ケベックリタイヤ日記

ケベックでリタイア暮らし。ながらえば憂しとみた世も今は忘れた。毎日悦びの種をみつけてぽりぽりかじりたい。

果樹

2018-05-20 22:29:08 | 菜園
 風が吹き 果樹が花咲き 小鳥舞う

一年で一番好きな5月にいる。食用のリンゴの木が芽吹いた。観賞用のりんごの木はもうすぐ開花宣言。リラの花もつぼみを膨らましている。小鳥が遊びに来始めた。菜園始めて3年目。30分働いては、はーはーぜいぜいしてたのが、草取りやら整地やらスコップ片手に働き、ちょっと疲れたかなと時計を見れば3時間は軽く経っている。私は丈夫になった。毎年冬になると1カ月ほど寝込むのが今年は風邪1つひかなかった。菜園で風に吹かれ芽吹いた花や果樹に囲まれ、陽が照ったり陰ったり、嬉しさがこみ上げる。
 
毎日寝太郎さんや小屋暮らしのサイトを訪問しながら、寝太郎さんの虚無感という思いがよぎった。虚しき思いは誰にだって宿ってると思う。それでいろんなことがひょいひょいと頭をよぎるのだが、大岡昇平の小説「花影」が浮かんだ。もう40年も前に読んだ小説なのだが主人公の女が自殺に至るあのゆるやかな崩壊が今でも虚無の姿として胸を締め付ける。

毎日寝太郎さんはよくわからない。私のようなおばはんが掃除婦したところで驚きもしないが寝太郎さんはその気になればいい職にもつけるだろうに、東大出て掃除夫してる。男なら世に出て出世もしたかろうがまるで興味なし。ただただ自由に好きななだけ昼寝して本を読んで暮らしたいが故10万円で小屋を建てて暮らしてる。彼の著作に刺激され長年勤めた会社を辞め小屋暮らしする人続出。のりやすい私みたいな単純単細胞な人達だなとほほえましくなるが、皆さんほんと楽しそう。

寝太郎さんはフランスの哲学者ジャンケレビッチがお好きなようで、彼の言葉「春は全てを許すためにやってくる」という引用に何故かぐっときて夫が購読している雑誌をひっくり返し探したらジャンケレビッチの特集が見つかった。そして少なからず驚いた。そこには、偶然に不意にやってくる一瞬の美しさを味わうことに死を超越する生の喜びを語っている。また彼が大の音楽愛好家であることも知った。偶然とはいえ、今描いている4点の絵は私が感動した瞬間をなんとか絵に表そうとしているもの。何故人は感動するのか。「何故かはしらねど JE NE SAIS QUOI 」。これが今の私の内的ビジョンでもある。

以下、蕾から開花に向かう鑑賞用林檎の木。