Hi!みんな元気?前回の投稿で故郷でがんばっている皆さんの活動をお知らせして、kinoppyがちょとホームシックにかかっていることが、わかってもらえたかな?この夏懐かしい故郷の皆さんのブログにとても癒されました。そして、がんばっている皆さんにはたっぷり活力をいただきました。
さて、そんな中で、最近鬼城さんと言う方のブログにとても感動、癒されましたので、画像掲載の許可をいただいて、少し紹介します。
http://kijo0621.blog74.fc2.com/鬼城さんのアドレスです。
宇和島市は東は宇和海に面し、西は鬼ヶ城連山(標高1000m位)を背に、開かれた自然豊かな町で、面積418平方キロ、人口8万人弱の小都市です。江戸時代は伊達10万石の城下町として栄えました。kinoppyが子供の頃は人口も10万位あった?と思うんだけど、合併したにも拘わらず現在人口は減少しています。ちょっと、寂しいですね。学生時代は疲れると、部屋の窓から鬼ヶ城を眺め、ぼんやりしたり、朝は目覚めて眺め、元気をもらいました。宇和島市民なら誰でも、こんなふうに親しみを込めて「鬼ヶ城」と呼んでいる山です。鬼城さんはブログにステキなネーミングをされましたね。
季節に関係なく紹介していきますが、宇和島と言えばまず、宇和島城です。美しいですね。見事な写真だと思います。駅前から見上げることができるのかな?kinoppyが子供のころはこんなに良く見えなかったので、1部城山の木を伐採したのだと思います。
現在の地に初めて宇和島城天守が建造されたのは慶長6年(1601)藤堂高虎(とうどうたかとら)築城の時とされています。城の外郭は上から見ると不等辺5角形をしており、随所に築城の名手と言われた高虎ならではの工夫が見受けられます。高虎が今治に転封となって後、奥州仙台藩主、伊達政宗の長子秀宗が宇和郡10万石を賜り、元和元年(1615)に入城。2代宗利の時、天守以下城郭の大修理を行い、寛文11年(1671)に完成。その姿を現在に残しています。現存天守12城の1つです。(宇和島市観光協会より)
そして更にお見事なのがこれ。霞がかった宇和島城。幻想的!!お城の後方が鬼ヶ城でしょうか?
幻想的になったところで、今回kinoppyが一番紹介したかったイベント、「卯のホタル」を紹介するよ、宇和島市の北約20kmの西予市宇和町卯之町で毎年行われているイベントです。kinoppyは故郷を離れて長いので、こんな素晴らしい催しがあるなんて、全然知らなかたったよ。映画のお蔭で、東京でも卯之町の「開明学校」は話題になったけど、このイベント画像には本当に癒されました。鬼城さんありがとう。
卯之町の街並みについて少し紹介するね。
江戸時代宇和島藩の在郷町・宿場町として栄えていた佇まいを、現代にとどめる情緒ある町並み。白壁や格子窓などが特徴の江戸中期から昭和初期の建築物が軒を並べ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。伝統的な和風建築のなかにアーチ窓や赤い屋根の教会などの洋風建築もあり、時代の移り変わりの景色を楽しむことができます。現在も江戸や明治時代から続く老舗旅館や造り酒屋、醤油屋などが営業し、地元住民や観光客で賑わっています。町並みを散策していると、往時の様子を偲ぶことができます。(いよ観netより)
最近人気のでている内子町とも似ているね。、地図とポスターを見つけました。四国についてあまり詳しくない方にもわかり易いかと思います。
開明学校へ続く道だそうです。本物のほたるも、もちろん飛び交っていますが、写真には撮りりづらいですね。ほたる。
お醤油やさんの展示。毎年変わるのだそうです。
メイクアップしたお子さんのキツネの行進?カワユイでしょう?
台風も去って東京地方は秋晴れの良い天気です。外ではお祭りの笛が鳴り響いています。そろそろ宵祭りの始まりです。行ってきます。みんな、今日はどうだった?楽しかったかな?最後まで見てくれてどうも有難う。じゃ、またネ。
さて、そんな中で、最近鬼城さんと言う方のブログにとても感動、癒されましたので、画像掲載の許可をいただいて、少し紹介します。
http://kijo0621.blog74.fc2.com/鬼城さんのアドレスです。
宇和島市は東は宇和海に面し、西は鬼ヶ城連山(標高1000m位)を背に、開かれた自然豊かな町で、面積418平方キロ、人口8万人弱の小都市です。江戸時代は伊達10万石の城下町として栄えました。kinoppyが子供の頃は人口も10万位あった?と思うんだけど、合併したにも拘わらず現在人口は減少しています。ちょっと、寂しいですね。学生時代は疲れると、部屋の窓から鬼ヶ城を眺め、ぼんやりしたり、朝は目覚めて眺め、元気をもらいました。宇和島市民なら誰でも、こんなふうに親しみを込めて「鬼ヶ城」と呼んでいる山です。鬼城さんはブログにステキなネーミングをされましたね。
季節に関係なく紹介していきますが、宇和島と言えばまず、宇和島城です。美しいですね。見事な写真だと思います。駅前から見上げることができるのかな?kinoppyが子供のころはこんなに良く見えなかったので、1部城山の木を伐採したのだと思います。
現在の地に初めて宇和島城天守が建造されたのは慶長6年(1601)藤堂高虎(とうどうたかとら)築城の時とされています。城の外郭は上から見ると不等辺5角形をしており、随所に築城の名手と言われた高虎ならではの工夫が見受けられます。高虎が今治に転封となって後、奥州仙台藩主、伊達政宗の長子秀宗が宇和郡10万石を賜り、元和元年(1615)に入城。2代宗利の時、天守以下城郭の大修理を行い、寛文11年(1671)に完成。その姿を現在に残しています。現存天守12城の1つです。(宇和島市観光協会より)
そして更にお見事なのがこれ。霞がかった宇和島城。幻想的!!お城の後方が鬼ヶ城でしょうか?
幻想的になったところで、今回kinoppyが一番紹介したかったイベント、「卯のホタル」を紹介するよ、宇和島市の北約20kmの西予市宇和町卯之町で毎年行われているイベントです。kinoppyは故郷を離れて長いので、こんな素晴らしい催しがあるなんて、全然知らなかたったよ。映画のお蔭で、東京でも卯之町の「開明学校」は話題になったけど、このイベント画像には本当に癒されました。鬼城さんありがとう。
卯之町の街並みについて少し紹介するね。
江戸時代宇和島藩の在郷町・宿場町として栄えていた佇まいを、現代にとどめる情緒ある町並み。白壁や格子窓などが特徴の江戸中期から昭和初期の建築物が軒を並べ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。伝統的な和風建築のなかにアーチ窓や赤い屋根の教会などの洋風建築もあり、時代の移り変わりの景色を楽しむことができます。現在も江戸や明治時代から続く老舗旅館や造り酒屋、醤油屋などが営業し、地元住民や観光客で賑わっています。町並みを散策していると、往時の様子を偲ぶことができます。(いよ観netより)
最近人気のでている内子町とも似ているね。、地図とポスターを見つけました。四国についてあまり詳しくない方にもわかり易いかと思います。
開明学校へ続く道だそうです。本物のほたるも、もちろん飛び交っていますが、写真には撮りりづらいですね。ほたる。
お醤油やさんの展示。毎年変わるのだそうです。
メイクアップしたお子さんのキツネの行進?カワユイでしょう?
台風も去って東京地方は秋晴れの良い天気です。外ではお祭りの笛が鳴り響いています。そろそろ宵祭りの始まりです。行ってきます。みんな、今日はどうだった?楽しかったかな?最後まで見てくれてどうも有難う。じゃ、またネ。
退院して未だ体は戻りませんが、kinoppyさんのブログ全て拝見しております。入院生活などブログにと思いましたが、パソコンを打つ体力がありません。
何時も楽しみにしておりますよ。
9月は連休がありますので、また出かけられるかな?とワクワクしています。チロの通院が1日おきにあるので、遠出はできないんですがいつも応援有難うございます。kinoppyも頑張ります。happyさんも頑張ってね。
できることなら、先生の宇和島藩伊達家の歴史講座を聞かせていただきたいのですが・・・・。