ヒマジンの独白録(美術、読書、写真、ときには錯覚)

田舎オジサンの書くブログです。様々な分野で目に付いた事柄を書いていこうと思っています。

『木を描くべきではない、木について描くべきである。』

2019年02月06日 21時30分52秒 | 美術 アート
上記の言葉を述べたのはバウハウスで教鞭をとっていたこともある美術家ののパウル・クレーと言う人です。また彼は別の所では次のようにも言っている。
「芸術の本質は、目に見えるものをそのまま再現することではなく、見えるようにすることである」と。
また、同じバウハウスで教鞭をとったこともあるワシリー・カンディンスキーも似たことを言っております。

「目に見えるものをそのまま再現する」ことを写実主義とかリアリズムと呼んでいます。これに対してパウル・クレーやカンディンスキーは芸術の本質は「見えるようにすることである」と考えました。

「見えるものそのまま」と「見えるようにする」との間にはどのような差異があるのかをきょうは考えてみましょう。

目に見えるものをそのまま記録し再現する機能を持つものとして我々になじみのあるのがカメラです。
カメラはレンズを通過して来た光をフィルムまたは撮象素子に記録する機械です。カメラのこの仕組みはヒトの眼の機能を模倣したものです。人の眼と脳にはカメラとは少しだけ違った仕組みがあります。水晶体(カメラのレンズに相当する)を通過した光は眼球の奥にある網膜で像を結びます。網膜で得られた像は視神経を通じて脳内の所定の部位に記録されて、私たちはその像を形や色を持つ対象として認識できるのです。
ヒトの場合、対象を見た時に実は「見たものそのまま」が脳に残らないことが、生理学や認知心理学の研究により知られています。
ヒトは言葉を変えれば「見たいもの」を見てそれ以外が眼に入らなくなったり、反対に「見えないものが見えてしまう」ことがあるのです。ヒトの知覚は日常的に「錯覚」を無意識に行っていると言えます。

さて長々とヒトの眼の事を書いてきましたがこれからが本題です。
次の絵画を観ていただきたい。

これは後期印象派の作家ジョルジュ・スーラ の『グランドジャット島の日曜日の午後』です。点描技法で描かれたものとして知られています。点描技法とはチューブから取り出したままの絵具をキャンバスに微細に置き混色を表現する方法です。この技法の特徴は絵具の原色をパレット上で混ぜ合わせることが無いので濁りの無い色彩を描くことが可能になったのです。これにより絵画に濁りのない光を表現することが出来たのです。
現実では対象物が持つ色彩は絵具の原色ではありません。必ず幾つかの色の混色となっています。
私たちが眼で見る時の印象と絵具でそれが描かれた時の色彩に異なった印象を持つことがあります。その事に印象派の画家たちは気が付きました。これは光の混色と色の混色が持つ原理的な性質なのですが、絵具の混色は彩度が暗くなり、光の混色は彩度が暗くならないのです。
光の三原色を混ぜると白色になります。色の三原色を混ぜると限りなく黒色に近いものになります。このことは中学生程度の美術や理科の授業で習ったことを思い出してください。そしてヒトの眼が物に色彩を感じるのは対象からの反射光を感じているのです。

対象を見た画家が森の木々の鮮やかさや水の色に強い印象を受けたとすればそれを点描で描くことにより対象から受けた印象を鑑賞者に与えることが出来るのと考えたに違いありません。
印象派の画家たちはそれまでの写実による方法ではなく、自らが受けた「印象」を残そうと思ったのです。
対象から受ける「印象」をさらに進めると絵画は「形と色」から受けるイメージそのものを描き残そうという方向へ向かいました。この方面で実績を残したのがロシア出身の美術家ワシリー・カンディンスキーです。そして眼の前に実体としての物体が存在しなくとも、頭に浮かんだイメージをキャンバスに描き出すことが行われるようになります。「抽象絵画」と呼ばれるものがそれです。美術家が「意識で構成したイメージ」をキャンバスに描き出したのが「抽象絵画」なのでしょう。
パウル・クレーが言った「木について描くべきである」ことの意味がここにきてわかってきたような気がしたところで本日はお終い。

本記事を書くにあたり次の物を参考にしました。放送大学教材「色と形を探求する」「錯覚の科学」。
本記事はそれらの授業からわたくし個人が受け取った内容をもとにしていますので、一般に流布する説と異なっている部分があるかもしれませんが、それは本記事の記述者の私の責に帰するものです。










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