「恨まれているからですよ。憎まれているといった方がいいかなあ・・・・」
鉄さんの言葉に淀みはなかった。
「あの娘の両親がこの家の前の海に、呑まれて亡くなったのは前に話したね。
あの娘が10歳の時だった。
その時わしは汽車で街に出ていた。
わしがここに来て4年が経っていて、漁はもっぱらわしと影山さんの2人でやっていた。
わしが来る前は夫婦で船に乗ることが多かったらしいが、わしがころがりこんでからは奥さんの
代わりにわしが乗るようになった。
その頃わしは脇の網小屋で寝起きしていた。
あの日は秋の初めの頃で、わしは目立てを頼んで置いた鋸を受け取りに町に出た。
そろそろ冬の薪の足りない分を、用意しなければならなかった。
日常の目立ては自分達でやるのだが、1年に一度は本格的に本職にやってもらうんだ。
だから3本、5本とまとめて出す。
それを受け取りに行ったのだが、その日の漁は凪(なぎ)だったので、影山さんは奥さんと出ると言った。
わしも天気はいいし、海も穏やかだったので心配はないと思った。
ところがその日に限りあやが、強くわしを引き止めようとした。行くのは時化の時にして、今日
はお父さんと一緒に海に出てくれと言って聞かないんだ。
しまいに影山さんは怒り出した。
それでも彼女は泣きながら訴え、抗い続けた。手を焼いた影山さんもだんだん昂奮してきて、す
んでのところ手を上げんばかりだった。