『夜は短し歩けよ乙女』 森見登美彦

今日、県立図書館の喫煙コーナーで、最近よく顔を見かける60才前後のジジイから、

「とうちゃん、何してなさるんやの？」

と話しかけられた。

"とうちゃん"と言われ一瞬、親父のことかと思ったが、

すぐに自分を指しているのだと合点した。

ああ、人はこうして『永遠の青春』という外堀を

赤の他人の手によって無下に埋められていくのか、

ついこないだまで"あんちゃん"と呼ばれていたのが嘘みたいだ、

と感慨に耽りながら、

「皿洗いとか何とか…。」と語尾を濁しながら答えると、

「男でも雇てくれるんけ？どこやの？今、募集しとらんのか？」

と返してきた。

ああ、失業者か…。

きっと、家にいても生ゴミ扱いされ、散歩しようにも近所の眼が気になり、

喫茶店に行けば金が無くなるのだ、この糞ジジイ。

そんな失業者に只で時間つぶしをさせてくれる施設としても図書館は機能している。

図書館本来の目的が何であれ、受け皿は必要だ。

そういえば、ここ最近、だだっ広い駐車場が混んでいる。

不況の余波がここにも来ているのだ。


「今は募集してえん。」

と、素っ気無く答えると、

糞ジジイは実にうらめしそうな眼でこちらを見る。

"そんな人は掃除夫にでもなればいいのよ。"とセレブな貴女は思うかもしれないが、

あれはあれで低所得者層には人気の職種なのだ。

誰でもなれるというものではない。

キューピーも今の職に就く前、職安の職員に談判したが、あたかも

職安の内部で定められた秘密の要件があり、僕がそれを満たしてないが如く、

「女性しか募集していません。」

と突っぱねられた。

雇用にあたっては男女を差別しません、という大原則を自ら捻じ曲げた、

何と逆ジェンダーな理屈の通らない世界なのだろう。


二言三言世間話をし、

「今はトヨタやソニーも赤字のご時勢やから仕方ないって。

　そのうち、いい仕事が見つかるわ。」

と、ジジイを励まし席を立った。

きっと、この糞ジジイとはこれからもここで何度も世間話をすることになるのだろう。

オイ、ちょっと待て、自分が精神障害者であることは言ったのか？

言わなかった。

この先、言うのか？

言わない。


糞ジジイもやがて職にありつき、図書館への逃避生活におさらばする。

"あのとうちゃんは月６万の給料で、なんであんなにノホホンとしてられるんやろ？"

という疑問も日々の生活の中でやがて跡形も無く消え去るに違いない。

無駄にプライドを傷つけることはない。



と、やっとこさ小説の話になるんですが、

ヒロイン：黒髪の乙女が夜の先斗町界隈で次々に不思議な体験をし、

友だちをたくさん作っていくのと、キューピーの対人対処法とは大きな違いである。



わかってくれる人は少しいるだけでもいい。




皆さんは、出会いを大切に…。