逃げるように雑踏に紛れ、その後はどこをどう歩いたのか記憶になかった。
頭の中が空っぽになり、ただ絡み合う男と女の裸体がぐるぐると回っている。
ようやく歩き疲れてから、行き当たりばったりの駅前路地の喫茶店に入った。
熱いコーヒーを飲んで、ようやく自分を取り戻した。
二人のことは遮二無二、頭の中から追い出し、明日の引越しのことだけを考えようとした。
とはいっても再び店に戻る気にはなれなかった。仕事は明日早くに出勤して片付けよう、そう結
論を出したら、急に全身の力が抜け、どっと疲れが襲ってきた。
その後はなんだか汚れた濡れ雑巾にでもなったような気分で、真直ぐにアパートに帰った。
翌朝の仕事は一度も7階には上がらずに、下のミシンを使って仕上げた。
終わった頃に優美が一番で出勤してきた。
いつもながら駆けこむような勢いで入って来た彼女は、朝の挨拶もそこそこに7階に上がって
行く。
今日ばかりは、その慌ただしさがありがたい。
今はとにかく彼女と志乃のことは考えたくなかった。
その考えたくない志乃が、いつもより少こし早く出てきて、真直ぐにあやに近付いてきた。
あやは気圧され思わず眼を反らした。
「言った通りでしょう。あの男はブレイボーイだって」
その威圧的な語調に、昨日からうっ積していた怒りが噴き出した。
「だから」
志乃はじっとあやを見た。