだろうか」「もし、あのようなことをせずに、このようにしたら歴史はどのように変わったのだろうか」などと「歴史に”もし”は禁物」にも触れたくなります。

 それが、ビジネスパーソンに想定外のヒントを与えてくれることがあります。

 歴史を理解するには、あるいはグローバル化の時代に海外の人を理解するには、宗教の特質も理解しなければならないことが多々あります。

 歴史や宗教、哲学など、私の専門外の分野で感じたことを経営やコンサルティングにも応用できないかと徒然に書いてまいります。

 物事や人の心には多面性があります。お届けするブログが正論であるか否かは、皆様のご判断にお任せしますが、参考にして下さいますと幸いです。

(ドアノブ)

 

 

 

 

■ 小堀遠州 作庭家としてだけではなく多才な人

 こぼりえんしゅう
 天正7年(1579)- 正保4年2月6日(1647年3月12日)

 小堀遠州としられますが、名は、政一(まさかず)で、近江国坂田郡小堀村(現・滋賀県長浜市)に生まれた、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名、茶人、建築家、作庭家、書家、陶芸家、華道家などとして知られる多才な人でした。

 江戸幕府の作事奉行となり、優れた庭園を残しました。茶を古田織部に学び、将軍家茶道指南として、またのちに遠州流茶道の開祖となりました。

 造園に造詣深く、作庭家として広く知られていますが、仙洞御所、二条城、南禅寺金地院などの庭を手がけました。

 慶長13年(1608年)には駿府城普請奉行となり、修築の功により、慶長14年(1609年)、従五位下遠江守に叙任されました。以後この官名により、小堀遠州と呼ばれるようになったのです。

 小堀氏の本姓は、藤原氏で藤原一族の血統を引いています。最後は、伏見奉行屋敷にて69歳で死去しました。

 

 

一芸に秀でる人は多芸に通ず」といいます。一方で、「器用貧乏」という言葉もあります。

 

 ある経営士・コンサルタントですが、何をやらせてもそつなくこなし、一芸だけではなく多芸に通じ、コンサルタントとしての将来が嘱望されていました。

 

 処々で光るものを見せていたのです。それが仲間やライバルからやっかまれるほどでした。

 

 ところが、どういうわけか、ビジネスとして、なかなか芽が出ないでいるうちに、この業界から姿を消してしまいました。

 

 なぜ、姿を消したのかは謎ですが、経営士・コンサルタントの世界では「専門性」というアイデンティティが重視される世界でもあります。

 

 これは、ビジネスの正解でもいえることで、顧客から、認められるためには、差異化(差別化)されていることが 重要なのです。

 

 ビジネスの世界で生きていくためには、器用貧乏という面があることを知っておく必要があります。

 

 

 

(ドアノブ)


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■【カシャリ! ひとり旅】 静岡県伊豆下田 爪木崎 花咲く岬と恋する灯台

2019-03-21 18:06:31 | 【カシャリ!ひとり旅】 38静岡県
■【カシャリ! ひとり旅】 静岡県伊豆下田 爪木崎 花咲く岬と恋する灯台 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
       

 日本経営士協会は、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 プロのコンサルタント集団であるとともに、プロのコンサルタントを育成する団体でもあります。
 各種情報を提供する中に、会員が趣味で撮影した写真を紹介するサイトです。
 素人写真ですが、旅行の参考にされたり、話材の一つとしてお使いくださったりしてくださると幸いです。
 
 
  カシャリ! ひとり旅
    カシャリ! ひとり旅 

静岡県  爪木崎
 
 
 

 下田市(しもだし)は、伊豆半島南部に位置します。静岡県にある伊豆半島の南端の漁業と観光の都市です。明治以前は「伊豆国賀茂郡」と呼ばれていました。

 伊豆急行線の開通などもあり、観光地として脚光を浴び、バブル期には年間500万人を超えた時期もありますが、近年は、それよりも減少していますが、下田温泉としての人気は続いています。

 年平均気温は約17℃と温暖で、降水量も年間1900mm余りと豊富です。このような気候と急峻な地形条件により、亜熱帯系から亜寒帯系までの幅広い植生があります。爪木崎の水仙や市内処々に見られる椿は、その代表的な存在でもあります。

 

 


爪木崎の写真集

バス停を降りて南方向に下ると
爪木崎を示す門があります。
(入場無料)


 
伊豆下田・爪木崎1  昭和天皇歌碑、花咲く岬と恋する灯台 
伊豆下田・爪木崎2  花咲く岬と白く花開く波
    
たくさんの写真を掲載しています
 
 
 
 
 
 
 

【経営コンサルタントの育成と資格付与】
 
 
 
since 1951 特定非営利活動法人・日本経営士協会
 
 
 
 日本経営士協会は、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 詳しくは、サイトでご覧下さい。 
 
 
 
 日本最古の経営コンサルタント団体・日本経営士協会とは
 
 資格取得についてや入会の手続等
 
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■【カシャリ! ひとり旅】 静岡県伊豆下田 開国日本の歴史と温暖な気候の観光地

2019-03-20 17:22:57 | 【カシャリ!ひとり旅】 38静岡県
■【カシャリ! ひとり旅】 静岡県伊豆下田 開国日本の歴史と温暖な気候の観光地 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
       

 日本経営士協会は、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 プロのコンサルタント集団であるとともに、プロのコンサルタントを育成する団体でもあります。
 各種情報を提供する中に、会員が趣味で撮影した写真を紹介するサイトです。
 素人写真ですが、旅行の参考にされたり、話材の一つとしてお使いくださったりしてくださると幸いです。
 
 
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静岡県  伊豆下田
 
 
 

 下田市(しもだし)は、伊豆半島南部に位置します。静岡県にある伊豆半島の南端の漁業と観光の都市です。明治以前は「伊豆国賀茂郡」と呼ばれていました。

 伊豆急行線の開通などもあり、観光地として脚光を浴び、バブル期には年間500万人を超えた時期もありますが、近年は、それよりも減少していますが、下田温泉としての人気は続いています。

 年平均気温は約17℃と温暖で、降水量も年間1900mm余りと豊富です。このような気候と急峻な地形条件により、亜熱帯系から亜寒帯系までの幅広い植生があります。爪木崎の水仙や市内処々に見られる椿は、その代表的な存在でもあります。
 



新下田橋は「人魚橋」とも呼ばれます。
欄干に人魚像が4体
 
写真集
 
 
  伊豆下田・爪木崎1  下田市内
  伊豆下田・爪木崎2  昭和天皇歌碑、爪木崎・咲く岬とする灯台 
  伊豆下田・爪木崎3  爪木崎 花咲く岬と白く花開く波
  伊豆下田・爪木崎4  玉泉寺、ハリスの小道、寝姿山、至誠通天碑 
  伊豆下田・爪木崎5  宝福寺1 本堂、庭、お吉の墓、ボケ地蔵 
  伊豆下田・爪木崎6  宝福寺2 お吉記念館、龍馬・容堂謁見の部屋 
  伊豆下田・爪木崎7  了仙寺 日米和親条約付録下田条約締結の地 
  伊豆下田・爪木崎8  長楽寺 日露和親条約締結の地、日米和親条約批准の地 
  伊豆下田・爪木崎9  稲田寺(唐人お吉の恋人が眠る)、海善寺 
  伊豆下田・爪木崎10  八幡神社 下田の鎮守社で夏祭は有名 
  伊豆下田・爪木崎11  大安寺 将軍献上品にまつわる悲話 
  伊豆下田・爪木崎12  本覚寺 吉田松陰拘禁の跡 泰平寺
  伊豆下田・爪木崎13  ペリーロード お吉を忍ぶ散策の小径
  伊豆下田・爪木崎14  下田公園 四季折々の花と眺望


 
 
 
 
 
 
 
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◆【お節介焼き情報】 経営コンサルタントになるには??

2019-03-19 17:36:45 | 【話材】 お節介焼き情報

◆【お節介焼き情報】 経営コンサルタントになるには??

 ちょっとした情報が、私達の智慧となることは多々あります。その情報が知恵の源泉であることに気づかないで機会損失を起こしていることは、それ以上に多いのかもしれません。

~ 1970年代以来の経営コンサルタント経験からアドバイス

 

 私は永年、「経営コンサルタントとはお節介焼き」「当たり前のことが当たり前にできる企業作り」「現場を重視」をモットーとして経営コンサルタントという職業に就いてきました。

 経営コンサルタントになってから、いろいろな人から「なぜ経営コンサルタントになったの?」「経営コンサルタントになるにはどうするの」あるいはすでに経営コンサルタントになっている人からは「経営コンサルタントとして成功するこつは」などと聞かれてきました。

 経営コンサルタントを目指す人が一度は辿るこの道に、正しい回答になるかどうか、お役に立つかどうかはわかりませんが、独断と偏見をお許しいただき、以下のようにまとめてみました。

(ドアノブ)

  経営コンサルタントへの道 クリック

 


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 詳しくは、サイトでご覧下さい。 
 
 
 
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■【心で経営】 歴史・宗教に学ぶ経営 石川丈山 江戸時代初期の武士・文人・作庭家 KH33119

2019-03-16 20:10:24 | 【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営
■【心で経営】 歴史・宗教に学ぶ経営 KH33119 石川丈山 江戸時代初期の武士・文人・作庭家
 
 日本経営士協会は、ご存知の方も多いと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 会員は、それぞれ異なった専門分野を持っていますので、経営士同士が競合するというよりは、専門外の分野で補完し合っています。これを「共業・共用・共育」といっています。
 
 コンサルティングという実務を通じて、いろいろな体験をしています。その体験を通して、みなさまに情報をお届けしています。
■■【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営シリーズのコンセプト 

 かねてより、【心 de 経営】ということを基本に、永年コンサルティングをして参りました。「de」は、フランス語の前置詞で、英語にしますと「of」に近い意味合いであり用法であると認識しています。

「de」を、英語の「of」の意味で用いますと「心 of 経営」、すなわち「経営”の”心」となります。「de」を、そのまま、日本語の「で」に置き換えますと「心で経営」となります。

「心」を大切にしますと、人間関係が良くなるだけではなく、論理的な思考だけでは見えてこないものが見えてきます。

 歴史を紐解きますと、「なぜ、主人公は、あのような決断をしたのだろうか」「もし、あのようなことをせずに、このようにしたら歴史はどのように変わったのだろうか」などと「歴史に”もし”は禁物」にも触れたくなります。

 それが、ビジネスパーソンに想定外のヒントを与えてくれることがあります。

 歴史を理解するには、あるいはグローバル化の時代に海外の人を理解するには、宗教の特質も理解しなければならないことが多々あります。

 歴史や宗教、哲学など、私の専門外の分野で感じたことを経営やコンサルティングにも応用できないかと徒然に書いてまいります。

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(ドアノブ)

 

■ 石川丈山
 
 いしかわじょうざん
 天正11年(1583年)- 寛文12年5月23日(1672年6月18日)
 安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将、儒者、漢詩人で、大坂の陣後、獄中生活をし、一時歯間もしましたが、京都郊外に隠棲して丈山と号しました。
 林羅山らと交わり、儒学を学び、漢詩人となりました。作庭家としても有名で、隠棲生活を送った詩仙堂(左京区)の庭園を自ら作ったほか、渉成園や一休寺の酬恩庵庭園(京田辺市)などが丈山の作といわれています。
 幕末の『煎茶綺言』には、「煎茶家系譜」の初代に丈山の名が記載されており、煎茶の祖ともいわれています。

 人間の生き方は、人それぞれ。丈山は徳川家康に仕える武士でありながら、京都郊外に隠棲するなどと生き方を変えました。
 現代人も、たとえば大企業に仕えていても、自分の生き方や求めるものに反するような場合には、丈山のように、生き方を変えるという道もあるでしょう。
 一方で、「石の上にも三年」といいます。
 現状の正確な把握と自分の気持ちのバランスとを考えながら判断すべきです。「この会社は俺には会わない」というような決めつけや即断で、せっかく与えられた機会を損失しないようにすべきではないでしょうか。 

 

(ドアノブ)


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■【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営 白洲次郎 原理原則重視から学ぶ KH01319

2019-03-13 09:32:05 | 【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営
■【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営 原理原則重視の白洲次郎に学ぶ KH01319
 
 日本経営士協会は、ご存知の方も多いと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 会員は、それぞれ異なった専門分野を持っていますので、経営士同士が競合するというよりは、専門外の分野で補完し合っています。これを「共業・共用・共育」といっています。
 
 コンサルティングという実務を通じて、いろいろな体験をしています。その体験を通して、みなさまに情報をお届けしています。
■■【心 de 経営】 歴史・宗教に学ぶ経営シリーズ

 かねてより、【心 de 経営】ということを基本に、永年コンサルティングをして参りました。「de」は、フランス語の前置詞で、英語にしますと「of」に近い意味合いであり用法であると認識しています。

「de」を、英語の「of」の意味で用いますと「心 of 経営」、すなわち「経営”の”心」となります。「de」を、そのまま、日本語の「で」に置き換えますと「心で経営」となります。

「心」を大切にしますと、人間関係が良くなるだけではなく、論理的な思考だけでは見えてこないものが見えてきます。

 歴史を紐解きますと、「なぜ、主人公は、あのような決断をしたのだろうか」「もし、あのようなことをせずに、このようにしたら歴史はどのように変わったのだろうか」などと「歴史に”もし”は禁物」にも触れたくなります。

 それが、ビジネスパーソンに想定外のヒントを与えてくれることがあります。

 歴史を理解するには、あるいはグローバル化の時代に海外の人を理解するには、宗教の特質も理解しなければならないことが多々あります。

 歴史や宗教、哲学など、私の専門外の分野で感じたことを経営やコンサルティングにも応用できないかと徒然に書いてまいります。

 物事や人の心には多面性があります。お届けするブログが正論であるか否かは、皆様のご判断にお任せしますが、参考にして下さいますと幸いです。

 なお、この連載は、今後逐次アップロードして行きますので、お楽しみになさって下さい。

(ドアノブ)

 

■ 原理原則重視の白洲次郎に学ぶ

 

 

 白洲次郎(しらす じろう、1902年2月17日 - 1985年11月28日)は、兵庫県芦屋市の裕福な家庭に生まれた「日本を代表する実業家のひとり」といって良いでしょう。

 

 旧制中学校卒業という学歴ですが、イギリスに9年も在住し、当然のことながら英語が流ちょうでした。そのため、第二次大戦後の連合国軍占領下における日本復興に一役買った人です。

 

 吉田茂が外務大臣をしていたときに側近として活躍し、吉田に代わって占領軍に対峙し、憲法制定においても、いうべきことを言うということから、占領軍から煙たがれもしましたし、一目もおかれました。

 

 吉田内閣では、貿易庁長官を仰せつかりますが、腐敗蔓延の中、商工省の外局としてではなく、通商産業省を新設して、旧弊を排除できる組織の基礎を作りました。本人は、お役所の中で辣腕を振るうのではなく東京鶴川で農業をするという面白い生き方をしたといいますので、名誉欲の強い人ではなかったようです。

 

 その後、東北電力の会長を始め、多くの企業で役員を歴任しました。歯に衣着せない生き方は、敵も多かったようです。自動車好きということもあってか、「永遠の不良」ともいわれています。

 


 田中角栄が総理大臣の時に、海外からの来客のおもてなしに、白洲が経営に携わるゴルフ場に予約を取ろうとしましたが、「夏の週末はビジターを受け付けない」という規則があるので、「役員会に諮ります」と遠回しに「No」と言ったそうです。

 

 たとえ相手が一国の総理大臣であろうが、「規則は規則」と「原理原則を重視する」という「プリンシプルを貫く」人であるという、白洲の生き方を知ったのが、私が経営コンサルタントとして独立してからのことです。

 

 私が、「原則重視」「モノサシ主義」「原点主義」と言うようになったのは、まだ二十代の頃でしたが、白洲の、この生き方を知って、そのやり方に自信を持ちました。経営コンサルタントとして、顧問先においても、また日本で最初にできた経営コンサルタント団体の役員、理事長、会長と歴任してきた中でも、これを核に仕事をしてきました。

 

 このやり方は、行き過ぎますと官僚的になってしまいます。行き過ぎないようにするのが管理職の役割です。「管理職とは、ルールを破る人」ということを私は、しばしば口にするようになりました。

 

 このことは、「管理職は、偉いので、なにをやっても良い」というのではありません。管理職こそ原理原則を重視しなければならない立場で、ルールに則って仕事をしなければなりません。ルールに反する部下がいればアドバイスをしたり、指導をしたりして、指揮を執って行かねばならないのです。

 

 それでは、「ルールを破る人」と先に言ったことと矛盾をすると思われるかもしれません。管理職は、平素、原理原則に基づいて仕事をしたり、部下に動いてもらったりしますが、時に、戦略的な視点で、ルール通りではうまく行かないと判断できることがあります。その時には、管理職は、自分の権限内で、ルールを破って、その戦略的な判断を現場に活かすのです。

 

 自分の権限内では、その達成が困難と判断した場合には、上司の許可を取ってでも、信念を持って進めて行かなければなりません。

 

 白洲は「政治というのは、国民が求めていることを進めるという迎合的なやりかたをとるのではなく、たとえ今は民意に反することであっても、先見性を持って判断したことは、多少強引に見えても実施して行くことが求められる」ということを主張したそうです。

 

 私の「管理」の定義の中に、「先見性」という言葉を含めていますが、それは白洲の素晴らしさを知る前から用いていて、必ずしも白洲の、この言葉を知っていてのことではありません。白洲の、この考え方を知って、自信を持てるようになりましたし、白州の生き方に共感するようにもなりました。

 

 先見性を持てれば、たとえ周囲からの批判があっても、自信を持って、大胆に進められます。一方、白洲は、大変細心な部分を持っていて、その大胆さとは真逆な面もあったようです。

 

 仕事のできる人は、「両極端な面を持つ」ということを白洲から学びました。

 


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